第213話(第六章第7話) 被害者

 その日は前日や前々日からしてみれば比較的落ち着いていました。

 お店の番をしていたのは私、マーチちゃん、ライザの三人。

 コエちゃんとカラメルが素材のストックを充実させてくれていますから、私は気兼ねなく製薬をすることができていました。


 ちなみに、薬をつくるのに必要となってくる最後のアイテム、聖水ですが、この前のイベント景品として手に入れた「何かの種」をコエちゃんが畑に撒いてMPを注いだら風船のような実をつける低木が育ちました。

 その風船のような実の中身が聖水、しかも最上級品質である「命の水」だったそうです。

(ライザ曰く、「何かの種」は既存のアイテムを実としてつけるそうですが、それは注がれたMPの量によって変わってくるとのこと)

(私たちのギルドには『農家』であるコエちゃんがいたため自分たちで栽培することができましたが、他のプレイヤーさんたちはNPCの農家さんにお願いして育ててもらう必要があるのだとか)


 前日の九日にがむしゃらに薬をつくり続けていた甲斐(?)があって、今の商品棚には麻痺無効薬が並んでいます。

 いつお客さんが来て求められても提供できる状態にしていました。

 ただ、昨日、一昨日の盛況ぶりが嘘のように今日のお客さんの入りはまばらでしたが。

 そのため、少しのんびりとする時間もあったりなんかして……。



 ちょっと気が緩んでいたのかもしれません。


――キィ……ッ


 と扉が開く音がして、いらっしゃいませ、と対応した私とマーチちゃん。

 しかし、ライザは、


「いらっしゃ……っ!?」


 言葉を途中で止めました。

 今やってきたお客さんを見て、目を見開いて固まったのです。

 彼女の異変に、私とマーチちゃんはすぐに気づきました。


「ライザさん!?」

「ど、どうしたの!?」


 ライザさんを見ると、彼女の顔はしかめられていて。

 このお客さんと知り合いなのでしょうか?

 ……よくない関係のように推察できます。


 ライザの心配をし、今やってきた人の警戒をしていると、その人が動き出しました。

 険しい表情をしながら。

 私とマーチちゃんは警戒を強くしました。

 すぐにでも相手を取り押さえられるように構えていたのです。

 ですが、その人の行動は私が想定していたこととは違っていました。


「……あの時はすまなかった!」


 カウンター越しではありますが、ライザの前まで行ったその人は彼女に対して深々と頭を下げたのです。

 私とマーチちゃんは戸惑わされました。

 この人のこの行動にはライザも困惑していたみたいです。



「あ、あの、ライザさんとはどういう……?」


 私はどうしてもわからなくて、頭を下げ続けている人にライザとの関係を尋ねました。


「……俺はこの嬢ちゃんに因縁があるんだ――」


 この人は話してくれました。

 ライザとの間にあったことを。


 それは、私たちとライザが会う前のこと。

 彼は、彼らは、「スクオスの森」で彷徨っていたライザを見かけたそうです。

 インバネスコートとディアストーカーを纏っていたライザの職業を鑑定士だと見破るのに時間はかからなかった、とか。

 ネタ職業と呼ばれるほど使えないとされている鑑定士を選んでいる人がいたことに、彼のパーティはその人ライザのことを嘲笑したと言います。


 ネタでこんなとこに来るなんて自殺志願者だ!

 そもそもネタを選んでる時点でドMだ!


 と。

 大声で笑っていたため、それはライザの耳に聞こえていたそうで。

 彼らは、、とのこと。



――パーティのエースだった人が急に弱体化して、その時に現れた異様に強いスクオスによってパーティは全滅した――と。



 この話を聞いて、私がライザの方を見てみると、彼女は私が見ていることに気づいて苦笑いを浮かべながらスーッと視線を逸らしました。

 ……これ、やってますね。

 恐らく、パインくんたちにやったのと同じ方法を使ったのでしょう。

 『トリックスター』を使って、プレイヤーに鑑定士の弱いステータスを押しつけ、モンスターに強いステータスを渡す方法を。


 頭を下げた人はずっとその体勢だったため、ライザの様子を見ていませんでした。


「他人を貶したから罰が当たったんだろう……! 謝って済む問題とは思えないが謝らせてくれ!」


 本気で天罰だと思っていそうなこの人に本当のことを伝えた方がいいような気がして、私はライザに視線を向けました。


「ライザさん」

「……わかってますよ。顔を上げてください。あれをやったのは一人称わーです。天罰なんかじゃありません」

「へ……?」


 ライザも本当のことを知らせた方がいいと思ったようで、その人に真実を明かしました。

 その人の素っ頓狂な声がお店に響きました。



 真相を知ったその人は、


「そ、そうか、天罰ではなかったのか……。だが、俺たちのやったことは決して褒められた行いではなかったのは事実だ。君に不快な思いをさせなければあんなことにはなっていなかっただろうからな。あの時の俺は浅はかだった。本当にすまなかった」


 そう言ってまた深々と頭を下げていました。

 ライザは、


「……こちらこそ、あの時はイライラしててあなたたちに当たってしまいました。すみませんでした」


 彼女もそう言って頭を下げました。


 彼はそのあとすっきりとした表情になって、商品を買い、お店を出ていこうとします。

 扉を開けたところで一度止まり、ライザの方に振り返りました。


「そういえば君、俺らにしたのと同じことを他の奴らにもやってたのか?」


 彼はライザに確認しました。

 ライザがそれに答えます。


「……やってますね、大体五、六十人くらいに。そのころは荒れてたんですよ。ネタなんてバカなんじゃないのか? とか、なんなら俺らが殺してやろうか? とか、リアルが女の子で写真を送ってくれるなら助けてやってもいい、とかほざかれたんでつい、こいつらやっちまいましょうか? って考えになっちまって」

「「ライザ(さん)……」」


 私たちに合う前のライザの行動を初めて詳しく知って、何をやっているの? という私とマーチちゃんの呆れた声が重なります。

 ライザは、自分でもバカやってたと思いますよ……、とばつが悪そうにしていました。

 そんなライザに彼が言ってきます。


「……そうか。エリアボス部屋の前の間で偶々遭遇したパーティが、急に弱くなって強いモンスターに殺された、っていう話をしていたから、そうなんじゃないか、と思ったんだ。そいつら、



――君に遭ったから運が悪くなって死ぬことになったんだ、今度会ったらただじゃおかない――



 とか言っていた。俺たちは、自分たちが悪かった、って反省してるんだが、そいつらはどうやら違うらしい。一応、伝えておいた方がいいと思ってな」


 そう言い残して、そのお客さんは去っていきました。

 ライザの方を見ると、彼女は険しい表情をしていました。

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