第297話(第八章第14話) この手に栄光を2

~~~~ ゲーム内・第九層沼地エリア ~~~~



 「運営」から「緊急クエスト」のメッセージが送られてきて、それを読んだ勇者のような格好をした少年・ロードはハッとした。


――みんなに迷惑をかけるこいつを殺せば、俺は賞賛の嵐を受けられるかもしれない!


 と。

 ロードは飢えていたのだ。



――承認欲求に。



 だから「緊急クエスト」で討伐依頼が出されたこのアメショという人物を屠ることができれば自分は一躍有名になれる! そう捉えたのである。

 ……ロードは、現実での人生が上手くいっていなかった。



「受けるぞ、このクエスト! PKKだ!」


 そう言ってロードは今いる「スクオスの毒の大湿原」ダンジョン24階から下へ向かおうとする。

 そのロードを慌てた様子で止める人物がいた。


「ちょ、ちょっと待つです! 折角ここまで来たのに戻るですか!?」


 彼のパーティメンバーの一人、不思議の国のアリスっぽいドレスを着ている少女・ハーツである。

 彼女は帰ることに反対した。

 だが……。


「戻るにしても、エリアボスを倒してからにした方がよくないです!? クローバーもダイヤもこんな状態になりながらもここまで来たのに……!」

「はぁ!? わっかんねぇの!? さっきまでと状況変わってんじゃん! 折角俺が活躍できそうなクエストが出されてる、っていうのにエリアボスを倒しに向かってた所為で先を越されたらどうすんだよ!? 名声を手に入れられるチャンスなんだ! 俺は行くぞ! 止めたって無駄だからな!」

「っ!? ちょ、ちょっと、ロードさん!」


 ハーツの願いも空しく、階段を下りて行ってしまうロード。


 彼なしでダンジョンを攻略するのは、ハーツたち三人には不可能だった。

 ボスのところまでは敵を避ければ辿り着けるが、ボスを避けてダンジョン踏破はできない。

 三人は特に、避けられないエリアボス戦を苦手としていた。

 エリアボスは特殊なエネミーとして設定されている。

 『トゥルーハート』のような相手の身体を乗っ取るスキルは効果がなく、ステータスは軒並み高いため『HPドレイン』は大した痛手にならない。

 デバフやバステをばら撒かれると『物体操作』で複数の武器を操って攻撃しても大ダメージは見込めず、貫通攻撃である『ブラッキジャック』も当たらなければ意味がない。

 『血の聖杯』、『商人泣かせ』、『小さな4合しあわせ』、『差し押さえ』、そしてクローバーの最後のスキルである『覗き見(スキル)』はそもそも攻撃ができるスキルではない。

 ロードの、スキルの発動中は相手のスキルや特殊効果の影響とバステやデバフにかけられることがなくなる、という効果もある『天上天下唯我独尊』があったからこそ、ハーツたちはこの階層まで来ることができていた。

 事実、20階からここに来るのにも、数百にも及ぶそのほぼ全ての敵を彼がスキルで蹴散らしていたりする。

 『天上天下唯我独尊』で倒さなくてもいい敵まで倒していたため彼のMPは枯渇していたわけだが。

 ちなみにクローバーとダイヤが疲労困憊になっていたのは、足元が悪いのにロードの移動が速すぎた所為である。

 兎に角、そういうわけでハーツたちは攻略を諦めてロードを追い駆けるほかなかった。



 階段を降りて23階に戻ったロードとハーツたち。

 そこでふと疑問に思ったことをハーツはロードに聞いた。


「……どこに向かってるです? 『帰還の羽』、使わないですか?」

「18階。俺がやられる、なんて思ってなかったから『羽』とか持ってきてなかったんだよ」

「……」


 その答えに、ハーツは盛大に呆れた。

 慢心もいいところである。


「18階? ……ああ、そういえば、『ここから先の階層のダンジョン4には、1階に戻される仕掛けが用意されている。今回はこの先にそのトラップがあることを知らせるが、次回からはないため心得るように』って注意書きが書いてある看板が立てられてたですね……」

「そうそう。それを利用してやるんだよ」


 ハーツは、どうして18階に向かおうとしているのか? と尋ねようとしたが、その前に、そこに何があったのか、を自力で思い出した。

 それにロードは肯定した。


 そうして、ゲーム内で一時間半かけて18階に帰ってきたロードとハーツたちは、ダンジョンの入口付近まで戻される底なし沼のトラップにわざと嵌って1階へ。

 そのまま「スクオスの毒の大湿原」ダンジョンをあとにした。



 「スクオスの毒の大湿原」ダンジョンを出たロードは早速スキル『天上天下唯我独尊』を使用した。

 ダメージを与えたい対象の名前を知っていれば使えるこのスキルの影響を及ぼせる範囲は規格外と言えるほどに広い。

 なんと、スキルの使用者とスキルを受ける対象者が同じエリア内(階層)にいれさえすればどんなに離れていても相手にダメージを与えられるのである。

 最長の遠距離攻撃スキル、と言っても過言ではなかった。


「ふははっ! 俺が相手だったのが運の尽きだな、迷惑PK野郎! ここから俺の伝説が始まるんだ!」


 そう言って、近くにあった岩を「媒体」に設定してそれを切りつけたロード。

 しかし、



――キィイイイインッ!



 と、跳ね返される。

 こうなった原因は、


「……チィッ! 迷惑野郎はこのエリアにいなかったか……!」


 そう、ダメージを与える対象として指定したアメショがこの第九層にいなかったから、だった。


 この結果を受けて、ロードは前のエリアと繋がっている「光のゲート」がある街の広場へと急ごうとした。

 足を街に向かわせて数歩走ったロードだったが、あることに思い至る。


「早く別のエリアに行って……いや、このゲーム、確かダンジョン内は別の空間って設定だったよな? だったら一応、このエリアにあるダンジョン回ってみるか……。実はダンジョン内はそのダンジョンに入ってないとこのスキルの影響を及ぼせねぇのかもしれねぇし……。一回別のエリアに行って、そこでやっぱりダンジョン内はダンジョンに入ってないとダメだって判明した時、戻ってくるのはめんどいからな……。あーあ、エリア間を自由に移動できるアイテムとかねぇのかよ!」


 そのことに考えが及んだロードは目的地をダンジョンへと変えた。


「お前ら、ぼさっとするなよ!? ついてこい!」


 三人の女性を連れ回す形で。



 結局、第九層沼地エリアにはダンジョン内も含めて、ダメージを与える相手としてアメショ討伐対象を指定したスキルが正しく発動される場所はなかった。

 第九層にアメショはいなかった、ということだ。


「くそっ! ここにもいなかったか! すぐに第八層に移動するぞ! ちんたらするなよ!?」

「はぁ……はぁ……っ! ぐっ! ちょっと待つです! っていうか、これ、わたしたちがついていく意味あるですか!?」


 ハーツたちの状態も顧みず暴走を続けるロードに、辛抱たまらなくなったハーツが抗議する。

 それを受けてロードは言った。


「俺が頑張ってるんだ! おこぼれで報酬がもらえるんだから俺についてくるくらい当たり前だろ! 万が一の保険って意味もあるんだからよ!」

「こ、こんな状態でまともに戦えるわけないです! 準備とか体調とか整える時間を設けるべきです!」

「いらないだろ! 俺が倒すんだからさ!」

「あなたが言ったんです、保険だ、って! わたしたちが保険だと言うなら体調を万全にさせろ、というんです!」

「何をぉ!?」


 ロードとハーツの言い争いが始まってしまった。

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