第174話(第五章第8話) ライザからギルドイベントの説明を1

 月曜日。


 夏休みに入ったので朝からログインしてみると、ギルドハウスには既にライザがいました。

 彼女はスマホのような画面を見ながら難しい顔をしていました。


「おはよう、ライザさん。どうしたの?」


 私が尋ねると、ライザはその時に私がログインしていたことに気づいたようです。

 そこまで集中することってなんなのでしょう?

 ライザは答えてくれましたが……。


「あっ、セツ。……いえ、その、次のイベントの内容や開催日時が正式に決まったっつーメッセージが昨日、『運営』から送られてきたんですが……」


 明らかに歯切れがよくありません。

 それが気になって、私は続けて質問をします。


「……難しい感じなの?」

「難しいっつーより、めんどくせー感じですかね……。次のイベントは



――『イベント村救出イベント』です」



「イベント村救出イベント?」


 それが次に行われるイベントの名前……。

 それだけでは何もわからない、といった顔をしていたのだと思います。

 ライザが説明してくれました。


「スタンピード――このゲームでは、なんらかの原因で興奮状態になったモンスターたちが暴走を始めて一つの標的に一斉に攻め入ることを言うんですが、そのスタンピードの標的になっちまった村をモンスターたちから守り抜く、っつーのが次のイベントの内容みてぇです」


 私がスタンピードの意味をわからないと思って注釈までしてくれたライザ。

 実際その通りだったので助かりました。


 モンスターたちから村を守るイベント……ということは、そのモンスターたちが強いからライザは悩んでいたのでしょうか?

 ……たぶん、違う気がします。

 難しい、ではなく、面倒くさい、と言っていたので。

 だとしたら、モンスターの数が多すぎるのが懸念材料になっている、ということ……?


「……ライザさん。もしかして、そのスタンピードのモンスターの数って多かったりする?」 


 聞いてみると、ライザが少し驚いた表情をしました。


「『運営』からのメッセージ、読んでねぇんでしょう? なのに、よくわかりましたね? 敵の数はバカみてぇに多いらしいです。今回も『アナライズ』では調べられなかったんですが、『運営』が今回は丁寧に説明してくれてました。スタンピードの標的になるイベント専用の村は七日連続で攻められ続け、最終的には16,384体を同時に相手にしねぇといけねぇみてぇです。敵はそれほど強くはねぇみてぇですが」


 っ!

 当たりました!

 自分でも驚きです!

 私って鈍感なのか、こういう時ってなかなか当てられないので。


 ただ、イベントの内容については当てられたのですが、


「じゃあ、ライザさんが浮かない顔をしてたのはそれが理由?」

「ん? いいえ? 違いますよ? 今回はギルド規模のイベントなんで、どうとでもなると思います。一人称わーたちには二人称なーがつくってくれるポーションがありますし、クロがつくってくれた装備もありますから。サクラたちも鍛えているんで後れは取らねぇんじゃねぇですかね?」


 ライザが渋い顔をしていた理由は別だったようで……。


「だったら、なんで……?」


 私がわからずに聞くと、ライザは教えてくれました。


「あー……、その、問題はそこじゃねぇんですよ。さっき言いましたよね? 七日間連続で村が攻められるって……。今回のイベント、イベントに参加するならその期間中ずっとイベント村に滞在しねぇといけねぇんです。それなのに、



――その期間中に大型アップデートが行われて、第七層と第八層が実装されるみてぇなんですよ。



 製品版発売から100日記念とかなんとかで」

「え……っ」


 彼女の表情が曇っていた理由、それは、



――イベントに参加すると第七層に到着するのが遅くなってしまうから



 だったのです。


 ライザは続けて言いました。

 イベントは今度の木曜日から一週間で、新エリアが実装されるのは今度の土曜日だ、と。

 どうしてライザが、たった五日にこうも困らされているのかというと、私たちの行く手を阻もうとするプレイヤーの存在があったからです。

 あの、禍々しい鎌を持ったプレイヤーの存在が。


 ライザの予定では新エリアが実装されると同時に行けるところまで最速で行ってしまおう、という算段だったようです。

 あの人物よりも先に新エリアのエリアボスを倒してしまえば邪魔をされることはないだろう、と。

 しかし、その手段はとれなくなってしまいました。

 ……イベントに参加しようとする限り。


「イベントに参加するの、諦めた方がいいのかな?」


 私は提案していました。

 イベントに参加しなければ、あの人よりも先に新エリアをクリアすることが可能かもしれない、そう思って。

 ですが、私のその意見にライザは首を振りました。


「……いいえ。それはわーも考えたんですが……。マーチとか、すごく残念がりそうじゃねぇですか? 折角ギルドつくったのに! って」

「……」


 ……確かに、マーチちゃんはイベントに参加できないってなったらがっかりしちゃうかもしれません。


「それに、第八層で終わらずに新エリアがまた実装される可能性もあります。第八層クリアは無事にできたとしても、その次が実装されるってなったら奴に邪魔されるかもしれません。それではイベントを諦める意味ってねぇんじゃねぇかな、って……」


 続けられたライザの言葉には、彼女の意思はもう決まっているように受け取れます。

 あの人より先に進むことは諦めてイベントに参加する、という意思を。

 それでも、晴れない表情をしていたのはたぶん、悔しかったからなのでしょう。

 あの人にまた邪魔をされてしまって、思い通りに進めないということが。


 私はライザに言いました。


「わかった! イベント、参加しよう! 全力で! 参加してよかった、って思えるように!」


 彼女の憂いを払うように。

 私の気持ちが伝わったのでしょうか?

 ライザは大きく息を吐いたあと、顔を綻ばせて言いました。


「……そうですね。ゲームなんですから楽しまねぇと損です! やってやりましょう! 全力で!」


 ライザの気持ちを切り替えさせることができたようで、ホッとしました。



 それからマーチちゃんや、サクラさんたちがログインしてきて。

(クロ姉はこの日、現実でアルバイトなのだそうです)

 私たちは来るギルドイベントに向けて対策を練り始めました。

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