第276話(第七章第31話) 飢えた怪物6

 ルーレットを回した結果、いきなり私が試合に出ることになりました。

 舞台の上に残った対戦相手の方を見ると、先ほど審判の方に質問をしていた不思議の国っぽいドレスを着た方でした。


「よろしくです。えっと……お名前は?」

「あっ、セツです」

「セツさんですね。わたしはハーツです。いい戦いができるといいです」

「あっ、ど、どうも……」


 その方に挨拶をされて、名前を尋ねられます。

 私が名乗ると彼女も名乗ってくれて右手を差し出されました。

 握手を求められたのだとわかった私はそれに応じました。

 礼儀正しい方のようです。


 握手が終わったタイミングで審判の方が言ってきました。


「それでは『ファーマー』大将・セツ、『MARK4』副将・ハーツの試合を始めます! いざ尋常に、勝負っ!」


 決勝戦一本目の開始が宣言されました。



 ゴングが鳴って、私はいつものように相手の懐に入り込もうとしました。

 しかし、私の動きは止められました。


「っ!?」


 私の動きを止めたのは



――私の右手。



 意味がわかりませんでした。

 私の右手が、私が行こうとする方とは真逆の方向に私の身体を引っ張り始めたのです。

 それはまるで別の意思を持っているようで、私の意思では止められなくて。

 状況を理解できないでいる間に私はハーツさんから遠ざけられ、透明な壁がある舞台の端の位置にまで来させられていました。

 それだけではとどまりません。

 私を端まで連れてきた右手は、今度は


「ぶっ!?」



――私の頬を殴りだしました。



 自分に衝撃を加えられて、透明な壁にぶつけられる私の身体。

 その瞬間にハッとしました。

 ああ、これスキルか……、と。

 詳細はわかりませんが、ハーツさんが何かをしたのはまず間違いありません。

 相手の身体の一部を操るスキル、とかでしょうか?


「く……っ!」


 考えているとまた右手が私の身体(今度は鳩尾)を狙ってきたので左手で押さえていると、ハーツさんが言ってきます。


「あなたは攻撃と素早さが高いようですのでこうしてみたのですが、一撃で仕留められないところを見ると、もしかして防御も高い感じです? これはちょっと予想外ですね……」

「……っ」


 彼女は私に笑顔を向けてきていましたが、その顔は引き攣っていました。

 ……とりあえず、今の言葉で確定します。

 私の右手を操っているのがハーツさんである、ということが。

 私が右手の暴走に対処しながらハーツさんのことを睨みつけると、彼女は次の行動に移しました。


「『トゥルーハート』でダメなら……『HPドレイン』!」


 ハーツさんが私に向けて、開いた状態の手を伸ばしてきます。

 直後、私を襲った脱力感。

 ……まあ、ちょっと疲れたかな? というくらいだったのですが。

 ハーツさんはそれを何度も繰り返しました。


「『HPドレイン』『HPドレイン』『HPドレイン』『HPドレイン』……! は、はあ、はあ……! なんで、です……!? これは、HPを全回復するためにわたしのHP分のダメージを与えるスキルですのに……! あなた、どんだけHPあるんです!? ……うっ、MPの消費が激しい……っ!」


 おおう……。

 先ほどから使用していたのはHPを奪うスキルだったんですね……。

 私のHPは一景近くあるので危機的状況には陥っていませんが……。

 HP回復ポーション(ULT:Rank.Max)飲んでおいてよかったです。


 ハーツさんはスキルを連発した所為か肩で息をしていました。

 彼女が使っていたスキルはHPを全回復させることができると言っていましたから、結構なMPを必要とするようでもうそれほどMPは残っていないみたいです。

 その証拠に、いつの間にか私の右手の主導権が私に戻ってきていました。


 先ほどは阻まれましたが、今なら懐に入ることができそうです。

 そう思い行動しようとしたのですが、その直前で私は止まりました。

 決勝戦に挑む前にライザに言われていたことを思い出したからです。



――「一人称わーが相手のスキルを知らせるのはマーチに反対されたんで、可能なら相手のスキルを全て使用するように持ってっちゃってください。それで知るのは何一つズルいことなんてねぇんで」



 この言葉が脳裏を過った私は、行動を変えました。

 ポーションを使った方がいいのではないか? という気がしたのです。

 ……直感です。


 その直感を信じて、私はハーツさんに向かってバステ&デバフ特盛ポーションをふりかけました。

 その時、ハーツさんが叫びます。


「『血の聖杯』っ!」


 三つ目、最後のスキルでしょう……!

 どこからともなく現れた杯の中に、私が撒いたポーションが集められていきました。

 一滴残らず杯に収まるとそれは淡く輝き始めます。

 どんな効果なのだろう……、と警戒していると、ハーツさんはポーションの入ったその杯に口をつけたのです。


「っ!?」


 驚く私に、ハーツさんは説明をし始めました。


「『血の聖杯』の効果は、



――この杯に入れたポーションのマイナスの効果のみを正反対のプラスの効果に反転させる



 というものです! ですから、今のわたしにはこんなこともできるです!」


 その説明が終わる前に、一瞬で私の懐に入ってきたハーツさん。

 彼女が速くなっていることに驚いて対処が遅れてしまった私は彼女に投げ飛ばされます。


「っ!? あぐっ!?」


 一番距離がある透明な壁まで飛ばされて叩きつけられて私はダメージを負ってしまいました。

 防御力もカンストしていますから大したダメージにはなっていませんが、それでも減っているのは確かです。

 えっと……、『血の聖杯』――杯に入れたポーションのマイナスの効果のみを正反対のプラスの効果に反転させる――でしたっけ……。

 私がハーツさんに使おうとしてあの中に収められたのは全てのデバフと全てのバステを付与するポーションでしたので、バステへの耐性とデバフで下げようとした分のステータスがバフで上がるようになっている、ということでしょうか?

 ステータスが「1」になるようなデバフなので、その正反対ということはカンストするバフに変える、という効果になっているかも……。

 それだとかなり厄介なのですけど……。


 またハーツさんが瞬時に私との距離を詰めてきました。

 私はとっさに応じてハーツさんを地面に投げて倒します。


「い、いったぁ……!」


 それでも、いつもならこれで黒い粒子に変わるのにそうなる様子はなくて。

 ダメージはあまり入っていないように見えました。

 すぐに立ち上がって構えるハーツさん。

 ……これだと長期戦になるような気がします。

 何か打開策はないかな? と考えていると、ふと頭の中に浮かんできた言葉がありました。



――この杯に入れたポーションのマイナスの効果のみを正反対のプラスの効果に反転させる



 『血の聖杯』の説明が。

 ……反転させる?

 それだけならまだ、私がつくったポーションという判定になるのでは……?

 確証なんてありませんでしたが、再三私の方に向かって来ようとしているハーツさんを見て私は兎に角動いてみることにしました。

 使ってみたのです。



――服用後でも効果を弄れる『有効期限撤廃(自作ポーション限定)+』を……!



 結果。


「……あ、あれ?」


 ハーツさんは先ほどまでのような速い動きができなくなって。

 どうやら、『血の聖杯』を使ったポーションでもそれが私がつくったものなら私のスキルの影響を受けるようです。

 私は戸惑って固まっているハーツさんを投げて勝利しました。

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