第183話(第五章第17話) イベント村を守り抜け5

~~~~ コエ視点 ~~~~



――私の名前はコエ――



 一度もそう呼ばれたことなどないはずだが、しっくりきていた。

 まるで、昔からずっと一緒だったかのように。



 青髪の少女・セツがくれたものはすごい飲み物だった。

 乱れきっていた精神が大分落ち着いたのだ。

 あんなものを持っているのだから、私の「運命」を変えることができたのだろう、そう思う。



 ……本当にそうか?



 「運命」が変わったと信じるには私は死に過ぎていた。

 あんなに殺され続けてきたのだ。

 「死の運命」からはまだ逃れられていないのではないか? とどこかでうたぐってしまう。

 糠喜びさせようとしているのではないか? とどうしても勘繰ってしまう。


 折角助かったのに、私は起こるかもしれない未来を危惧して喜べなくなっていた。

 そんな時、セツに手を差し出されて。



――この人と一緒にいればまだ可能性は高いか?



 そう判断した。



 手を繋いだまま村へと帰ると、見知らぬ連中が集まっていた。

 まさか私を殺しに来た刺客か!?

 私は警戒してセツの後ろに隠れた。

 警戒することに神経をとがらせていた。

 だから、セツが問い掛けてきたのだが、それには答えられなかった。


 実際には、彼女たちはセツの仲間で警戒する必要はなかったわけだが。

(女の子八人で村まで来たのか?)



 セツたちの会話だが、内容はよくわからなかった。

 辛うじてわかったのは、私が助かったのはあのカラメルとかいう奇妙な生物のおかげらしいということだけだ。

 カラメルという生物は女の子たちに囲まれてちやほやされていた。

 そのおかげというのなら、お礼を言うべきなのかもしれない……。

 しかし、彼女たちが言うところのリセなんとかという恐ろしい生物たちのことが頭を過って、カラメルにお礼を言うことはできなかった。


 そのあと、縦巻きカールの少女のよくわからない言葉を受けて、セツは顔をしかめた。

 私はセツになんの脈絡もなく頭を撫でられた。

 私はこんな見た目だが、何回も人生を繰り返している。

 中身は子どもではない。

 だから、やめてもらおうとした。

 しかし、彼女の慈愛に満ちた顔を見て、やめてほしい、とは言えなくなった。



 私はセツたちに家に送り届けられて。

 両親に怒られた。

 私が恐ろしい生物たちに襲われたと噂になっていたようで、それはもう激しく。

 あんな両親の顔は一度も見たことがなかった。

 いっぱい怒られたあと、私は抱きしめられて。

 ……これも初めてのことだったから、戸惑った。


 セツたちは村長の家に滞在することになったらしい。

 なんでも、あのリセなんとかという奴らがまた攻めてくるから、とか。

 それでしばらくの間、村にいてもらうことになったそうだ。

 様子を見に、村長宅の周りを囲う生垣の隙間から覗いてみると、彼女たちは何もない空間で指を走らせていた。

 ……?

 私には理解ができなかった。


 「運命」が私を殺しにくるのではないか、と私はそわそわしていたが、その日、私が死ぬことはなかった。



 翌日。

 できるだけセツの傍にいようと考えたが、セツはどこにもいなかった。

 セツだけでなく、彼女の仲間たちも。

 決められたのと違う行動を取ったら死ぬ経験を何度もしている。

 動き回った所為で死を誘引してしまっては泣くに泣けない。

 だから私は、死の恐怖に怯えながらできる限り普段通りの生活を心掛けた。

 


 私が生還して四日目。

 セツの姿を発見した。

 私の家がある村の北の門付近で。

 

 今までどこにいたのか? という疑問が湧いてくるなか、村の警報が鳴った。



――リセなんとかが村に向かってきている、と。



 このタイミングで「死の運命」が牙を剥いてきたのか!?

