第159話(第四章第32話) 変態どもの夢のあと2(セツ視点から)
「無事に戻って来れましたね。いやー、よかったです」
ライザが街の広場にある噴水の前でぺたりと座り込みます。
とっても安堵している様子にマーチちゃんが尋ねました。
「あいつ、そんなにヤバかったの? お姉さんでも勝てないくらいに?」
マーチちゃんは疑問に思っていたようです。
レベルが「1,111」もあるので、いくら相手のステータスが生産職のものの二倍だとしてもそう簡単には負けないという思いがあったのでしょう。
……けれど、マーチちゃん?
なんで、私なら勝てる、みたいに言うのかな?
私の強さって、マーチちゃんたちとあまり変わらないと思うのだけれど……。
マーチちゃんからの問いにライザが答えました。
「あいつは標的に定めた対象を消滅させられる『黒粒子化』っつーっ瞬殺系のスキルを持っていやがったんです。有効な範囲は、同じフロア内にいるそのスキルの使用者から4メートル以内。PK禁止エリアじゃ使えねぇんでここまで来れば大丈夫でしょう。そのルールを捻じ曲げられるスキルは持っていませんでしたし……」
「しゅ、瞬殺って……! そ、それは確かに、お姉さんでも勝てないかもしれないの……」
……だから、マーチちゃん?
なんで強さの基準が私なのかな?
……それは一旦置いておくとして。
ライザの説明で彼女が独断で逃げ帰ることを決めた理由が理解できました。
やはりちゃんと考えていたんですね。
それにしても、瞬殺、ですか……。
それはヤバいです……。
そんな人に第七層(未実装)への門を監視されてる、って、これ、まずい状況なのではないでしょうか?
……突破するのは難しい気がします。
「どうすれば、あの門をくぐらせてもらえるのかな? できれば戦うのは避けたいよね。あの人が素早かったら、やられちゃうかもしれないし……」
私がみんなに意見を求めると、ライザが言いました。
「それなんですが、諦めるっつーのも選択肢の一つなんじゃねぇですかね? 第七層が実装されれば退くみてぇですし、それまで待つのが無難だと思います。……奴への対処はできねぇこともねぇんですが、PVPイベントみてぇなのが来て、その時に対策されてると面倒になるなんで」
という提案をされて。
私たちは、第六層のクリアは目指さないことにしました。
(ちなみに、PVPとは「対人戦」である、という説明をクロ姉から受けています)
そうなってくると、これからどうしようか? という話になって。
みんなで考えていると、マーチちゃんが閃きます。
「そうなの! ギルドハウスを建てるっていうのはどう!?」
この一言で、私たちの次の目標は決まりました。
~~~~ サクラ視点 ~~~~
頭の中がこんがらがった。
どうして?
どうして、キリちゃんが『洗脳』なんていうスキルを持ってる人と話しているの?
それも『洗脳』された所為……?
それに、話し方……。
いつもと違う……っ。
本当にどうなっているの……!?
じょ、情報が足りない……!
あたしはその人たちのことを観察し始めた。
状況を理解しようと五感を働かせていると、キリちゃん(?)が言った。
「いいサポート能力ですよ、本当に。だって、
――あなたが抵抗できないようにしてくれるおかげで、私は楽に女子の身体を乗っ取ることができるわけですから」
身体を乗っ取ってる――?
何、それ……。
今は別の人があの子の身体を好き勝手に動かしてる、ってこと!?
あたしの目の前で、あの子の胸をあの子の身体を操ってる奴が触れた。
その瞬間、あたしの中で何かが切れた。
「……許さない。よくも、よくも、キリちゃんの身体を……!」
あたしは『洗脳』男と『肉体改造』した人物、そしてキリちゃんの身体を乗っ取っている奴の前に出ていた。
考えるよりも先に身体が動いていた。
「あん? なん――」
「その子たちを解放しなさい! 今すぐにっ!」
柄に手を添えていつでも刀を抜ける状態にして、そいつらを睨みつける。
「な、なんていう迫力だよ……。こ、怖いな……」
「う、美しい人って怒ると恐ろしく見えますよね……。あれ、何故なのでしょう……」
二人はそれで怯ませられた。
けれどあと一人、『洗脳』男には効いていなくて。
「なんだ? わざわざ俺に『洗脳』されに来たってか? いいぜ!? あんたくらい美人なら申し分ないしな!」
そう言いながらスキルを発動しようとしてきた『洗脳』男。
あたしは仕掛けた。
『洗脳』される前にこの男をどうにかして、あの子たちに掛けられた『
幸い、あたしはスキルで素早さが上昇していた。
だから、なんとかなる――そう、信じていた。
男との距離をあっという間に詰める。
峰打ちをしようと刀を鞘から抜いた時だった。
「っ!? な、んで――っ」
あたしの前にパインちゃんとススキちゃんが立った。
――『洗脳』男を守るように。
「なんで……っ! なんでそいつを庇うの!?」
あたしは叫んでいた。
わかりきっていることを聞いていた。
この子たちは『洗脳』されてる……。
この子たちの意志で守ったわけじゃない……っ。
この子たちが『洗脳』男のことを大事に思っているわけじゃない……。
それは明白なのに……っ。
あたしはショックで動きを止めてしまっていた。
決定的な隙をつくってしまったあたしを、男が見逃してくれるはずもなく……。
あたしは、この子たちに使われているのと同じスキルを掛けられてしまった。
身体の中に何かが侵食してくるような感覚。
それを受けて、あたしは思っていた。
一人で来るんじゃなかった……!
この子たちを助けたかったのに、無様に操られるなんて……!
誰かに相談していれば、こんなことには……っ!
って。
後悔しても、もう遅い。
黒い何かは、あたしの中を侵していっている。
必死に抵抗したけれど、真っ黒に染まっていって……。
意識が途切れそうな、そんな感覚に陥った。
そして――
『レジストしました』
……え?
予期しないアナウンスが頭の中に発せられた。
てっきりあたしもこの子たちと同じになってしまう、って思っていたのだけれど、そうはならなかった。
途切れそうになっていた意識は、しっかりと繋ぎ止められていて……。
どうして? と自分の身体を確かめていると、再びアナウンスが。
『「防塵ゴーグル」に付与されている「全バステ+α無効」の特殊効果により、「魅了状態」になることを阻止しました』
……「防塵ゴーグル」の特殊効果。
それはクロさんが付けてくれたもの……!
「……ありがとう、クロさん……!」
あたしはそう呟いて。
『洗脳』男の背後に回って、その首に刀の峰を叩きつけようとする!
「なっ!? なんで効いてないんだよ!?」
「元に戻せぇええええっ!」
これで助けられる、そう思っていた。
この男を気絶させられれば、スキルが解けるはずだ、って。
でも、そう上手くは運んでくれなかった。
あたしはまた、油断していたんだ。
――シュルシュルシュル
どこかからかそんな音がして。
攻撃を中断して警戒したあたしに、それはやってきた。
あたしは、長くてぶよぶよでぬめぬめしてる気持ち悪い何かに、身体を絡めとられた。
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