第219話(第六章第13話) ライザの答え1

「……無理してる? 一人称わーは無理なんてしていません。眼科行ってきた方がいいんじゃねぇですか? もしかしたら異常があるのは目ではなく脳の方かもしれませんが」

「……ライザ。もうやめるの」

「……」

「……」


 私が言ったことを否定して、私を蔑もうとしてくるライザ。

 それをマーチちゃんが止めました。

 ライザがマーチちゃんを睨みつけ、マーチちゃんがライザに睨み返します。


 しばらくその状態が続いていましたが、お互いを牽制し合っているその均衡を崩したのはライザでした。

 彼女の手の中にあった『巻物』が淡い光を放ち始めたのです。

 その『巻物』は光の粒子となって消えていきました。

 あれはスキルを変更するアイテムです。

 ライザがそれを使ったことは一目瞭然でした。


「ライザさん……!」


 身構える私とマーチちゃん。

 私たちと戦うためのスキルを取ったのだと警戒しました。

 ですが、ライザはこのあと、予想外の行動に出ます。



――ポーチからもう一回『スキル変更の巻物』を取り出したのです。



 そして、光って消えていく二つ目の『巻物』。

 ライザの狙いがわかりません……。


「……スキルを二つも変えたの? 『トリックスター』を手放した? お前が『アナライズ』を変えるわけがないから。……ボクたちと争う気がなくなってスキルを戻してくれた、ってことならこっちとしては助かるのだけど……」


 マーチちゃんが考察を口にします。

 最後の方は希望を吐露していました。

 その意見には激しく同意します。

 しかし……。


「……そんなわけねぇじゃねぇですか。やっぱり脳を診てもらうことをお勧めしますよ?」


 私たちの切望は、叶うことはなく……。


 その場で数回、シャドーボクシングのように拳を突きだしたり引っ込めたりを繰り返すライザ。

 それから彼女は言ってきました。


「……今ならまだ見逃してやりますよ?」


 それを受けてマーチちゃんは、


「……冗談きついの。ボクたちはお前を連れ戻しに来たの!」


 そう返しました。

 マーチちゃんのその言葉に、私は改めて決意します。



――絶対にライザから本当のことを聞き出すんだ! と。



 引き摺ってでも連れ帰る意思で戦闘態勢に入った私たちに、ライザは眉をひそめます。


「……そうですか。じゃあ、



――死んでも文句言わねぇでくださいよ?」



「――っ!?」


 直後、瞬間的に距離を詰められました。

 は、速い……っ!

 なんとか身体を逸らして躱す私。


「……パワーアップしてやがりますもんね。そりゃこうなりますか」


 対してライザは、私が避けたことにまったくと言っていいほど驚いていない様子でした。


 いきなりのことで私は反撃なんてできませんでしたが……。

(そもそも、私が攻撃してしまったら防御力の低いライザではひとたまりもありません)

 マーチちゃんはスリングショットに弾を込めてゴム紐を引いていました。

 射られた黄色い炭酸水のような液体が入った容器。

 麻痺薬です。

 それも私特製の。

 マーチちゃんは、ライザの動きを完全に封じようとしていたのです。

 ライザに向けて射られた麻痺薬。

 ですが、ライザは一瞬にして私たちから距離を取り、壁際(密生する木々の前)へ。

 追尾してきた麻痺薬をそこでも避け、麻痺薬は木にぶつかりその効果をライザに生じさせることはできませんでした。


「く……っ!」


 悔しそうにするマーチちゃん。

 私は麻痺薬で痺れさせられるのを防いだライザに急接近します。

 ライザを捕まえようとしましたが、それも避けられてしまいました。


「ああ……っ!」


 ……本当に厄介ですね、あの素早さ……っ。


 ライザと今の私の素早さは私の方が少し遅かったので、自分の身体の中にある素早さバフポーションの品質を上げて彼女より素早さを上回らせました。

 ですが、私がその素早さをフルで発揮してしまうとライザに当たった場合に、彼女を攻撃した、という判定をされ兼ねません。

 そうなってしまったら一発でアウトです。

 攻撃判定に引っ掛からないようにライザを捕まえなければならないというのは、なかなかに至難でした。


 チャンスを見つけて迫っては逃げられるというのを四、五回繰り返します。

 ライザの方からも私に何かをしようと一気に近づいてくることがありましたが、その何かを受けてしまうのはよくない気がしたため、その時はこちらが距離を取ることに。

 マーチちゃんは何発か薬の弾丸を射ていましたが、命中することはありませんでした。


 このままでは、決着はいつまで経ってもつきそうにありません。

 私たちはライザを連れて帰れず、ライザは私たちを諦めさせられない……。

 戦いが長くなることが予想されました。


 しかし――


 私のその考えはすぐに否定されることになります。

 ライザが動き出したのです。



――マーチちゃんの方へ。



 私は慌てて駆け出しました。


 それまでは、ライザは私だけと戦っていました。

 マーチちゃんからの麻痺薬の投擲は気にしていましたが、私にしか攻撃をしてこなかった……。

 まさかライザが、マーチちゃんを狙うなんて……!


 完全にその可能性を度外視してしまっていた私は必死になってマーチちゃんを庇いに行きました。

 ライザのパンチが私の腹部に直撃します。

 ライザの攻撃力は低いため、飛ばされるなんていうことはありません。

 むしろ、よろめきすらしませんでした。


 ですが……。

 私のお腹には謎の感覚が残りました。

 まるで、そこで何かがずっと振動しているかのように。


 何か、得体のしれない不気味さを感じて、私は自分のステータスを確認しました。

 すると――



========


HP:8XX/1,704


========


「え――」


 HPがものすごい勢いで減り続けていました。

 ライザの攻撃を一回受けただけなのに……っ。


 ライザが説明してくれます。



――「攻撃を外した分だけ攻撃を当てた時のヒット数が増えるスキルを取りました」



 と。


 その間にもHPはどんどん減っていっていて……。

 結局、私の残りのHPは「4」で止まりました。

 思いもよらなかったピンチに、私の思考は真っ白に染め上げられてしまいます。


「お姉さんっ!」

「ボーッとしてていいんですか?」


 マーチちゃんの声で、意識は戻って……。

 迫りくるライザの拳を辛うじて躱します。

 ですが、ライザは身体を捻って回転させ、蹴りを私の腰に。

 ……命中。

 痛みはありませんでしたが……。


「う、そ……っ」


 私の身体は細かい粒になって消え始めます。

 それはHPが0になったことを意味していて――。

 ――そう。

 ほかならぬ、ライザによって。


「ライザさ――ッ」


 ちゃんとした理由があるんだって信じていた……。

 どんな理由であろうと、こんなことはしないって思っていた……。

 まさか、殺されるなんて――


 私の視界は白い光に包まれて……。

 その場から姿を消しました。

 マーチちゃんを残して。


 ただ、やっぱり、最後に見た彼女の顔は……。

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