第273話(第七章第28話) 飢えた怪物3

~~~~ サクラ視点 ~~~~



 あたしの胸から剣身が生えてる……ッ。

 それはあたしの体内に入っていって、そして。



――消えた。



「かは……っ!?」

「「「サクラ(ちゃん)!?」」」


 このイベントではプレイヤーの戦意が下がらないように、血とか人の断面が見えないようになっていて(断面はイベントじゃない時も見えないけど)、その部分は真っ黒に塗りつぶされるみたい。

 あたしは真っ黒な液体を噴き出して、地面に膝をついた。

 パインちゃんたちが血相を変えて駆け寄ってきてくれる。

 だけど、その表情は困惑に染め上げられていた。

 あたしだってそうだ。

 ……どうなってるの?

 周りを見渡しても相手の気配はどこにも感じられない。

 剣を投擲されたという感覚でもなかった。

 本当にいきなり、背中からあたしを貫いて、そして消えていったのだ。

 あたしは、どうしてあたしがダメージを負っているのかが理解できなかった。


 考えている場合じゃなかった。



――ザシュッ



 またあたしから剣身が生えた。

 今度は左目の位置から。


「あがああああっ!?」

「「「サクラ(ちゃん)!」」」


 剣身はすぐに引っ込んでいったけれど。

 視界の半分が失われた。

 熱い……っ!

 左目の辺りが大火傷をしたように熱を持った……。

 痛くて思考が定まらない。

 あたしは叫びながら地面を転げ回り、患部から伝えられる痛みを緩和させることに勤めさせられていた。


 何も考えられなくなってたあたしに変わってキリちゃんたちが現状の分析とか対策とか話し合ってくれていた。


「こ、これって、スキル……!?」

「それしか考えられないでしょう……っ。姿も見せず気配も悟られずに攻撃できるスキルなんて、厄介ですね……!」

「スーちゃん、パイン! サクラを回復して! うちはこれをやった犯人を捜す!」


 そ、そうだ、スキルだ……!

 こんなこと、スキルじゃなきゃできない!

 どんなスキル……!?

 武器を操る、とか? 遠く離れていても攻撃を相手に届くようにするスキルとか? 攻撃をトラップみたいに設置できるスキルとか……?

 兎に角、距離があっても手が出せるスキルであること、それだけは確かだった。


 あたしは気づいたことをキリちゃんたちに伝えようとした。

 その時、



――ザシュッ



「あぐぁっ!?」


 もう片方の目を狙われて。

 あたしは悶絶させられて告げることを阻まれた。


「……くそっ!」


 視力を完全に失わさせられた。

 真っ暗闇の中で、誰かが遠ざかって行っている気配を感じた。

 聞こえてきた声でキリちゃんだってわかる。

 その声は切迫していて、あたしのために動いてくれているのはわかった。


 あたしはキリちゃんを止めたかった。

 一人で行かせるなんて危険すぎる……!

 相手が何をしてきているのか何も判明していないんだから。

 でも、あたしは痛みの所為でまともに声を発せる状態じゃなくて……っ。

 キリちゃんを一人にさせてしまった。


 ……まずい。

 相手は、あたしの視力を奪うなんてやり方を採用してる人たちだ。

 気づかれずに攻撃できる手段があるのならじわじわといたぶるなんてことをしないでひと思いにやればいいのにそうしないなんて、いい性格をしているとは思えない。

 キリちゃんが何をされるか、わかったものじゃない……!

 あたしは今戦っている相手に対して空恐ろしさを覚えていた。


 何も見えないことがあたしの精神を蝕んでいく。

 どうしても悪い方、悪い方に考えてしまう。

 もし、あの凶刃がキリちゃんたちに向いたら……?

 そう思うと、あたしの心は砕けそうになった。


 けれど。

 あの音が、あたしを正気に戻した。



――チュドオオオオオオオオンッ!



 それは最近よく耳にする音。

 耳をつんざくような轟音。

 だけどその音は、あたしを癒やした。



 『パラダイムシフト』を使ってからの『大爆発』――。



 身体を包んだ熱風は焼けるようだったのにダメージはなくてHPが回復してる、っていう不思議な感覚……。

 『パラダイムシフト』のおかげで『大爆発』は体力回復スキルになるのよね……。

 痛い! と感じているのに元気になる、っていう謎の現象は何度経験しても慣れそうにないのだけれど、おかげで視力は元に戻った。


「あ、ありがとう、ススキちゃん!」


 のた打ち回って俯せになっていた顔を上げると、心配した表情ではあったけれど元気そうなススキちゃんとパインちゃんの姿を捉えられる。

 あたしは二人が無事でよかった、と心底思った。

 キリちゃんのことは気がかりだけれど、今は無事であることを祈っておこう……。


 さっきまでの後ろ向きな思考もなくなっている。

 爆風が傷と一緒に吹き飛ばしてくれたみたい、ってそんなふうに思える。


「傷は治ったけど、あの攻撃をどうやって防げば……」


 あたしがあの、いつの間にか攻撃されている、ということを可能にする相手のスキルについて警戒していると、パインちゃんが何かを閃いて対策してくれた。


「えっと、それなら……!」


 パインちゃんがスキルを発動する。

 すると透明なハニカム構造の障壁が、あたしやススキちゃん、パインくんの身体を包み込むように形を変えた。

 あたしたちの身体に沿っていて、あたしたちの動きに合わせて自在に伸縮するスーツみたいになった『傾国優美の障壁』。

 それでいてそれほど性能は落ちておらず、優秀な防御力を誇っていた。

 これならあの意味不明なスキルもなんとかなりそう。


「すごいですね、パイン……」

「じゃあ、キリちゃんを追い駆けよう! あの子の身体もこれで守って――」


 ススキちゃんがパインちゃんを絶賛して、あたしがキリちゃんのあとを追おうとした瞬間。



「こぽ……?」



 それは起きた。

 パインちゃんが黒い液体を吐いたんだ。

 黄金の剣身が、彼の胸から突き出ていた。

 『傾国優美の障壁』が意味をなしていない……。

 突き出た剣身が身体に合わせた障壁を押し上げていた。


「パインちゃん!」


 わけがわからなかった。

 それでも、身体は突き動かされて、あたしはパインちゃんの元に駆け寄っていた。

 ……けれど。

 あたしが彼の元に辿り着くことはなかった。


「い……、あ……っ!?」


 パインちゃんは目を見開き、緊迫した表情で苦しみ出して。

 そして、



――黒い粒子になって消えていった。



 あたしの、すぐ目の前で……っ。


 なんでこんなことになってしまったのか頭の中を整理することができずに立ち尽くす。

 すると今度はススキちゃんの悲鳴が……!


「うぐ……っ!?」


 彼女の方を見ると、同じだった。

 パインちゃんと同じ状態になっていた。

 胸から剣の先が伸びていて、黒い液体を噴いている……っ。


「ススキちゃん!」


 彼女の元に走っていって手を伸ばす。

 でも。

 あたしの手は彼女に届かなかった。



――シュウウウウ……ッ



「あ、ああ……っ!」


 空を切る。

 寸でのところで黒い霧のようになって霧散してしまった。

 散らしてしまったことに、あたしの中では様々な感情がせめぎ合っていた。

 罪悪感、焦燥感、自分に対するいら立ち……。

 それらの感情が解消されることはなく……。

 あたしの胸から現れた剣身によって、あたしの意識は掠め取られていった。


「……キリ、ちゃん……っ」


 記憶している最後の言葉は。

 この場にいない彼女に向けての申し訳なさから来るものだった。

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