第153話(第四章第26話) よくない噂(セツ視点)

 ……。


「……すぴー……すぴー……」


 えっと……。

 ……あれ?


 私は目の前の光景に言葉を失っていました。


「……んふふ、セツちゃん。もう食べられない……。んふふ……っ」


 朝、五時にログインしたら、



――第二層エリアボス前の安全地帯セーフティエリアでクロ姉が眠りに就いていました。



 確かにクロ姉が担当する時間だけ私たちとは比べものにならないくらい長かったので、こうなってしまうのも致し方ないことだとは思いますが……。

 それでも今は、パインくんたちとサクラさんのことをどうにかしよう、と動いている最中なわけで……。

 ……それにしても、とても幸せそうな寝顔です。

 起こすのが憚られるほどに。

 私はクロ姉を起こすか起こさないかで逡巡することになりました。



 結局、私はクロ姉を起こさなければいけないと考えては、いい夢を見ていると伝わってくる寝顔を見て手が引っ込んでしまう、という動作を繰り返していました。

 クロ姉を起こせずにいると、誰かがログインしてきたようです。

 その人は私の横を通り過ぎて壁に寄り掛かって眠るクロ姉の元まで行き、その両方の頬を両手で挟んでぎゅっと押さえつけながら言いました。


「こら! 起きやがれってんですよ! 何寝てんですか、アホンダラァ!」

「んもっ!?」


 やってきたのはライザでした。

(彼女もこの時間帯に一度来る、って言っていました)


 ライザに顔を圧迫されたクロ姉は奇声を上げながら起床します。


「……あへ? ほほは? あっ、へふひゃんはー。ほはおお」

「おはよう、クロ姉。ここはゲームの世界だよ。無理させちゃったみたいでごめんね、クロ姉……」

「……むひ? ……はっ、ほおひへは、へひゃっへは……っ」

「クロ姉は気にしなくていいよ。無茶なこと頼んだのは私たちなんだし……」

「……なんで会話できてるんですか?」


 寝惚けて挨拶をしてきたクロ姉に挨拶を返して、ここは? という質問に答えた私。

 すると、クロ姉は寝てしまっていたことに気がついて俯いてしまいます。

 私はクロ姉が気に病んではいけないと思って和むように言いました。

 この一連のやり取りを見ていたライザには、なんでクロはまともに言葉を喋れていなかったのに伝わってるんだ? と不思議がられましたが……。

 ……あれ? わかりません?


 一時は私の方に意識が向いていたライザでしたが、あっ! と主目的を思い出してクロ姉の方へ向き直ります。


「っつーか! 『ほはおお』じゃねぇんですよ! 何呑気に寝てやがるんですか! サクラをとっ捕まえてパインたちと話をさせなきゃいけねぇのに、まさか寝落ちしててサクラを通過させた、なんて言わねぇですよね!? あいつのスキルで突破できるとは思えませんが……っ」


 クロ姉のことをキッと睨みつけて、手に力を加えてクロ姉の頬をむにむにしながら問い質し始めたライザ。

 私はそんな彼女を宥めようとします。


「まあまあ、ライザさん。ゲーム内でも体感は変わらないんでしょ? 一日以上ここでじっと見張ってなくちゃいけないっていうのは流石に酷だったよ」

「へふひゃんやひゃひい! はいひへふ!」

「……セツ、クロを甘やかさねぇでください。こいつ、たぶん付け上がってます」

「でも――」

「セツ」

「……はい」

「ひほい……っ!」


 ですが何故か、クロ姉を庇った私がたしなめられる展開になってしまいました。

 ライザにものすごく憐れむような顔を向けられてしまいます。

 なんで……。



 それから、クロ姉がどのくらいまで見張っていたのか、という話に戻って。


「それで? 何時までならサクラが来てなかったって断言できますか?」

「? はふははあ、ひひひふはいひ――」

「わかるように言ってください」

「むひゃ!?」

「ライザさん、手、手!」

「……ああっ」


 ライザさんが手を放して仕切り直します。


「それで? 断言できるのは何時まで?」

「……サクラなら、夜中の一時くらいに来た」

「「……えっ」」


 クロ姉からの回答に、私とライザの驚きの声が重なりました。

 クロ姉がこの場所にまだいたので、会ってはいなかったと思っていたのです。

 ライザも同じ考えだったのだと思います。


「さ、サクラさん、来てたの!? クロ姉がまだここにいたからてっきり会ってないものだとばかり……」

「メッセージ、見ない可能性、ある。直接伝えた方がいい、そう思った。セツちゃんをここに無意味に縛り付けると、学校、遅刻させちゃう。それ、よくない。ふふん、私、機転利く!」

「……二人称なーがいなかったら、連絡があるかないかを真っ先に確認すると思いますが?」


 クロ姉がこの場所に残っていたのは、サクラさんと会ったことを直接伝えるためだったそうです。

 紛らわしいことをするな、ってライザにツッコまれていました。


「そ、それで、サクラさんはどうしたの? やっぱり逃げちゃった、とか……?」

「んーん。私が力を貸してやって、第二層を突破してる」

「ええっ!?」

「何やってんですか、なー!? 探す範囲、広くしちゃってんじゃねぇですか、それ!」


 私が、クロ姉と会ったサクラさんがどうしたのか、を尋ねると、クロ姉からまさかの返しが……。



――力を貸してエリアボスを討伐した――とのこと。



 唖然です……。

 クロ姉が何を考えているのかわかりません……。

 ライザも珍しく取り乱していました。


 そんな私たちに向けて、クロ姉は言うのです。


「大丈夫! この問題は解決した! 私が治めた! えっへん!」


 と。

 私とライザはこれでもかというほどに不安に染まった顔を見合わせることしかできませんでした。



 この場にサクラさんはいないため、とりあえずは様子を見てみるしかない、ということになり……。

(何かあっても、なくても、ススキさんたちから連絡が来るだろう、とライザが判断しました)

 時刻は①の21時03分に。

 現実では午前五時十五分ほど。

 少し早いですが、私はゲームをやめて学校に行く準備をしようとしました。

 しかし……。


「待って、セツちゃん! もう行っちゃうの!? もっと一緒にいたい! お願い!」


 クロ姉からおねだりをされてしまいました。

 これ、時間ぎりぎりまで帰してくれない感じだぁ……。

 私がこれをうまく断るにはどうすればいいか、を考えていると、ライザが言ってくれました。


「なんでもう帰れるってなってんのに、なーがセツを縛り付けるんですか! 帰れるんだから帰してやりゃあいいでしょ!?」

「うるさい! 大体、今回の問題、お前が蒔いた種! 私、お前の尻拭いしてやった! お前、どっか行け! セツちゃんと私のアバンチュール、邪魔するな!」

「……はあ?」

「ひぅ!?」


 けれど、クロ姉は聞かず……。

 ライザがキレました。

 ライザの激怒した表情に怖気づいたクロ姉は私の手を取って走り出しました。


「セツちゃん、こっち! 急いで!」

「待ちやがれってんですよ、この仮想世界の詐称少女ネットロリが! 一人称わーから逃れられると思ってんですか、ええ!?」


 ライザとクロ姉の追いかけっこが始まります。

 私はそれに巻き込まれてしまいました。



 私、というかクロ姉は第三層の街に入ってすぐにライザに捕まることになるのですが、これは、逃げているそのほんの数分で聞いたことです。


「なあ、知ってるか?」

「何を?」



「プレイヤーの女の子たちが次々に消えてってる、って話」

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