第296話(第八章第13話) この手に栄光を1

~~~~ ゲーム内・第九層沼地エリア ~~~~



【緊急クエスト発行前】



「はぁ……はぁ……」

「……っ」

「大丈夫です!?」


 三人のプレイヤーがダンジョン内を歩いている。

 二人は息を切らしており、疲れているのは明白。

 一人はそんな二人のことを気にかけながら補助をしていた。


 辺りは湿地であり、じめじめとした嫌な湿度に満たされている。

 彼女たちが着ている服には泥が付着しており、ヘドロのにおいが彼女たちに追い打ちをかけていた。


 彼女たちはへとへとになりながら、それでも足を進めていた。

 彼女たちが今いるのは沼地エリアダンジョン4「スクオスの毒の大湿原」。

 その23階。

 第九層のダンジョンは36階構造であるため、彼女たちはまだ六割ほどしか攻略できていなかった。

 とはいえ、モンスターフロアも制圧してきたし、沼に沈んで下の階に戻ることで上に進めるというギミックも攻略してきていた。

 底なし沼は、単に歩行を妨害する目的の底がある沼と同じ見た目で見つけるのに苦労したが。

 おかげで彼女たちの探索は、現実において日と跨いでいる。

 土曜日をほぼ丸一日使ってなんとか20階の安全地帯まで辿り着いていたのであった。


 それでこの日(日曜日)も、現実の朝から「スクオスの毒の大湿原」ダンジョン攻略を再開していた。

 この日はまだ3階しか進めていないが、沼の中から攻めてくるスクオスがいたり、沼の中に沈められている鍵を探さなければならなかったり、と彼女たちはいやらしい敵やギミックに苦しめられていた。

 それに何より。

 彼女たちの最大の敵はもっと身近にいた。


 三人の女性のうちの一人、不思議の国のアリスっぽいドレスを着た少女は進行方向に目を向け、そこにいた人物の後姿を睨みつける。

 レトロなゲームに出てくる青系の防具と赤いマントを身につけた勇者のような格好をしたツンツン頭の少年を。

 ……そう。

 彼女たちはその少年にせっつかれていたのである。

 少女たちは一時間(ゲーム内)で3階を上がらされていた。

 一時間で第九層のダンジョンを3階も上るのはかなり無茶をしていることになる。

 ……「ファーマー」は別だが。

 そのため二人が疲弊することになってしまっていた。 



「はぁ……はぁ……、うぅっ」

「っ! クローバー!」


 疲弊している二人の女性のうちの一人、赤い頭巾を被った狩人の女の子がよろめく。

 アリスっぽいドレスを着た少女が頭巾の子をとっさに支えた。


「……あり、がとう、ハー、ツ……っ」

「……っ」


 赤頭巾の女の子・クローバーの体力はどう見ても限界に達していた。

 疲弊しているもう一人、豪華な着物を着た女性も虚ろな目でふらふらしていて限界寸前。

 仲間がこんな状態だというのに、前を行く勇者っぽい格好をした少年はこちらを見向きもしない。

 ずんずんと先を行こうとする。

 アリスっぽいドレスを着た少女・ハーツはたまらず声を張り上げた。


「ロードさん! 焦りすぎです! クローバーもダイヤさんも休憩が必要です!」


 クローバーと豪華な着物を着た女性・ダイヤの容体を見て、休ませた方がいい、と判断したハーツ。

 二人のために休息を求めたハーツだったが、勇者っぽい格好をした少年・ロードは一瞬立ち止まって振り返って見ただけで、すぐに身体の向きを戻して再び前へ歩き出す。

 ハーツから一瞬見えたその顔は、ひどく冷たい顔をしていた。


「っ!? ロードさん!」


 ハーツがもう一度呼び掛けると、舌打ちが彼女の耳に入ってくる。

 足を止めはしたものの、至極イライラした様子でロードは言った。


「ゲームの中なのになんで疲れるんだよ!? 歩くだけなんだ! HPは減らないだろう!? 実際に身体を動かしてるわけじゃないんだから、その疲れは気持ちの問題だ! 疲れてない、って思えばどうとでもなるんだよ! わかったら、そう思い直してさっさと歩け! 速く攻略しなくちゃならないんだからな!」


