第161話(第四章第34話) 変態どもの夢のあと4

 鍛冶屋さん横の狭い道を見ていると、



――……ンッ



 何かが聞こえたような気がしました。

 遠くから発せられているようで、それが声なのか物音なのか判断がつきませんでした。

 だからでしょうか?

 調べに行った方がいい、と感じたのは……。


 私の足はその細い道へと向かって行きます。


「せ、セツちゃん!? そっち行っても、何もないよ!?」


 クロ姉に腕を引っ張られましたが……気になります。


「セツ。クロの言う通り、そっちはただの裏道です。街の外に出られる場所がありますが、ダンジョンに行くにはどこも遠回りになります。クエストを依頼してくるNPCもいたりしますが報酬がショボいんで、なんでこんな場所つくったの? って言われてる用途不明の場所です」


 ライザにも、行く意味はない、と諭されましたが……それでも、私の意識はそちらに向いていました。


「……ねえ。何か聞こえなかった? この奥の方から……」


 私はライザたちに確認してみましたが、


「音? ……クロ、聞こえましたか?」

「……ん-ん」


 二人には聞こえていなかったようでした。

 三人いて、私しか聞こえていなかったため、聞き間違いだったのかな……? と、少し自信がなくなってきた私。

 ですが――



「嘘じゃないっすよ! ちゃんと聞いたんすっから、この耳で! キンッて音を! 信じてくださいっすよ!」

「はいはい。でも、誰もいなかったじゃない。それが何よりの証拠じゃない? ほら、きびきび歩く。こんなとこで時間使ってる暇なんてないんだから。第四層のエリアボス倒さなきゃ、でしょ?」



