第162話(第四章第35話) 変態どもの夢のあと5

~~~~ サクラ視点 ~~~~



「こぼっ!?」


 あたしの装備は初期に設定していた「侍の袴」に戻っていた。

 ……壊されてしまった寒熱対策のローブ。

 あたしの口から酸素が逃げていく……っ。


「あ、あれ!? ……!? さっき……苦し……見える……!?」

「……、『洗脳』……! ……って、なんで……でき……!?」


 奴らが何を言っているのか聞いている暇もない……。


 く、苦し……息が……っ!

 ダメ……っ。

 意識……が、ぼや……けて……。


 視界が真っ黒に染まる。

 意識も、手放してしまいそうになっていた。

 死ぬ――そう、直感した。


 でも。



――「サクラさんっ!」



 そうはならなかった。


 あたしを二度も救ってくれた人と思われる声が聞こえてきて。

 それで少しだけ意識を繋ぎ止められた。


「やばいでござる! プレイヤーが来ちゃったでござるよ! ここ、サンゴの迷路の中でも見つけづらい場所なのに……! あっ、でも、きれいな子とおっぱいの大きな子がいるでござる! この子たちも捕まえて――っ」


 ……何?

 締め付けられてた感覚がなくなってる……?

 到頭ダメになっちゃったのか、と思いつつもあまり頼りにならなくなってしまった視力を使って確かめてみる。

 すると、あたしの目の前には――


「っ!」



――フラスコを持っているクロさんの姿が……!



 ……あれ? えっと……。

 なんか背、伸びてない……?

 それに、胸もしぼんでるような……?

 ……。

 違う!

 この子は確か、セツって子だ!

 クロさんと同じパーティの……!


 一瞬、助かるかも、って思ってしまった。

 けれど、クロさんがつくってくれた装備はボロボロにされてしまって、あたしが苦しい状態なのは変わりなくて。

 最期から目を逸らしたかったから、なのかな?


 クロさんとセツさんって似てるなぁ……、姉妹、なのかな……?


 なんて呑気なことをあたしは考えていた。



 あたしの意識が途切れる寸前。

 あたしの手は何かに包まれたような気がした。

 温かい……、勘違いかもしれないけど、そう思えて――


「……あ、あれ……?」


 あたしの意識は覚醒した。

 さっきまで朦朧としていたというのに……。


 どうなってるの……?

 辺りを見回してみるとすぐ近くにセツさんの……ううん、クロさんの顔があった。

 彼女もここに来てたんだ……。

 でも、どうしてここに?

 不意に視線を下げた時、クロさんの手があたしの手を取っているのが見えた。

 そして、あたしの手には



――あたしの刀。



 そのつかを、彼女があたしに握らせるようにしていた。


「……よかった。間に合った」


 クロさんは基本的に無表情。

 怒った時でさえまったくと言っていいほど変わっていなかった。

 あたしは、彼女の真顔以外見たことがなかったのだけど……。

 今の彼女は、心底安心しているように見えて……。


「……クロさん、どうして……っ」


 疑問が口をついて出て、クロさんがそれに答えてくれる。


「刀、落ちてたから。何かあった、そう思った。英断、刀にダメージ・悪影響カット、付けといて正解。……ここに来れたのは、ライザのスキル」

「え……?」


 あっ。

 そういえば、苦しくない……。

 普通に喋れてる……。


 それに、ここに来れたのはライザさんのおかげ、って……?

 あたしは彼女の方を見た。

 彼女はセツさんと一緒に奴ら(……あれ? 『触手』がいない?)と対峙していた。



~~~~ セツ視点 ~~~~



 ライザの『アナライズ』で「視る」と、見つけた刀はやはりサクラさんのもので。

 武器だけがこんなとこに置かれているのはあまりにも不自然です。

 ですので、ライザにサクラさんの居場所を調べてもらうと、



――彼女は「第三層水中エリアダンジョ2・スクオスの住まうラグーン1階」にいました。



 武器も持たずにダンジョンに?

 ますますおかしいです。

 さらにライザが「サーチ(アナライズの機能の一つ)」をすると、サクラさんの周りには八人のプレイヤーと、一体のモンスターの反応もあるとのこと。

 何かよくないことが起きている、と判断した私たちは「スクオスの住まうラグーン」ダンジョンに急ぎました。

(移動をしながらもクロ姉は彼女が保有していた素材を使って刀に何かを施していました)



 「スクオスの住まうラグーン」ダンジョン。

 1階にあったサンゴの迷路の中。

 そこにサクラさんはいました。

 いたのはサクラさんだけでなく、ススキさんやパインくん、キリさんも。

 サクラさんは見たこともないくねくねとしたモンスターに捕まってしまっていて。

 それなのに、その場の誰一人として彼女のことを助けようとはしていませんでした。

 明らかに異様な光景です。


 ライザによると、あの何人もの女の子(パインくん含む)に抱きつかれている男の人が『洗脳』――一般的な状態回復薬では治せない『上位の状態異常』と呼ばれる『魅了』系のスキルを持っているのだとか。

 『魅了』は、掛けられると考え方が変わってしまう恐ろしい状態異常とのこと。

 それでパインくんたちを操っている、ってことですか?

 ……許せません。


 兎にも角にも、優先すべきはサクラさんの救出です。

 私はすぐにあのくねくねしているモンスターを倒しにいこうとして、それをライザに止められました。


「サクラも被害を受けちまうんで投げるのはなしですよ!」


 と。

 ……私、考えなしにそう行動しようとしていました。

 ライザに止めてもらわなかったら危なかったかもしれません。


 助けるなら他の方法……。

 あるにはあるのですが、ここは水の中です。

 あれ、使えるのでしょうか?


 などと逡巡していたら、クロ姉の慌てる声が聞こえてきました。


「まずい……!」


 一度クロ姉の方を見て、彼女の視線の先を追ってみると、



――サクラさんが着ていた服が壊されて、初期のものと思われる装備に強制的に変更させられる瞬間を目撃して。



 考えている暇なんてありません!

 私は飛び出しました。


 未知のモンスター目がけて振りかけます。



――イベントのためにつくっていた猛毒薬L(Lv:8)を。



 液体である猛毒薬は周りの水と混ざってもやのように広がり始めました。

 やっぱり水中じゃ無理だった!?

 失敗した!? そう思ったのですが……。



――紫黒色のもやは一つの纏まりになり、ものすごい勢いでモンスターの方に向かって行ったのです。



 そのもやに包まれたモンスターは一瞬で消滅しました。

(何か人の言葉を使っていたような気がしますが、よく聞き取れませんでした)

 猛毒薬のもやもモンスターが消えるのと同時になくなっています。

 あとでライザに確認してみたのですが、猛毒薬がモンスターに向かって行ったのは、猛毒薬を掛けることも投擲の一種だと判断されるようで器用さの高さで補正がかかるそうです。

(私のレベルは「1,111」なので、器用さはそれなりに高い数値になっていましたから)


 さて。

 モンスターは退治しました。

 あとは、サクラさんがモンスターに襲われていたのに助けようとしなかった人をどうするか、ですよね。

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