第180話(第五章第14話) イベント村を守り抜け2(セツ視点から)

 村の北側の出口に着いてリスセフが攻めてくるのを待っていた時のこと。


「りゅりゅ!」


 突然、カラメルが声を上げました。

 私の頭の上から飛び降りて、村から離れてまっすぐ北へ進んでいこうとするカラメル。

 彼の身体には普段よりも強い虹色のオーラが纏われていて。


「か、カラメル、どうしたの!?」


 私が慌てて尋ねると、カラメルはその身体を宝箱があることを教えてくれた時みたいに平行四辺形のような形にして北の方を示しました。

 その方角には何もありません。

 遠く離れた位置に広大な森が広がっているのが捉えられるだけです。

 何かがあるようには思えませんでしたが、カラメルの様子が気になって……。


「……何かあるんだね? わかった。行こう!」


 私はカラメルを拾い上げて、走り出しました。

 森に向かって。



 森に近づいてきて、木が多くなってきたところで。

 一本の木の陰から出てきた一体のリスセフに私はぶつかりました。


「う、うわっ!?」

「ギゲゲッ! ――ギゲェ!?」


 私の素早さ、攻撃力はすごいことになっていますから、体当たりをする形になって……。

 私は防御力が高かったのでなんともなかったのですが、いきなり出てきたために止められなくてそのリスセフを撥ね飛ばしてしまいました。

 まるで轢いてしまったかのようです。

 リスセフは私の進行方向に飛んでいきましたが、私はすぐにそのリスセフを追い越してしまって……。

 様子を見た方がいいのではないか? と思って止まろうとしたのですが、


「りゅりゅ!」 

「か、カラメル!? わ、わかったから!」


 カラメルが許してくれません。

 私はカラメルに急かされて、ぶつかってしまったリスセフの確認もできないまま本格的に森になる鬱蒼と木が生い茂っている場所へと足を踏み入れるのでした。


 ちなみにあのリスセフですが、黒い粒子になって消えていったそうです。

 カラメルがあとで実演するようにして教えてくれました。

(カラメルは自分の身体を切り離せるみたいなので、それで細かく分裂して粒子になっていっているように演出していました……黒くはなっていませんでしたが)

(そのあと、カラメルは分裂した身体をくっつけて元に戻っています)



 森の入口付近には木々に囲まれたお花畑があって。

 そこを通過していったところで、私は



――女の子の姿を発見しました。



 尻もちを搗いてしまったまま後退った体勢で怯えきっている女の子。

 そんな状態の彼女の側面に、回転で遠心力が加わった尻尾をぶつけようとしているリスセフ。

 リスセフが女の子を襲っているのは明らかで。

 私は女の子とリスセフの間にとっさに割って入りました。


 リスセフの尻尾での攻撃を受け止めて投げ飛ばします。

 ……あっ。

 私には女の子を手に掛けようとしていた一体しか目に映っていませんでしたが、ここには他にも多くのリスセフたちがいて、私が投げた個体が群れの方に吸い込まれるようにして飛んでいきました。

 ビリヤード状態に……。

 結構な数がいて全てを倒しきることはできませんでしたが、残ったリスセフたちは、まずい! と判断したのか逃げ出します。

 カラメルが追い駆けようとしていましたが、私はそれを制しました。

 女の子の無事を確認する方が大事です。


「大丈夫? 怪我はない?」


 彼女の目の前に手を差し出すと、女の子はとても驚いた表情をしていました。



~~~~ ???視点 ~~~~



 ……どうなっているのだ?

 わからない。

 わかるわけがない。

 今までこんな展開になることなど一度もなかったのだから。

 知らない。

 こんな未来を私は知らない。


 目の前には、私を心配そうに見つめながら手を差し出してくる少女の姿。

 彼女の頭には見たことのない珍妙なものが乗っている。

 動いているが、生き物なのか……?

 目も鼻も耳も口も、手足はおろか胴体さえもなさそうなのに動いているその存在が若干不気味に感じられた。


 それにしても、この人は誰なのだろう?

 村の人間ではないことだけは確かだ。

 どうしてこんな閉鎖的な村の近くにいるのだろう?

 どうして私を助けてくれたのだろう?

 どうして、



――今まで現れてはくれなかったのだろう?



 この人が来てくれたから私は助かったのか?

 私は死の運命から逃れられたのか?

 それともまだ「運命」は私を縛り付けているのだろうか?

 これから何かが起きる?

 そもそも、なんで今回の人生だけこんなに違うことが起きたのか?

 私は待った。

 待ち続けた。

 精神が擦り減って壊れそうになるくらい待った。

 もっと早く来てくれてもよかったはずだ。

 いや、助けてもらったのだから感謝すべきだろう。

 しかし、私の心をここまで摩耗させる必要がどこにあったというのだ?

 あんな経験をさせる意味がどこにあったというのだ?

 助けに来てくれるならもっと早くに来てほしかった……!

 そう思わずにはいられなかった。


 私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。



 そんな感情が私の中を埋め尽くしていたから、私は彼女に手を差し向けられていることをすっかり忘れていた。

 無視をしてしまっていたからだろうか?

 彼女はその手を引っ込めてしまった。

 ……しまった!

 折角助けに来てくれたのに、これでは離れていってしまうのではないか!? と焦ったが、彼女は素っ気ない私を見捨てたわけではなかった。

 彼女の腰につけられていた入れ物から何かの液体が入った容器を取り出して、私に渡してきたのだ。


「これ、飲んで?」


 と。


 オレンジ色の液体だ。

 なんの液体なのかわからない。

 けれど、何故だろう?



――この液体は飲んでも平気だという確信があった。



 色がとても綺麗だったからだろうか?

 それとも、助けてくれた人がくれたものだったからだろうか?

 それはわからなかったけれど。


 蓋を開けて飲んでみる。

 すると――


「っ!?」


 疲れが飛んでいく。

 頭がすっきりしていく。

 私を縛り付けていた何かが消えていったような、そんな感覚を受けた。

 解放されたような感覚が確かにあって。

 気がついたら私は、涙を流していた。



 少女は急に泣き出した私を見て、すごく動揺していた。

 この人はいい人だ。

 助けてもらったのに迷惑をかけて申し訳ないと思う。


 少女に背中をさすってもらって、私の涙はなんとか止まった。

 少女がそれを確認してから尋ねてくる。


「あっ、私はセツ。この子はカラメルっていうの。あなたは?」

「名前……っ」


 彼女に、セツに名前を聞かれた。

 私は困った。

 だって私には名前がなかったのだから。

 必要がない、としてつけてもらえていなかった。


 私が答えられないでいると、セツの表情に不安の色が混じっていく。

 恩人にそんな顔をさせたくはなくて。

 必死にどうしようかと考えていると、頭の中に急に湧いてきた二文字があった。

 あとになって考えてみれば、それは天からの贈り物だったのかもしれない。


「私の名前は、



――コエ」

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