第200話(第五章第34話) コエのスキル1

~~~~ コエ視点 ~~~~



 勝手に決めつけていた。

 勝手に絶望していた。


 私の運命はこんなものだと思っていたから。



 生まれ育ったイヒイミカ村近くの森で死んでは時を遡って生まれ直すことを繰り返していた私。


 その繰り返す運命から脱け出せても、何度も私を殺してきたあの恐ろしい見た目のリセなんとかという生き物が何度も何度も村に攻めてきた。


 さらには「村を脅かす怪物」と呼ばれていた存在まで、私を村まで狙ってきた。


 私を愛していたのは「死の運命」だ。

 そうとしか考えられないほどに「死」は私に付き纏ってきていた。


 セツがいなければあの無限ループから抜け出せなかっただろうし、セツたちがいなければ村も壊滅していただろう。

 セツがいたから「怪物」の脅威を退けられたし、村が黒いもやに襲われた時もあれに呑み込まれて無事だったのはセツのおかげだったのではないかと感じている。

 セツがくれたお守りが私を守ったのだ、と。

 もやに呑み込まれたあと、ずっと握りしめていたら、そこから溢れ出る温かさが私を包み込むようにしていたから。


 いつの間にか知らない街に来ていて、帰れないことに不安を抱いて。

 彷徨っていたら危険な場所に迷い込んでしまったみたいで。

 でも、セツと奇跡的な再会を果たして。

 彼女の家に案内してもらって。

 彼女の仲間たちともまた会って、その仲間に加えてもらえることになって。

 故郷に戻れず、両親や村の人たちに会えないのは寂しかったけれど。

 彼女たちといると、その寂しさを紛らわせることができた。

 彼女たちの笑顔が与えてくれる安心感に、私は救われていた。


 そんなところに、だ。

 あいつらは来た。

 ペオールとフェニー……っ。


 やっと生きていてもいいんだ、って思えるようになったのに……。

 やっと生きたい、って感じられるようになったのに……っ。


 あいつらはなんの前触れもなく現れて、私の望みを絶っていった。

 あいつらに無理やり命令を聞かせられたセツたちは笑えなくなった。

 私の居場所はセツたちのギルドハウスあそこしかないのに、その居場所を取り上げられた。

 セツたちの笑顔がなくなったことで押し寄せてくる不安。

 居場所が安息の地ではなくなったことで再び間近に感じるようになった死への恐怖。

 生きているのに、あいつらに命令される日々は、生きていると実感できない。

 私は抜け殻のようになってしまっていた。

 まるで、生と死を繰り返していたあのころに戻ってしまったかのように……。


 あいつらに従いたくなどなかった。

 だが、抗えば私の最後の頼みの綱は完全になくなってしまう。

 だから、必死だった。

 必死に自分の心を殺してあいつらに尽くした。



 けれど――


 結果はこれだ。


「『転移シート』があったろ? あれを使って第一層に行く。そのあとで『イニシアティブ』を使ってこいつらのギルドから抜ける! そうすりゃあ追跡は不可能だ! 何が大罪人だ、脅かしやがって! 俺たちの勝ちだ! ヴァアアアアカ!」


 ペオールが私の首を絞めるようにして私をギルドハウスから連れ出した。

 扉を閉められる前にギルドハウスの中へと目を遣ると、


「コエちゃん……っ!」



――もう打つ手がない、といった様子で打ちひしがれているセツの姿が目に入った。



 この瞬間、私は悟った。

 ……いや。

 悟ったと思い込んだ。



――今までのは盛大なフリだったのだ、と。



 希望を持たせておいて、生きられると思い込ませておいて……。

 それらを刈り取る。

 「運命」が私の心まで殺しにかかってきているように感じられた。


 人質にされているのだ。

 いつ死んでもおかしくない状況……。

 生殺与奪権はあいつらが握っている。

 私の「生きられる夢」は、どうやらここまでみたいだ……。



 私はギルドハウスから引っ張り出されて、外に設置されていた何かのシートに乗せられた。

 瞬間、まばゆい光に包まれたかと思うと、景色が一変した。

 先ほどまで空に浮かぶ島にいたというのに、一瞬にしてどこかの建物の中へ。

 ……店だろうか?

 その割には閑散としているが……。


 二人が話し始める。


「よし! 『かしずいてる』のを利用して俺たちをギルドメンバーから外させたぞ! ついでにこいつも外させといた! これでコイツを連れて逃げても居場所を特定される心配はない! いざという時には人質として使えるぞ!」

「流石、ペオール! 頼りになるー!」

「……」


 ほくそ笑むような顔をしているペオールとそのペオールを絶賛してはしゃいでいるフェニー。

 対して私は表情が死んでいた。

 感情もそうなっていたのかもしれない。

 備えていた。

 いつ死んでもいいように……。


 私はとっくに諦めて、死を受け容れてしまっていた。

 だというのに――



「コエちゃんっ!」



 救いはやってきた。


 店の扉をバンッと開けて飛び込んできたセツ。

 ……おかしい。

 私は「死の運命」に囚われているはずなのに……。

 どうして彼女は、私のピンチにいつも駆けつけてきてくれるのだろう……?


 そこに希望がある。

 けれど、手を伸ばすのは怖かった。

 それを抱いてしまったら、ダメだった時に余計につらくなるから。

 私はあの森で、あの恐ろしい生き物たちから生き延びようともがいて、期待して、その都度裏切られてきた。

 何度、無力感に苛まれたことか。


 これに期待して、もしダメだったなら、私は立ち直れなくなる――そんな気がする。

 けれど――



「セツさんっ!」



 私は手を伸ばしていた。



「う、嘘だろ!? なんでここに……!」

「ぺ、ペオール、あいつらの一人が来ちゃったよ!? なんとかしてよ!」

「し、仕方ねー! こいつを人質に……!」

「させない!」


 ペオールが私を盾にしようとしたが、セツは素早く接近して、私が伸ばした手を掴んでくれた。

 ペオールが、ここまで追ってくることはない、と高を括っていたからだろう。

 私を掴む力はそれほど強くはなくて、セツが私を引っ張ったことで私はペオールから解放された。


「ああ!?」

「何やってんだよ、ペオール!」


 助かった、そう思ったのだが――



「『イニシアティブ』発動! 強制ログアウト!」



「え――!?」

「な、何……!?」


 セツがいきなりその場から姿を消した。

 呆然とする私を見たからかペオールが得意気になる。


「はっはっはーっ! 策士は最後まで奥の手を取っておくものだー!」

「さっすがペオール! 小賢しい!」

「けど、すぐにまた入ってこれるからな。今のうちにこいつを攫ってとんずらしよう!」


 セツがどうなったのか、気になって仕方がない。

 しかし、それを考えている間にペオールの手が私に伸びてくる。

 まずい!

 このままではこいつらに連れていかれてしまう……!

 折角セツがここまでしてくれたのに……っ!

 何か、何か方法は――そう考えるのに必死になった時だった。



――何かが頭の中に流れ込んできた。



 私はそれを思わず口にしていた。


「……え?


 ペオール――本名:根岸琢磨ネギシ・タクマ、三十五歳、男性。○○県××市在住。職業:無職。


 フェニー――本名:相模瑠玖サガミ・ルク、二十九歳、女性。○○県△△市在住。職業:無職……?」

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