第215話(第六章第9話) 悪い夢
ライザが恨みを買っている――
なんでこいつがそんなことを……っ。
警戒を強めていると、そいつは変わらぬ笑みのまま語り始めました。
「俺のスキルは『未来予測』――そのまんま少し先の未来を見れる能力。それを持ってるんだよ。それであんたがなんかの集団に狙われる未来とあんたが……っと、こっちはまだいいか。兎に角、あんたが囲まれてる未来を見たってわけだ」
「……」
私はちらっとライザの方を見て確認しました。
この男が言っていることが本当かどうか――持っているのは本当に『未来予測』なのか、を。
しかし、私の視線に気づいたライザの反応は、困った顔でゆっくりと首を横に振る、というもので……。
――わからない
それを言外に表していたのです。
わからない? ライザが……?
私は困惑してしまいました。
どうすればいいのかわからなくなってしまっていた私に代わってマーチちゃんが問い詰めてくれます。
まずはライザに確認して。
「ライザ、この人と会ったことがあるの?」
「……いいえ。今日初めて会いました」
「……そう。じゃあ、あんた。そんな初対面の相手になんでそんなことを教えようと思ったの? あんたには関係ないことのはずなの。お姉さんにひどいことしてるんでしょ? どういう風の吹き回しなの?」
ライザとこの男が知り合いではないということを共通の認識としたマーチちゃんは、核心をつきます。
もっともな疑問でした。
それを突きつけられた男はこんなことを言いだします。
どこかの紳士のように左足を半歩下げ、右手を胸に、左手を身体の後ろに添え、軽くお辞儀をするようにして。
「女の子が大変な目に遭いそうになっている。俺という男はそれを放っておくことができないのさ」
「「「……」」」
……何を言っているのでしょうか、この男は?
私にあんなことをしておいて、女の子が大変な目に遭うのを放っておけない?
信じられません。
不愉快を通り越して不快です。
お店から早く出ていけ、と私が念じていると、この男は噴き出しました。
「ふっ、くくく……っ。なーんてな。俺はそんなキャラじゃねぇ。至って利己的な人種だ。この情報をやる。だから俺にも
あっさりと先ほどの自分の発言を否定してきたこの男。
……つかみどころがありません。
先ほどの発言よりも今の発言の方がこの男らしいという感じはしますが……。
この男は平気で裏切ります。
信用なりません。
ただ、ライザさんが狙われている、という情報は重要なものである気がします。
私は、この男に私特製の薬を売ってしまってもいいものか悩まされました。
私が、この男の性格上薬を売らないのも後々面倒なことになるのではないか? と判断できずにいると、マーチちゃんがぴしゃりと言いきりました。
「お引き取り願うの。あんたにここのを売ったらどんな使い方をされるかわかったものじゃないの」
売らない――マーチちゃんはそういう答えを出したのです。
男は一瞬顔を
その状態で顔だけをこちらに向けて言ってきます。
「……ふっ、こうなるか。セツを生贄にしたのは失敗だったぜ。……ああ、俺から何かをするってことはねぇからそこは気を張らなくてもいいぜ? まあ、
――危険はもっと身近なところにあるかもしれねぇがな?」
「っ!? ちょっ、それってどういう……!」
「アーハッハッハッハーッ!」
その男は笑いながら去っていきました。
意味深な言葉を残して。
危険はもっと身近なところにある――?
ふと、あの男の言っていたことが思い起こされます。
――「俺のスキルは『未来予測』――そのまんま少し先の未来を見れる能力。それを持ってるんだよ。それであんたがなんかの集団に狙われる未来とあんたが……っと、こっちはまだいいか。兎に角、あんたが囲まれてる未来を見たってわけだ」――
何故でしょう……。
何故だかすごく、嫌な予感がしました。
その日はそれから多忙になってしまって、ライザにあの男のスキルについて聞くことができませんでした。
(お店が閉まってから聞こうとしたのですが、現実にいるお母さんから「ごはん」というメッセージが送られてきたため)
(夜にもログインしてみたのですが、その時はライザがログアウトしていて……)
翌日である十一日もお店が開いている間はお客さんが途切れることはなく嬉しい悲鳴……。
忙しすぎて、私はあの男のことをすっかり忘れてしまっていました。
……………………
十一日、現実の夜。
私は夢を見ました。
……
…………
……………………
それは、どこかの森で膝を抱えて顔を伏せている少女が出てくる夢。
その少女は小刻みに震えていて、しゃくりを上げていました。
私はその姿を見ていられなくなって手を差し伸ばすのですが、差し出した瞬間その少女は霧のようになって消えてしまったのです。
戸惑う私を余所に視界は暗転。
まるで転移でもさせられたかのように別の場所に移されていました。
それは最近よく見るオアシスのような光景。
しかし、一点だけ。
あのオアシスとは変わっている個所がありました。
真っ赤だったのです。
――中央にある水場が。
それは異様でした。
不気味ささえ醸し出されていて。
近づいてはいけない、と私の脳は警鐘を鳴らしているのに、身体は吸い寄せられるかのように赤い水場へと向かって行ってしまいます。
水面を覗けば、写るのは私の顔。
他には何もありませんでした。
なんでこんな色になっているのだろう? と考えていると。
――ドンッ
後ろから衝撃を加えられます。
私はそれで体勢を崩して前のめりに水の中へ。
その水は何故だか私に纏わりついて底へ底へと引き摺り込もうとしました。
私は驚いてもがいて、水場から出ようとして、その姿を視界に収めました。
私が元々いた場所の後ろに
――私のことを冷めた目で見下している彼女の姿を。
彼女は――
……………………
…………
……
「うわああああっ!?」
私は飛び起きました。
見渡してみると真っ暗な自分の寝室にいて、ここでようやく今見ていたものが夢であったことを理解します。
乱れた息を整えていると、私のベッドで一緒に休んでいたコエちゃんが声を掛けてきました。
(コエちゃんに眠る必要はないとのことですが、人の真似で夜は休むことにしているそうです……本人談)
「セツさん、大丈夫ですか?」
「ご、ごめん。悪い夢を見ただけ。……大丈夫」
コエちゃんに迷惑をかけてしまいましたが、彼女が人ではなかったことが少しだけよかったかな、と思います。
睡眠時間を削ってしまう、などということにならないので……。
私は、大丈夫、と告げて再びベッドに横になって目を閉じました。
大丈夫――そう自分に言い聞かせていたのですが、そう思い込もうとするたびに何故だか不安は増していきました。
……………………
翌、十二日。
あまり寝られずに落ち着かなかった私は、朝早くからログインすることに。
(コエちゃんは現実で朝食の準備中)
私はこのあと、激しく後悔することになります。
いつも通りの時間に始めればよかった、と……。
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