第190話(第五章第24話) 再会

~~~~ コエ視点 ~~~~



 いきなり目の前に現れた噴水。

 大きな広場。

 円をつくるように並べられている木を基調とした家屋。

 見慣れない文字。

 だけど、読めた。

 武器屋、道具屋、宿屋、鑑定屋、鍛冶屋……。

 ……なんだ、これは?

 そこは、知らない街だった。


 知らない街に、知らない人たちが行きかっている。

 剣や槍、槌、盾、弓、杖などを携え、軽めの防具で武装した人たち。

 村にはそんな人たちはいなかった。

 武器を持つ余裕などなかったから。

 恐ろしい生物たちが襲ってくるとなったら、構えるのは農具が精いっぱい。

 それで死に物狂いで抵抗するのだ。

 だけど。

 ここにいる人たちからは、そんな空気は感じられなかった。

 戦闘に慣れているのか?

 私の知っている人たちとは明らかに気質が違っていた。

 それがまた、異国に来てしまったような感覚にさせてきて……。

 すこぶる怖くなった。


 怖い……っ。

 いきなりこんな場所に来させられたことが。

 まったく知らない場所であったことが。

 知っている人が一人もいなかったことが。

 私の生まれ育った村は!?

 私の両親は!?

 あの黒いもやに呑み込まれたのはほぼ一緒だったはずだが……。

 ということは、両親もここに来ている……?

 私は両親に会いたくてたまらなくなった。



 私は走り出していた。

 少しでも安心したくて。

 自分がどうしてこんな場所にいるのかを知りたい。

 私が住んでいた村があれからどうなったのかを確かめたい。

 父さんと母さんが私と同じようなことになっていて、生きているのなら逢いたい!

 それらの思いが強くなって、身体が突き動かされていた。


 私は周りを見渡しながら、父さんと母さんを探した。

 探しながら走った。

 父さん、母さん! と叫ぼうとした。

 その時だった。


「うぉっ!?」

「ひゃっ!?」


 誰かにぶつかってしまった。

 前方不注意だ。

 完全に私が悪い。

 私は反動で尻もちを搗いた。

 その時に地面についた手が擦れて、痛みが生じた。

 ただ、我慢。


「な、なんだ……?」


 迷惑をかけてしまった人がいるのだ。

 私はとっさに謝った。


「す、すみません……っ!」


 ぶつかった人は転がってはいない。

 私が子どもで大きくなく、体格差がかなりあったからかもしれない。

 だから、その人は頭を打ってなどいなかったはずだ。

 それなのに……。


「……NPC!? こんなの初めてなんだけど!? 今までにこんな行動取ったNPCなんていたか!?」


 その人物が言ったのは意味不明な言葉だった。

 NPC……? なんだそれは?

 私はその人物に何を言われたのか、まるで理解できなかった。


 私の頭の中が混乱して固まってしまっていると、その人物が手を差し出してきた。


「あっ、えーっと……。NPCだからってこのままにしておくのは気が引けるなぁ……。その、大丈夫? 立てるか? って、この行為に意味があるのかなんてわかんないけど……」


 ……言っていることはわからないが、悪い人というわけではないらしい。

 私がその手を掴むと、その人は引っ張って起こしてくれた。

 ちょっと、セツのことを思い出す。


「あ、ありがとうございます……」


 私は礼を言った。


「……おお。ありがとう、って言ってきた……。これ、何かのクエストなのか?」


 依然として何を言っているのかは理解不能だったが。



「慌ててたみたいだけど、なんかあった、とか?」


 その人が私の様子を見て聞いてきた。

 悪い人ではなさそうなので、私は私の事情を話した。

 この人から情報をもらえそうだと思ったから。


「私、気づいたらここにいたんです! あの、イヒイミカ村はどちらでしょう!? その村の出身なのですが……! それと、両親も一緒だったので恐らくこちらに来ていると思うのですが、見かけていませんでしょうか!? 父は私と似ていないのですが、母は私と似ている部分が多いので、見ればすぐにわかると思うのですが……!」


 私は矢継ぎ早に質問していた。

 村のこと、父さんと母さんのことを。

 この人なら知っていそうな気がしたから。

 しかし、それは私の願望がそう思わせていたに過ぎなかった。


「……イヒイミカ? 聞いたことないな……。大体、この世界に村なんて……あっ! もしかしてイベント村!? おいおい、そんなのどうやって行けって言うんだよ……。イベント期間過ぎてるからもう行けないぞ、そこ……っ」


 ……は?

 もう行けない……?

 私はひどいショックを受けて放心状態に陥ってしまった。


 それからその人に、両親の名前とか探す手掛かりになりそうなことを聞かれた。

 しかし、私もそうだったように、両親に名前はなかった。

 ……結論。

 私の両親を探すことも、難しすぎて協力できそうにない、とその人に断られてしまった。



 私は救いを求めた。

 その人と別れ、出会った人、出会った人に聞いて回った。

 村のことを。

 両親のことを。

 しかし、



――どの答えも「わからない」だった。



 私はその結果を受け容れられなくて。

 一人で街を飛び出していた。


 自分で探すしかない……!

 きっとそう遠くまでは来ていないはず……!

 父さんも母さんも近くにいるはずだ……!


 そう自分に信じ込ませながら。


 ……だが。

 闇雲に探し回っていた私は妙な場所に迷い込んでしまった。

 平原は平原なのだが、どこか空気が違うような気がする。

 なんというか、一瞬、ふわっとしたような……。

 その場所を少し、ほんの少しだけ歩いて、私は見つけた。

 見つけてしまった。



――村を襲うと話していた恐ろしい見た目の生き物と似た奴らが前方にいたのを。



 押し寄せてきた取り留めもない恐怖に。

 私は足の力を失った。

 立っていられなくなって尻もちを搗く。

 その音に。

 奴らが反応した。


 こっちを見た。

 見つかった。

 逃げなければ……。

 でも、脚が動かない……!


 奴らは私に迫ってきている。

 動け! 動けよ!

 念じるも、脳からの命令が脚には伝わらない。


 そして到頭、奴らとの距離はなくなって、そのうちの一体が身体を回転させ始める。


 何回も見たからわかる。

 これは尻尾での攻撃だ。


 ……ああ。

 やっぱり私は死ぬ運命にあるのか……。

 少しは変わることができたと思っていたのに……。


 私はもう望むのをやめた。

 全てを諦めて目を閉じようとした時――



――突然追い風が吹き渡った。



 その風が恐ろしい生き物たちを連れていって。

 唖然としてしまっていると、一つの影が戻ってくる。

 その影は……、



「セツ、さん……?」



 あの時、村の北側の森で殺されそうになった時に見たのと同じ青髪の少女のものだった。


 彼女が言った。


「大丈夫……って、コエちゃん? コエちゃんだよね!? どうしてここに?」

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