第289話(第八章第6話) 待ち切れなかったコエ2

~~~~ コエ視点 ~~~~



「ぴきぃいいいいっ!?」


 子豚の悲鳴のような声を上げて地面に横たわった男は、口からよだれを垂らしながら気を失った。

 ……ふむ。

 明らかな過剰防衛だが、この男だって嫌がる少女に無理やり迫るという悪事を働いていたのだ。

 これくらいしても問題にはならないだろう。


 私が倒れた男を見下ろしていると、


「な、なんで……っ!? なんで、なー――」


 まだ三人の男たちに体育館の壁に押しつけられている少女がひどく驚いた様子で私に何かを言ってきていたが、先ほどまで嗤っていた女子生徒が騒ぎ始めてその声は掻き消された。


「……は? 何!? どうなってんの!? 何したのよ、あんた!?」


 ……うるさい。

 答えないとこの金切り声は止みそうにない、そう判断する。


「防衛を計ったまでです。私、現実こっちでは強いので」

「は、はああああ!? 何わけわかんないこと言ってんのよ!? あんたみたいなガキが強い!? ふざけないで! あなたたち! このガキに身の程を弁えさせてあげなさい!」


 ……訂正。

 答えても静かにならなかった。

 面倒くさい奴だ。


 そんな女子生徒の命令で、少女に迫っていた三人の男たちが私の方に寄ってきた。

 取り囲まれる。


「い、いや! やめてっ!」


 少女の悲痛な叫び声が響いた。

 ……が。


「ボスの命令だ悪く思うな……あばばばば!?」

「やべぇ奴に目ぇつけられちまったもんだな、嬢ちゃ……あぎゃああああ!?」

「ふご、ふご! ……んごぉ!?」


 私にとってこの状況は大したことでもなかった。

 こっちの私は本当に強いから。


 男Aには、私の肩に触れてきたので電気を流してやった。

 男Bには、顔を近づけてきたので実際に私の目を光らせて相手の目をくらます。

 男Cには、物理的な攻撃。


 それで三人は蹲ったり悶絶したりで戦闘不能になった。


「え? ……え?」


 私の強さに少女が困惑している。

 とりあえず復活されると手間なので男たちの意識を刈り取っていると、金切り声の女子生徒が金切り声を発し始めた。


「な、なんなのよ!? なんのなのよ、このガキは!?」


 ……本当にうるさい。

 私の感覚はヒトに寄せてあるため、耳をキーンッとさせられる。

 頭に響く……っ。

 この金切り声が一番のダメージになっているかもしれない。


 怯えの色が見え始めた女子生徒に向けて私は言った。


「言ったはずです。私はこっちでは強い、と。それと私は



――そちらにいる女子生徒・赤羽未来アカバネ・ミライの知人です」



「なっ!?」


 私が壁際にいる少女・未来の知人であることを明かすと、女子生徒はその表情を驚愕に染めた。


 女子生徒の思考が停止している間に未来が言ってくる。


「な、なんで二人称なーがここに……っ! そ、それよりも、まずいです! 早く逃げてください! こいつに目をつけられたら……!」


 未来は一人の女子生徒の方を警戒しながら私に警告してきた。

 私の身を案じているのが見て窺える。

 私は言った。

 彼女を安心させるために。


「落ち着いてください。こっちの私は本当に強いので。……そして私がここにいる理由ですが、偶々です。学校を見学しに来たら、耳馴染みのある話し方をする声が聞こえてきたので」 

「っ! 知人? このゴミ女の知人ですって!? ふざけんじゃないわよ! ……いいわ! このゴミ女と関係があったこと、後悔させてあげる!」

「っ!? コエっ!」


 ただ、私が未来と話している間に正気に戻ったらしい金切り声の女子生徒が私に対して敵意を剥き出しにしてきた。

 私と未来が繋がっていたことが相当面白くなかったのだ、と見受けられる。

 歯茎を剥き出しにした女子生徒が言った。


「ねえ、ゴミ女!? 今からこのガキ、壊すから! あんたの目の前で! 黒服ども、やってしまいなさい!」

「「「「「「「「はっ! お嬢様!」」」」」」」」

