第191話(第五章第25話) 転移シートの設置の途中(セツ視点)

 驚きました。

 後ろ姿を見て、あれ? とは思ったのですが……。

 そんなわけないよね? と、その考えを否定していたのです。

 だって、彼女はイベント限定で行くことができる村にいるはずでしたから。

 まさか、本当にコエちゃんだったなんて……。



 私がこの「リスセフ平原」にやってきたのは、マーチちゃんが増やした「転移シート」を設置するためでした。

 「運営」によってマーチちゃんのスキルに制限を設けられてしまっていたため、九つまでしか増やせませんでしたが、増やした分は設置してみようということになったのです。

 初めは、各エリアにある街と私たちのギルドハウスを繋げよう、という案が出たのですが、ライザがそれを却下しました。



――それだと「踏破者の証」となんら変わらない。



 と言って。

 「踏破者の証」は所属するギルドのギルドハウスも転移先に指定することが可能ですので、「転移シート」で各エリアの街とギルドハウスを繋げるのは「踏破者の証」と役割が被ることになります。

 むしろ、ダンジョン内でなければどこでも使える「踏破者の証」と比べると劣化版になりかねません。

 ライザの言い分はもっともでした。


 というわけで、「転移シート」で各エリアの街とギルドハウスを繋げる案はなしになり、そうなると、「転移シート」を有効に活用できる手段は一つになります。



――ダンジョン内とギルドハウスを繋げること。



 そうすることでダンジョン内では使えない「踏破者の証」と差別化することができますから。

 今度は「帰還の笛」と役割が少し被ってしまうかもしれませんが、そのダンジョン内にある目的の場所に一瞬で行くための方法として考えれば、「帰還の笛」は帰る専用のアイテムですから、「転移シート」に意味を持たすことができます。

 ライザに確認すると、「転移シート」はダンジョンの中と外に設置しても効果を得られることがわかりました。

 それと、「転移シート」は設置した者が所属するギルドのメンバーしか使えないとのことでダンジョンの中にいるモンスターがギルドハウスにやってきてしまうことは絶対にない、ということも。

 以上のことから、「転移シート」はダンジョン内に設置するということが決まりました。


 問題はダンジョンのどこに設置するか、ということ。

 この問題ですが、マーチちゃんの発言によって解決します。


「そうなの! ボクのスキルが『運営』によって下方修正させられて同じアイテムを増やしまくれないように制限されたから、素材アイテムを採取できるようにしたらいいと思うの! ほら、上質な素材が取れるところに設置するとか!」


 妙案でした。

 ライザのお墨付きもあったので、「転移シート」は上質な素材が取れるところ、即ち隠し部屋に設置することに。

 みんなで手分けして行うのかと思っていたのですが、「転移シート」の設置は私に一任されました。

 私が必要とする素材ですし、今は九カ所しか設置することができないため、私にとって優先順位の高いものがある場所を選んだ方がいい、とのことで。

 私は隠し部屋がある場所を知っていましたし……。



 そうして、まずは第一層から、ということで「リスセフ平原」を訪れたら、気になる後ろ姿を発見して。

 でもそんなわけないよな……、と声を掛けるのを逡巡しているうちに、リスセフがその子の元にやってきていて。

 カラメルの例がありましたから、友好的なモンスターもいるのではないか? とほんの一瞬だけ思いましたが、明らかにその子を攻撃しようという動きを見せたため、私は慌ててその子からリスセフを引き離しに行って、今に至ります。


「コエちゃん、大丈夫? どうしてここに?」


 私が力なく座り込んでしまっているコエちゃんに手を差し出すと、彼女は、


「セツさああああああああんっ!」


 ガバッと、私の胸に飛び込んできました。

 彼女に何があったのかわからず、いきなりのことで驚きましたが、泣きじゃくっている彼女の様子を見て、私は優しく抱きしめることにしました。



 コエちゃん……。

 くりくりとした目と薄めの眉毛、小さな鼻、薄い唇、ぷにぷにの柔らかいほっぺをした黒髪おさげの幼い女の子。

 身長は百二十センチほどで、七、八歳くらいかな?

 イベント村の子……。


 しばらく彼女の頭を撫でていると、コエちゃんは落ち着いてくれたようで。

 私に聞いてきました。


「……セツさん、ここは?」


 私は答えます。


「ここは『リスセフ平原』っていうダンジョンの中だけど……。コエちゃんはどうしてここに?」


 そして、今度はこっちから質問をしました。

 ただ、コエちゃんから返ってきた言葉はあまり芳しいものとは思えないもので……。


「……わかりません。気づいたらここにいたんです……」

「……そっか」


 気づいたらここにいた……。

 イベント限定で行ける村の子がどうしてこんな場所にいるのか、その理由はさっぱりでしたが、何やらよくないこと……というか予期せぬことが起きているような、そんな予感がしました。



 村への帰り方と両親を探していることを伝えられた私は一旦「転移シート」を設置するのをやめ、コエちゃんの手を引いて「始まりの街」まで戻りました。

 宿屋の受付さんにイベント村に行けないか確認したところ、



――「そのイベントは既に終了しています。イベント村に行くことはできません」



 という回答しか得られなくて……。

 落ち込んでしまったコエちゃんを励ますために、彼女のご両親を探すことを申し出たのですが、誰に聞いても収穫はなし……。

 コエちゃんがさらに落ち込んでしまう結果になってしまいます。


 私は困り果てました。

 何か覚えていることはないか? とコエちゃんに聞いてみます。

 すると彼女は、……そういえば、と言って、話してくれました。


「黒いもやに呑み込まれたんです、村ごと……。それから、どれくらい経っていたのかはわかりませんが、少しの間、



――星空が見える草原にいて……。



 ですが、あれは夢だったのかもしれません。気づいたら木を基調としたこの街にいましたので……」

「え? 星空が見える草原……?」


 それって……。



――このゲームを初めてやる時に設定を行う場所のこと?



 ……いえ、コエちゃんはプレイヤーじゃない、ですよね?

 確かめてみると、彼女の頭上にはNPCのテロップが存在しています。

 NPCのコエちゃんはそこには行けないはず……。

 ということは、私が思っているのとは違うところ、ってこと……?

 でも……。

 気になります。


 こういう時に頼りになるのはやっぱりライザでしょう。

 私はライザに連絡を取ろうとしました。

 ですが……。


「ええ!? な、なんで……!?」


 私はライザに電話をすることもメッセージを送ることもできませんでした。

 こんなメッセージが表示されて。



『連絡が取れる状態ではありません』

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