第八章:現実と仮想世界で起こった事件

第283話(第八章第0話) 予兆

~~~~ ゲーム内・どこかの路地裏 ~~~~



「はぁ、はぁ、はぁ……っ! く、クソが……っ!」


 夜。

 一人の男が疾走していた。

 その男は額どころか、身体中に汗を掻いている。

 服が張り付いているが、それでも、それを気持ち悪いと感じている余裕はなかった。

 何度も、何度も後方を確認する男。

 その視線の先に捉えられる一人の人物。

 その人物は悠然と歩いていた。

 走ってはいない。

 対して男は懸命に走っている。

 それにもかかわらず、男はその人物との距離を広げられないでいた。

 一定の距離を保たれている。

 それは、その人物が本気になればいつでも捕まえられることを意味していて。

 ……完全に遊ばれている。

 その事実が男の神経を逆撫でしていた。


「チクショウ! チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ……!」


 男は、自分がどうしてこんなことになっているのか、を走りながら振り返っていた。



 男はこのゲームの世界において順風満帆な生を送っていた。

 つくったスキルが破格の性能をしていたのだ。


 一定時間、他のプレイヤーと一緒にいることでそのプレイヤーが持つスキルを一度だけ使えるようになるスキル

 一度使ったスキルを覚えられるスキル

(ただし、他のプレイヤーがそのスキルを所持している場合、覚えられるスキルは劣化版となる)

(コピー元のプレイヤーが死亡した場合、コピーして覚えていた劣化スキルはそのスキルの本来の性能が発揮されるようになる)

(スキル所持枠に空きがないとスキルを覚えられない)

 スキルをいくつでも所持できるようになるスキル


 これらのスキルで男は自分自身に酔いしれていた。

 他のプレイヤーはスキルを三つしか使えないのに、自分は十や二十、いや、それ以上のスキルを使えた。

 気分が良かった。

 優越感に浸っていた。

 そんな男が、このゲームにおける最強のプレイヤーになろう、と考えるようになるのは自然の摂理だったのかもしれない。


 男は野心に突き動かされた。

 最強のプレイヤーは『即死』というチートスキルを持っているため下手に挑んだら返り討ちに遭う可能性があることを危惧した男は、現状最強のパーティ及びそのパーティが所属するギルドを狙うことにした。

 男は彼女たちを潰そうとした。

 最強に近づくために。

 そのパーティメンバーが持つスキルを自分のものにしようと画策した。

 特に、なんでもわかるスキルは垂涎ものだった。

 だが、これが愚策だった。

 男が想定していたよりそのパーティは異常だった。

 何もかもわかってしまうスキルを有している少女と、ステータスと状態を自在に操る術を持つ少女の二人が。

 男は正面からではなく搦め手を使い、あまつさえ人海戦術さえ用いたというのに、男にとっては辛酸をめさせられる結果となった。

 しかも、男にとってはこの上なく屈辱的な方法で。

 男は彼女たちに敗北を喫した。


 それからというもの、男はそれまでの順風満帆ぶりが嘘のような転落人生を歩むことになった。

 一からのやり直しになってステータスは著しく低下し、優越感を与えてくれていた多くのスキルは使えなくなり、利用していた者たちからは命を狙われる。

 目指していた最強からは大きくかけ離れていた。

 しかし、男は諦めていなかった。

 命を狙ってくる者たちから辛くも逃げおおせ、また最強への道を歩もうとした。

 隠れながら移動している最中、男はある噂を耳にする。

 それは、



――「第一層の路地裏にヤバい奴がいる。そいつは下手をしたらシニガミ以上の強さを持っているかもしれない」



 というものだった。

 男はこれを聞いた瞬間、あの最強と謳われているプレイヤーより強いならそいつが持っているのはバケモノ級のスキルに違いない! そう判断した。

 そしてこうも思った。



――そのスキルを手に入れられたらあの女どもに俺が受けた屈辱を百倍にして返してやれる! とも。



 男は不満のある現状からの脱却、そして最強への足掛かりとするために、そのヤバい人物の元に行くことにした。

 この行動が取り返しのつかない事態を招くとも知らずに。


 男が噂の場所に行ってみると、そこにいたのは一人の人物。

 やばいと評されていたからどんな人物かと思えば、背はまったく高くはなくて華奢。

 子猫のような愛くるしさを持った幼気な少年だった。

 男は、デマ情報に踊らされたか? と落胆しながらも、隠れながらその人物のスキルをコピーしようとした。

 その時。


「くすくす。ねぇ? 何してるの?」

「っ!?」


 目の前にいたはずの人物が忽然と姿を消したかと思うと、突如として背後から声を掛けられた男。

 バッと振り返ると、そこには先ほどまで男が隠れて観察していた少年の姿があった。

 男は驚いて後退る。

 少年は不気味に微笑んでいた。


 男は時間を稼ごうとする。

 他のプレイヤーが持つスキルを一度だけ使えるようになるスキルは、すぐに使えるようにならないというのが欠点だ。

 男は必死になってその間を保たせようとした。

 それさえクリアできれば先ほど少年が使った移動手段を自分も使えるようになるはず! ワープ系のスキルだったら逃げるのは簡単だ!

 そう踏んでいた。

 ……しかし。

 いつもならコピーが完了する時間を過ぎても、男の脳内にそれを知らせるアナウンスが聞こえてくることはなかった。

 それどころか……。


「くすくす」


 少年はずっと薄気味悪い笑みを浮かべていて。

 男は警戒を強めながらもスキルの確認を行った。

 そして。

 愕然とした。



――男は、相手のスキルをコピーするスキルを使えなくなっていたのだ。



「なっ!? どうなって!?」


 思わず漏れ出た言葉。

 それに少年が答えた。


「何って? 僕のスキルだよ。この状況なんだからそうに決まってるじゃない」

「っ!?」


 原因は少年にあった。

 男のスキル枠に空欄ができていた原因は。


「……『コピーキャット』? 何、このスキル……。僕には不要なものだね。……他のスキルはまだ使えるかな?」

「っ!」


 ニマァと歪められた少年の表情に、男は恐怖した。

 敵わないと悟った。

 少年は噂通りのヤバい奴だった。

 この時になってそのことにようやく気付いた男は、逃げ出した。


 男は本能でわかった。

 少年に捕まるのは地獄である、と。

 だから、一心不乱に走った。



 男はいつの間にか街を出ていた。

 それは、街にいても意味がない! と相手の雰囲気から感じ取っていたからだ。

 だが、それは。

 街から出ても変わらない、ということも同時に意味していた。


 周りには誰もいない草原のど真ん中で、男は少年に追いつかれる。


「『コーディネーション』に『スキル所持制限撤廃』ね……。うん、くだらないね。やり直してどうぞ~☆」

「ぎゃああああああああっ!?」


――ゴキッ


 男は少年に頭を掴まれて、残った二つのスキルも使えなくさせられたのち、見えている景色を180度回転させられて黒い粒子へと変えさせられる。

 夜の空に、男の断末魔と極々小さな黒い欠片が、吸い込まれるようにして消えていった――。

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