第306話(第八章第23話) 思い通りにならない

~~~~ 二十六日 ゲーム内・第六層氷雪エリア「ツルツルの街」 ~~~~



 かまくらのような建物が並べられている街の中。

 少年の叫び声が響いた。


「はああああ!? 依頼を達成できてないぃぃぃぃっ!?」


 この大声の主はロード。

 緊急クエストを達成した、と思い、報酬を受け取れる! と喜び勇んでこの街にやってきた少年である。


「そんなはずねぇって! 黒い粒子になるとこを見たんだ! ちゃんと殺してる! 間違いない! 俺はやったんだ! なのに、なんで報酬を渡せない、とか言ってくるんだよ!? 嫌がらせか!? また『運営あいつら』は……!」


 宿屋のエントランスで受付嬢に向かって怒鳴るロードに、受付嬢は冷静に返す。


「いいえ。嫌がらせなどではございません。アメショは生きています。確認が取れました」

「なっ!? 俺が嘘ついてる、とでも言いたいのか!?」

「いいえ。ロード様が嘘をついているとは思っておりません。私たちはAIです。データを見ることが可能です。アメショのレベル及びステータス、種族、属性、職業、スキルに変化はありませんでした。スキルによってやり直しになることを回避した、と考えられます」

「っ! そ、その線は考えてなかった……っ!」


 受付嬢に言われて、ロードはハッとした。

 彼女たちはNPCで、実際に見なくともまるでその場で見ていたかのように情報を得ることができる存在であることに思い至る。

 そして、



――アメショがスキルで生き延びている可能性がある、ということにも考えが及んだ。



「……ん? いや、でも、あいつのスキルって『遅延攻撃』と『相手を吹っ飛ばすスキル』と『自分が宙に浮くスキル』の三つだろ!? もう枠はねぇ! それでどうやって復活できる、って――」


 しかし、ロードはそれをすぐに否定した。

 このゲームでの、スキルは三つまでしか持てない、という常識に囚われて、アメショが復活するスキルを持っているなんておかしい、という発想に至ったのである。

 報酬と名声を手に入れられるはずだったのに賞賛されず、不満を抱いていたことも彼の視野を狭めていた。


 そんなロードに受付嬢は言う。


「ロード様。アメショのスキルは『スキル強奪』という相手のスキルを奪うスキルです」

「え……? あっ!」


 ロードは忘れていた。

 何故その人物が討伐対象に指定されていたのか、を。

 実際にアメショと戦っていたロードは憶えがありすぎて黙らざるを得ない。

 何故、『スキル強奪』を自分も受けていたことを忘れていたのか、は甚だ疑問だが。


「っ! こうしちゃいられねぇ! あいつが、まだスキルを持ってて復活できた、っていうなら誰かに取られるってことも考えられるじゃんか! 早く確認しに戻らないと……! あれは俺が有名になるための材料なんだから!」


 ロードは受付嬢との会話を強制的に終わらせて宿屋を飛び出した。

 「リスセフの氷の宮殿」へ向かう途中。

 ロードは重大なことが頭を過った。


「……ん? あいつが生きてたとしたら、『天上天下唯我独尊』はどうなってるんだ……?」


 このあと、ロードは自分のステータスを確認して絶句し、立ち尽くすことになる。



~~~~ そのころ、第八層火山エリア「メラメラの街」 ~~~~



「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

「あはは☆ 面白いー☆ ほんとに『死に戻り』するんだねっ!」


 街の路地裏で一人の少年が六人の男たちをいたぶっていた。

 黒い粒子になったのに時間が経てば元通りになる彼らを見て笑っている。


「復活するのにかかるのは大体四十分ってところかな? いやー、いい情報を教えてくれてありがとう☆」

「「「「「「……っ」」」」」」


 男たちの心はもう折れていた。



 この男たちはレベルが弱いのに第八層に飛ばされて、そこで死んでも第八層の街から再スタートする状態になっていた人たちである。

 「光のゲート」をくぐって第七層に戻ろうにも、彼らは第七層のエリアボスを倒していないので倒さなければ戻れない。

 第八層の雑魚モンスターにさえも、男たちの方がレベルが弱くて勝てず、経験値を稼ぐことが叶わなかった。

 そのため男たちは第八層から抜け出せなくなっていた。

 初めは十三もの仲間がいたが、そのうちの七人が途中でリタイアしていっていた。

 残ったのがこの六人だった。


 そんな男たちに少年は目をつけた。

 スキルを奪い、彼らを「やり直しができない状態」にしているスキル『六文銭』を奪って所持していることを知らせるも、彼らのその状態を解くことはしなかった。

 それどころか、スキルを失って弱体化している彼らを黒い粒子に変えてどれくらいの時間で戻るのかを観察し始める始末。

 男たちの心が挫けるのに時間はかからなかった。



 満足した少年は虚ろな目になってしまった男たちの元から離れていく。


「う~ん。もっとスキルがほしいなぁ」


 そんなことを呟きながら標的を物色し始める。

 そうしていると、狙いやすそうな人物を見つけた。

 少年は早速その人物のスキルを奪おうとするが……。



――『レジストされました』



「んえ……?」


 予想外の脳内アナウンスに少年は素っ頓狂な声を漏らした。






~~~~ シニガミ視点 ~~~~



【二十六日未明・アメショにやられたあと】



「うぐ……っ」


 ……最悪。

 キャラがロストした。

 ベータテストの時から育ててたキャラなのに……っ。


 僕を襲ってきたのは幼さが残った無害そうな少年だった。

 その子は街の中でいきなり攻撃してきた。

 意味がわからないまま戦闘になった。

 僕はリアルで補習を受けることになってたから「運営」からのお知らせを見てなくて。

 その子が、スキルを奪う危険人物である、ということも知らずに……。


 『スキルによる消費MP0』を奪われて。

 僕のMPは減るようになった。

 でも、そのことに気づかなかった僕は、



――知らず知らずのうちにMPを切らしてしまっていた。



 それで『黒粒子化』も『バイロケーション』も使えなくなって。

 ……奪われた。

 僕の全てのスキルを……っ。


 あとは、もう……。

 相手の独擅場だった。

 何もできない僕に、『黒粒子化』を使われて。

 それだけで僕は……。

 それまで育ててきたキャラを失ったんだ。



 放心しそうになった。

 けど、早くやり直さなきゃ! って思った。

 もしかしたら失ったスキルを取れるかもしれない……!

 ……そう思って。

 結局、取れなかったけど……。


 姿を弄ってる暇はなかったから普段の『僕』の姿でリスタートしたというのに。

 つくれたスキルは全て劣化版……。


『黒粒子化マイナス

――対象のHPを全体の四分の一削ることがある。

  四分の三の確率で外れる(効果を得られない)。


 『バイロケーションマイナス

――自身の分身体を一体だけつくれる。


 『スキルによる消費MP0マイナス

――MPを必要とするスキルをMP消費なしで発動できることがある。

  四分の一の確率でこのスキルの効果を得られる(四分の三は発動しない)。


 もう、頭がどうにかなりそうだった。

 それでも、これ以外にどんなスキルを取ればいいのかなんてわからなかったから……。

 僕はこれらのスキルを選ぶしかなかった。


 またレベル1、第一層からのスタート。

 しかも、スキルも弱体化してる。

 ……こんなのでどうしろっていうんだっ。

 絶望でしかなかった。


 不意によぎった。

 頭の中にアンジェ熾織の顔が。

 その瞬間、僕は。


「……会いたい……」


 そう呟いていた。

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