「こ、コエ……っ!」


 女子生徒の指示でどこからともなく現れた八人の黒服を着た男たち。

 ……まあ、私は監視カメラの映像を見れるので近くに潜んでいたことはわかっていたが。

 女子生徒がイキり散らす。


「あんたには今からこの上ない苦痛を与えてあげる! 泣いて叫んだってもう遅いんだから! ゴミ女と関わってたことを嘆きなさい! あんたはこれから目を覆いたくなるようなひどいことをされるけど、誰に何を言っても無駄よ! 誰もあたしを怖がってあんたを助けなんかしない! だってあたしは大富豪の娘・京王未過ケイオウ・ミカなんだもの!」


 イキり女子・京王が発した言葉に未来は絶望していたが……。

 何度も言ったはずだ。



――こっちの私は強い、と。



 襲ってくる八人の黒服を、


「ふが!?」「ふぎ!?」「ふぐ!?」「ふげ!?」「ふご!?」「ふぎゃ!?」「ふぎゅ!?」「ふぎょ!?」


 私は一瞬にしてひれ伏させた。

 人間に到底真似できない動きで。

 どいつもがたいがよく厳つい風貌をしていたが、私からしてみれば先ほどの変態どもに毛が生えた程度だった。

 機械の相手ではない。


「キャハハハハ……は? はああああああああっ!? なんで!? どうなって……っ!?」


 高笑いしていたイキり女子が間の抜けた表情になる。

 どうやらこいつは記憶力が皆無らしい。


「何度も言わせないでください。こっちの私は強いのです」


 そう言って、私は地面に伏した黒服を踏みながら女子生徒の元に向かった。

(もちろん、黒服たちの意識は奪っている)

 私が近づいていくと、女子生徒は尻もちを搗く。


「あ、あんた! こ、こんなことしてタダで済むと思ってんの!? あたしは京王家の一人娘なのよ!? パパに言いつけて、あんたの家なんてメチャクチャにしてやるんだからっ!」


 ……いい加減黙ってもらえないものか。

 絶対こちらの方が優勢だと思うのだが、女子生徒の威勢は保たれていた。

 女子生徒のとんでもなくダサいセリフに呆れてものが言えなくなる。


 私が呆けていると、女子生徒はにやりとして言ってきた。


「な、名前もわかったから逃げられないわよ!?



――埼京刹那!」



 女子生徒の視線は私の首から下げられた入校許可証に向けられていた。

 学校見学に来ているということを示せるので面倒を回避できるだろう、とつくったそれに。

 そこにはプレートが収められている。

 セツの情報が刻まれているプレートが。


 ……誤ったな。

 このままでは、こいつはセツの家をメチャクチャにしようとするだろう。

 それは避けなければならない。


 私がこのイキり女子を黙らせる最善の方法を演算で叩きだしている最中に、それまで突っ立っていたもう一人の女子生徒が動き出していた。

 そいつは未来の元に行って彼女の首元にカッターナイフを突きつけて言った。


「う、動かないで! こ、こいつがどうなってもいいの!?」

「っ、咲夜サクヤ……!」

「やるじゃない、青梅オウメ! あんたを第一従者に昇格してあげるわ!」

「あ、ありがとうございます、未過様!」


 ものすごく大人しそうな女子が震える手で凶器を持ちながら脅迫する。

 その女子・青梅咲夜の行動に、未来は非常に悔しそうに、イキり女子は大層愉快そうに顔を歪める。

 青梅という女子はイキりの取り巻きなのだろう。


「見た!? あたしに逆らうとどうなるか! こうなるのよ――っ」

「ふんっ!」


 勝ち誇ってきたイキり女子の顔面すれすれに手刀を振り下ろす。

 イキり女子には、その手刀を受けたのだ、と錯覚してしまう角度と速さで(そういう認識になるように計算した)。

 そいつは白目を剥いて倒れた。

 イキり女子の下半身は大変なことになっていたが、それは私の知ったところではないな。

 抑止力として私の機能でばっちり記録させてもらうことにしよう。

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