第216話(第六章第10話) 裏切り者

 「ギフテッド・オンライン」の世界に入ると、前回ログアウトした第二のギルドハウスの中の奥の部屋でした。

 時刻は①の十九時半過ぎ。

 現実では朝の五時前であるため、周りはとても静かでした。

 開店前なので当然お客さんはおらず、マーチちゃんたちの姿も見えません。

 一昨日は暇な時間もありましたが、昨日はお客さんがひっきりなしに訪れていたため目が回るほどの忙しさだったことを思い出す。

 商品を切らしてはいけない! と懸命に製薬をしていたおかげか、あれだけの忙しさの中で在庫を増やすことができていたことには自分でも驚きました。

 今から製薬しなくてもいいくらいにはストックがありました。


 この部屋にある椅子に座ってボーッと過ごす私。

 何かを考えたかったのですが思考が纏まらず、背もたれに身体を預けてただ天井を見つめていました。


 そんな時、


――ゴトッ、ガタッ、ガタン……ッ!


 小さな物音を私の耳が捉えました。

 ……これは、外から?

 私は気になりました。


 メニュー画面を開いてみると、


「……えっ!? こんな時間からログインしてるの!?」


 驚きました。

 メニュー画面では、ギルドメンバーのログイン状況がわかります。

 私が知ることのできる八人のうち二人も、こんな朝早い時間にこっちの世界にやってきているようでした。

 二人の現在地は音がしてきた方にあって。


「……さっきの音。もしかして、この二人が何かやってるのかな……?」


 そう思った私は、音がした方に行ってみることにしました。



 音がしたのはこのギルドハウスの裏手の方。

 そこはこのオアシスに陰をつくってくれている植物が群生している場所です。

 奥へ行くと、玄関前にあるオアシスより小さな池がある場所に出るのですが、二人は何をやっているのでしょう?

 もし何か私たちにとって必要なことをやっているのだとしたら手伝いたい、そう思って向かっていたのですが――


「――ああ、もう、気分悪ぃってんですよ、クソッたれぇっ!」


 見えてきた二人の姿に……。

 私は言葉を失いました。



――取っ組み合っているサクラさんと……ライザの姿に。



「え――」


 私の発した声は二人に届いたようで、同時にこちらを見てきました。

 私の姿を認識したサクラさんがライザへと向き直って彼女を組み伏そうとしながら叫びます。


「セツさん……! この人、私たちを、騙し、て――ッ」

「なっ!? こいつ……っ!」


 こっちに意識を持っていかれていたのか、取っ組み合いを再開させたサクラさんに、ライザはとっさに対応しました。

 サクラさんを身体から放そうとして両手を突き出したのです。

 すると、サクラさんは飛ばされてしまって……。

 赤く染まる水の中に落ちてしまいました。


「サクラさん!?」


 私たちは水の中でも大丈夫な装備を身につけています。

 ですが、サクラさんは俯せの状態で浮いたまま動かなくなっていて……。

 私は、サクラさんを引き上げようとしました。

 しかし、それをライザに止められて……。


「セツ! ダメです!」


 水の中に入ろうとする私の肩を掴んでそう言ってきたライザ。

 私はわかりませんでした。

 状況の説明を求めましたが、ライザは……、


「ライザさん、何があったの? ちゃんと話して……!」

「……っ」


 彼女は視線を彷徨わせるだけで何も言いませんでした。


 しばらくそうしていたライザですが、彼女はぐっと拳を握り締め、一度ゆっくりと呼吸をしてから――。


「……ああ、ついてねぇです。マジでついていやがりません。まさか、



――初っ端からあんたにバレるなんて」



 ……え。


 私には。

 彼女の言ったことが理解できませんでした。

 ……いえ。

 脳が、理解することを拒んでいました。


「……ライザ、さん……?」


 縋るような声が私の口から漏れて出ます。

 ……冗談だって言ってほしかった。

 けれど――


「……はぁ。気づかれねぇように一人ずつ消していくつもりでしたが……。もういいです。一人称わーの目的を忘れてやがるんですか? このゲームを潰すこと。わーはずっと、そのことしか考えていねぇんですよ。それをするにはあんたらは邪魔でしかありやがりません」


 彼女は言いませんでした。

 違う、って……。


 私は頭の中が真っ白になりながらも必死で掛ける言葉を探しました。


「うそ、だよね……?」


 ですが――


「……一度騙されてんですから気づけってんですよ。わーの本質を。あんたを見てるとイライラしてきやがります。なんでそんなに脳内お花畑でい続けられやがるんですか」

「っ!? ……っ!」


 彼女が、私を見下しながら言い放った冷たい言葉に。

 それに、ライザ特有の「二人称なー」ではなく、「あんた」という呼び方をされたことにも。

 私はショックを受けていました。

 絶望していたといってもいいかもしれません。


 なんで……?

 どうして……?

 私たちは仲間、だよね……?

 そう思っていたのは私たちだけだったってこと?

 ライザは私たちのことを仲間だとは思っていなかったの……?


 到底受け入れられない事態に。

 俄かには信じられなくて。

 疑問が頭の中を巡って。

 私は動けなくなっていました。



 私を突き落とそうとした彼女。

 そんな彼女を突如として影が覆います。

 私の目の前に何かが勢いよく落ちてきました。

 それは巨大化した槌の頭の部分。

 困惑する私の左斜め後ろの方から声がしてきます。


「……答えろ。さっきの、真実? だったら私は、お前を許さない!」


 振り向くとそこには。

 いつの間にか鬼の形相をしているクロ姉がいて。

 に対して怒っている、それは明白でした。


 はハンマーが振り下ろされても、その素早さで下敷きになることはありませんでした。

 私たちと距離を取ったは、私たちに背を向けます。


「……わーの実力であんたらみてぇなのを二人同時に相手にするなんて無理です。勝てるわけがありやがりません。……引かせてもらいます」

「っ! ま、待って……!」


 私はの後姿に声を掛けました。

 まだ、納得なんてできていなかったから。

 しかし、は止まってくれず……。

 あっという間にその姿を消してしまいました。



 時間が過ぎて、マーチちゃんやススキさんたちがやってきて。

 みんなにクロ姉が、が仕出かしたことを伝えました。

 サクラさんがやられてしまった以上、ススキさんたちはに対して懐疑的にならざるを得なくなってしまっていて……。

 マーチちゃんも、何をやっているのあいつ……! との行為を批判していました。

 この場にを連れてくることができていて、の口からちゃんと説明させることができていたなら、私たちのギルドがここまで拗れることはなかったはずなのですが……。


 私ものことがわからなくなってしまっていました。

 私にショックな言葉をぶつけてきた時、は、



――今にも泣きそうな顔をしていました。



 はつらかった……?

 それなのに何故、あんなことを言ってきたのか、私にはの考えが読めません。

 これは、私が認めたくないから、私の願望が事実を捻じ曲げて捉えさせている、ということなのでしょうか……?

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