 狭い道の奥からそんなことを言いながらこちらに向かってくる二人組の女の子たちがいて。

 その子たちは私たちの横を通り過ぎていってしまいましたが、私以外にも音を聞いた人がいたことで私は、やっぱり私の耳は間違ってなかった! と自信を取り戻しました。


「私、ちょっと確認してくる!」


 そう言って、私は鍛冶屋さん横の細い道に入っていきました。


「ちょ、ちょっと待ってください、セツ! ギルドハウスは!?」

「うう……。抵抗。あんまり行きたくない……。ここ、嫌な思い出、蘇る。けど、セツちゃんがどうしても行きたいって言うなら、仕方ない……っ」


 ライザとクロ姉はそれぞれの不満を零しながら、私を追ってきました。

 この時の私は、二人の気持ちを推し測ることができる状態ではありませんでした。

 何故か落ち着いていられなかったから。



 裏道は、建てられている建物の位置によってその幅が狭くなったり少しだけ広くなったりしていて、銀と黒のタイルが敷き詰められた地面になっている場所でした。

 そんな場所を進んでいきます。

 ですが、NPCの門番さんと会うまで人の姿は見つけられず……。


「もう、急にどうしたってんですか? 何もなかったじゃねぇですか。帰りますよ? 早くギルドハウスを建てる場所決めねぇと……」

「……うん」


 という発言とともに私の腕を引いて来た道を引き返そうとするライザ。

 ……この裏道に入ってくる前にすれ違った子の一人と今の自分の姿が重なったような気がしました。

 ライザの、何もなかった、というのは事実だったため、私はもやもやした思いを抱えていましたが、彼女に従いました。


 三人で大通りまで戻っている最中のことです。


「……あれ?」

「ライザさん?」


 ライザが何かを発見したようでした。

 それは、裏道の脇にあったちょっとしたスペースでのこと。

 彼女は建物と建物でできた角のところまで駆けていってしゃがみ込みます。

 私とクロ姉はライザを追い駆けて、彼女が何をしているのかを上から覗き込んでみると、その手にあったのは、



――銀と黒の二色でつくられた、桜の花のような形の鍔の、抜かれたままの状態の刀でした。



「こ、これって……!」



~~~~ サクラ視点 ~~~~



 あたしは混乱していた。


 何ここ!?

 ダンジョン!?

 さっきまで街にいたのに!?

 どうして……っ!?


 ……わけのわからないまま移動させられていたら、誰だってこうなると思う。


 テンパって、メニュー画面を開いて場所を確認する、ということには考えが及ばなくなってた。

 あたしは、ただただ目を見開いて視界いっぱいに広がっているサンゴの山を見続けることしかできなくなっていた。


「ひどい能力だな、『ハビタット・リターン』。ダンジョンに帰る、ってお前マジモンのモンスターじゃねぇか」

「レイン殿! 転移スキルで逃がしてやったというのに何様のつもりでござるか! 某たちが女の子たちにしていることがばれたら一大事だったのでござるよ!?」


 そんな会話が聞こえてきて、あたしは正気に戻された。

 現状を確認しなければいけないことを思い出す。

 首は動かせなかったから、視線だけを動かして確認した。

 この南国の海の中みたいな場所には、あたしとあの子たち、あの子たちと同じように『洗脳』されている女の子三人、そして『洗脳』男に『肉体改造』してる人、キリちゃんを操ってる奴、『触手』男もいた。

 『触手』男以外、身に着けてるのはウエットスーツ……。

 全員それを着てるってことは、それは第二層にあった寒熱対策のローブみたいな効果が付与されているってこと……?

 それを着なくちゃ第三層は攻略できない?

(キリちゃんはスキルのおかげでそういうのを着る必要がないんだけど、操られてるから……)

 そこまで考えて、不味いことに気が付いた。


 ……あたし、寒熱対策のローブのままだ。


 みんな、寒熱対策のローブを着てないってことは、それじゃこの地形によるダメージだったり悪影響を防げないってこと……!

 ど、どうしよう、あたし、ウエットスーツ買ってない!

 このままじゃ、地形によるダメージで死んじゃう……!?


 あたしは目を固く閉じていた。

 死の恐怖に怯えて。

 でも……。

 ……あれ?

 全然苦しくならない……?


 寒熱対策のローブじゃ、ここの地形のダメージは防げないはず……。

 それなのに、どうして……。

 考えて、ハッとした。



――そうだ! クロさんが付けてくれた特殊効果!



 クロさんは私が着ているこの寒熱対策のローブに『全地形ダメージ無効及び全地形による悪影響無視』っていう特殊効果を付けてくれていた。

 あたしはそれを今さっきまで普通の寒熱対策のローブと防塵ゴーグルの効果を一つにしたものだと思い込んでいた。

 けど、違ったんだ。

 「全」って書いてあった。

 それはつまり、砂漠だけじゃなくて水中のもカットしてくれる、ってこと……!

 ク、クロさん……!

 あたしはまた、クロさんに助けられたんだ……!


 クロさんに感謝しなきゃ……! って、思ってる場合じゃなかった。

 あたしたちをこんなとこに連れてきた奴らが、こんなことを言い出したから。


「あっ! この子、ウエットスーツを着てないでござる! レイン殿! 早く『洗脳』して着替えさせるでござるよ!」

「できるならとっくにやってるよ! そいつ、スキルかなんかで俺のスキルを無効化してるんだ!」

「……サクラのスキル……スキルを無効化、できない……」

「おお、眼鏡の子が教えてくれたでござる……! パーティの情報を引き出せるとかえげつないスキルでござるな、『洗脳』……」

「じゃあ、なんで……そうか、鍛冶屋だ! 付与ガチャでいい特殊効果を引き当てたんだ!



――装備を壊せば『洗脳』が効くかもしれねぇ!」



「承知したでござる!」


 あたしの服を攻めてくる『触手』男の触手。

 耐久値を削る目的で。


 やめて! そんなことしたら……!


 あたしは願った。

 けれど、その願いも空しく――



――ローブが壊れる音があたしの耳に響いた。

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