 開いている門の先を見ると、リセなんとかが村を攻めようとやってきているのが視界に捉えられる。

 私は打ち震えた。

 やはり私が生きることを許してはもらえないのだな……、と私は目を閉じてしまった。

 諦めていた。

 しかし。

 目を閉じている間に人のものではない悲鳴が聞こえてきて。

 瞼を開くと、恐ろしい生物たちは消え、セツだけが立っていた。

 まさか、セツってものすごく強いのではないか!?

 あの時、私が数十体の奴らに取り囲まれていた時、それを退けることができていたので、その片鱗は見受けられていたが。 


 この人に守ってもらえば確実に生きられる気がした。

 それと同時に思った。

 こんなすごい人に護衛を頼んでもいいものか? と。

 私の家は決して裕福な家ではない。

 差し出せるものがないのだ。

 困っていたらセツと目が合った。

 それで私は……逃げ出した。

 もし頼んで断られでもしたら……! その思いが先行して。



 次にセツの姿を見たのは、私が生還して八日目のことだった。

 セツが村から出ていくのが見えたので、追っていって彼女のことをよく見てみることにした。

 ……彼女の強さは私の想像を遥かに超えていた。

 目で追えない……。

 戦いは一方的で、圧倒的な強さで敵を打ち滅ぼしていた。

 ……決まりだ。

 頼んでも引き受けてくれるわけがない……。

 私はそう結論付けた。



 私が生還して十二日目。

 村の東側にある畑で作業をしていると、縦巻きカールの少女と袴姿の女性が東の門から出ていくのを見た。

 セツの仲間だ。

 彼女たちならもしかして護衛を引き受けてくれたりしないか?

 そう思って、私はついて行った。

 しかし……。


 セツよりも速いのではないかというほどの動きで敵を翻弄する縦巻きカールの少女。

 一撃で敵をなぎ倒す袴の女性。


 ……それもそうか。

 あのセツの仲間なのだ。

 弱いわけがない。

 私は静かにその場を離れた……。



 生還から十六日目。

 村の西側に唯一ある店で野菜とものを交換してもらっていたら店の前を、髪を二カ所で結っている少女、神に仕えているような格好をした少女、髪が長く眼鏡を掛けている女性の三人が通って行った。

 彼女たちもセツの仲間だったはずだ。

 私はダメ元で彼女たちのあとをつけた。


 結果。


――チュドォオオオオオオオオンッ!


 っ!?


 何がどうしてそうなったのか全く見当がつかなかったが、眼鏡の女性が爆発を起こして敵を粉砕していた。

 私はその爆音と爆風による衝撃で腰を抜かしてしまった。

 た、頼めない……。


 直後、セツが来ておんぶして家まで運んでくれたそうだが、私は放心していてこの時のことをよく覚えていない。



 二十日目。

 ……幸運なことに私はまだ生きている。

 村の南側にある村長の家に頼まれたものを届けたその帰りのことだ。

 セツに似ている少女と黒装束の少女を見かけた。

 彼女たちも強いのだろうな……。

 あまり期待せずに私は確認をしに向かった。


 セツっぽい子がハンマーを振り回して敵を蹴散らしていた。


 ……。


 そもそも、だ。

 誰かに守ってもらうのは正しいことなのか?

 自分でどうにかすべきじゃないのか?

 それが一番正しい気がする。

 けれど。

 自分では何回やっても、何をやってもダメだった。

 もう頼るほかないじゃないか……。


 ……ん?

 そうだ!



――彼女たちに鍛えてもらえばいいのではないか!?



 今までは独学だった。

 鍛え方が間違っていたのかもしれない。

 あれだけ強い彼女たちに教えを乞えば、自分で「運命」を打ち破れるかもしれない。

 これは妙案だ。

 長く拘束するであろう護衛より引き受けてもらえそうな気がする。

 その日はもう夜になっていたため、今度会った時にお願いしてみることにした。



 しかし。

 二十四日目。

 私は自分の「運命」を呪うことになる。

 その日、



――「村を脅かす怪物」が村に攻めてきた。

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