 それだけ言って、女性三人を置いて行ってしまうロード。

 ハーツは小さくなっていくロードの後姿を見て、歯を軋ませていた。


「……何故です!? 仲間がつらい状況だっていうのに……! 前は……、前はそんなじゃなかったじゃないですか……っ!」


 外に漏れ出るのをなんとか噛み殺そうとするハーツのこの言葉は、沼から湧き出てくるゴポゴポというガスの音に掻き消された。



 ハーツは、ハーツたち三人は、ロードに助けられた過去があった。

 モンスターに囲まれてやられそうになっていた時、颯爽と現れてモンスターを倒してくれたのがロードだった。

 ハーツたちは何度か一からのやり直しになっていたため、強かったロードに憧れた。

 ダメ元で、パーティを組んでくれないか? と要請すると、まさかの承諾。

 パーティとしてはそれなりに上手くやっていた。

 しかし、それはイベントが行われるようになってから少しずつ歪んでいくことになる。


 一回目のイベントの時はまだよかった。

 これからはこれまで以上に真剣にこのゲームに取り組もう、とみんなの認識を合わせただけだったから。

 ただ、二回目のイベントが終わったころから、ロードはハーツたちに時々厳しい言葉を言ってくるようになった。

 三回目のイベントの時はその結果に満足できなかったようで、無理やりレベル上げに連れていかれるようにもなった。

 それでもハーツたちはレベル上げも戦い方の指導も、ロードが自分たちのことを思ってやってくれているのだ、と信じていた。

 だが、四回目のイベント……。

 あのイベントがあってからロードは、



――常にイライラしていてハーツたちに当たり散らすようになったのだ。



 それはハーツたちにとっては、豹変、といってもいいほどの変わりように捉えられた。

 まるで何かに駆り立てられるようにせっかちで気も短くなったロードに、ハーツは大きな、大きな溜息をつかずにはいられなかった。



 ハーツが辺りを警戒し、しっかりしている地面でクローバーとダイヤの二人のための休憩を取った。

 二人が歩くのにふらふらしない程度にまで回復するのを待ってからハーツたちは先を目指した。

 休んだところからそれほど離れていない位置に階段があり、それを上ると、



――そこはダンジョン内二つ目のモンスターフロアだった。



 各ダンジョンにあるモンスターフロアは今まで一つずつだったため、初めての展開に呆然とさせられるハーツたち。

 そんな彼女たちの元に、ロードから連絡が入る。


『俺も同じフロアにいるけどMPが切れて壁の中にいる! お前ら、そいつらを片付けろ!』


 言うだけ言って切れる通話。

 ハーツたちは短時間で二度も呆然とさせられることになった。



 ハーツたちが、ダイヤの『物体操作』やハーツの『トゥルーハート』と『HPドレイン』でなんとか60体のスクオスを退治すると、ロードが壁から出てきて、


「遅い! あれくらいさっさと片付けろよな!? 一時間もかかってんじゃねぇよ!」


 とか言ってきた。

 その態度にハーツはカチンときて、一言文句を言わなければ気が済まなくなる。

 そうして口を開けた瞬間、



――ヴォン



 彼女たちの目の前にスマホのような画面が表示された。

 そこに書かれていたのは「緊急クエスト」という件名。

 これを見たロードは何かを閃いたような表情をしてとんでもないことを言い出した。


「これだ! このクエスト受けるぞ! PKKだ!」


 折角ここまで上ってきたのに階段を降りていこうとするロードに、ハーツは思った。



――もうついていけそうにない! と。

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