第150話(第四章第23話) 花鳥風月2

 「リスセフ遺跡」7階南側と言えば、リスセフが大量に出現するモンスターハウスがある場所です。

 私もそこに足を踏み入れたことがありますが、ステータスをバフポーションで上げていなかったらどうなっていたかわかりません。

 一人で挑むのは危険な場所のはずです。


 私たちは急ぎました。

 猛スピードで7階モンスターハウス前へ。


 そこは、いつか見た時のように、行き止まりになっていて……。

 ライザの案内で来ているので道を間違えているということはあり得ないでしょう。

 それに、見覚えもありましたし……。

 私は記憶にあった、あの三人組を追っていた時に動いて床へと収納されていたものと思われる壁に近づいていって手で触れました。


「サクラさん、この中にいるってこと……?」


 この壁が塞いでいるということは、サクラさんはもうこの奥の部屋に閉じ込められているということ。

 それを、私たちの進行を阻んでいる目の前の壁は表していました。


「サクラちゃん……っ!」


 パインくんが悲痛な声を上げます。

 私は焦って、どうすればいいのかわからなくなっていました。


 目の前のこの壁は、モンスターを倒しきらないと開かない仕組みだったはずです。

 ボス部屋の仕組みと同じだとすれば、プレイヤー側がやられることでも開くでしょうが、それではサクラさんが……っ。

 もうモンスターハウスでの戦闘が始まってしまっているため、外からはサクラさんが勝つことを祈ることしかできそうにありません……。

 私はパインくんに、サクラさんが勝てる可能性があるのか、を尋ねていました。

 ただ、パインくんはそれに答えられる精神状態ではなかったため言葉が支離滅裂になっていて……。


「パインくん! サクラさんがここを突破できる可能性は高いのかな!?」

「わかりません……! サクラちゃん、ボクたちの中で一番強い、ですけど、どれくらい強いんですか……!? なんなんですか!?」

「お、落ち着いて……! 私にサクラさんの強さを聞かれても……! パインくんのこの様子……早く中に入る方法を見つけた方がいいのかも――」

「サクラちゃん、サクラちゃん!」

「パインくん!?」


 彼のこの様子を見て、早く閉ざされたモンスターハウスの中に入る方法を考えた方がいい、と判断した私。

 思案を始めようとした途端、パインくんが完全に取り乱してしまいました。

 壁に寄り掛かって、サクラさんの名前を呼び続けるパインくん。

 私の声は彼の耳には届いていないようでした。


 どうにかして彼を落ち着かせようとしていると、ライザが言ってきます。


「セツ! その子を連れて今すぐ壁の前から退いてください!」


 何か案があるようです。

 私が言われた通りにパインくんを引っ張りながら壁の前から離れると、ライザが今度はクロ姉に指示を出しました。


「クロ! その槌で壁、壊して!」

「っ! わかった!」


 ライザが思いついたこと、それは、



――クロ姉の武器に付与されている特殊効果「ブレイクスルー」で通路とモンスターハウスを隔てている壁を取り払うことでした。



 そうでした……!

 クロ姉はこの状況を好転させられる武器を持っているんでした!

 先ほどお宝があった小部屋から出る時にその効果を発揮させていたというのに、その存在を私はすっかり忘れてしまっていました……!


 クロ姉が武器を構えて、そして――



――バコォオオオオンッ!



 振り下ろすと、大きな音を立てて壁は崩されました。


 壁だったものの奥には数十体のリスセフと、ボロボロになっているサクラさんの姿が!


「な、なんだ!? パイン……!? どうやってここに……!? それに、貴様らは……っ!」

「サクラちゃん!」


 サクラさんの元に駆け寄ろうとしたパインくんの襟の部分をライザが掴んで止めます。


「うぐっ!? ど、どうして――」

「逸らないでください! イレギュラーを起こしてるんで、入ったら敵の数が増えちまうんです! マーチ!」

「わかったの! ここから敵を撃ち抜けばいいんでしょ!?」


 モンスターハウスに入らない方がいい理由を端的に説明して、マーチちゃんの名前を呼んだライザ。

 それでマーチちゃんはライザが言いたいことを読んで、スリングショットに魔石をセットしました。

 弾を射て、こちらに気を取られていたサクラさんを狙っていたリスセフに命中させ、吹き飛ばします。


「ギギェエエエ――ッ!?」


 そのリスセフは一瞬にして黒い粒子へ。

 その威力は彼らの想像を超えていたのか、全てのリスセフがこちら向いて固まっていました。


 静止したリスセフたちをマーチちゃんは次々と射貫いていきます。


「ギェッ!?」

「ギャッ!?」

「ギョエッ!?」


 一秒ごとに少しずつ、でも確実に取り払われていっている脅威。

 私も何かできることがあるならしたかったのですが、モンスターハウスに入った所為で増えた敵によってサクラさんが危険にさらされてしまってはいけません。

 ですので、ここは全てマーチちゃんにお願いすることにしました。



 マーチちゃんが、サクラさんへの脅威を完全に消し去るのにそれほど時間はかかりませんでした。

 その広い空間にいるのはサクラさんだけになります。

 敵を一掃したからと言って、誰かが入ってしまえばイレギュラー対応によって再びモンスターハウスになるという状況は変わっていないらしくて……。

 ライザにそう忠告されて、私たちはサクラさんの元へ行くことを断念しました。

 パインくんがサクラさんを招こうとします。

 しかし……。


「サクラちゃん! そんなにボロボロになって……! も、もう大丈夫だからね? ボクが治すから! だから、こっちに――」

「……何故だ、何故そいつらと一緒にいるところを自分に見せつける!? お前を危険にさらした奴らだぞ!? 何故ともに行動することができる!?」


 サクラさんはその場から動かず……。

 パインくんが説得を試みますが――


「サクラちゃん、聞いて! ライザさんたちはサクラちゃんを――」

「聞きたくない! 自分はそいつを許さないと言ったはずだ! それにこうも言ったはずだ! そいつらに加担することは重大な裏切り行為だ、とも! もう、お前もススキもキリも信じられない! 自分は一人でやっていく! そう決めた!」

「さ、サクラちゃん……っ!」


 彼の意見は聞いてももらえなくて。


 それから、懐から何かを取り出したサクラさん。

 それは「羽根」のような形をしたアイテムで――。

 直感しました。



――サクラさんは私たちの目の前から去るつもりなのだ、と。



 私の身体は反射的に動いていました。

 サクラさんを行かしてしまったらよくない気がして。

 彼女を止めようとしたのです。

 ですが、



――広い空間に入ってしまったことでそこはモンスターハウスと化し、サクラさんの周りに大量のリスセフが現れてしまって……!



 サクラさんを狙い出したためその対処をしているうちに、彼女は山吹色の光に包まれ始めました。


「待って!」


 私は手を伸ばしましたが、もうアイテムの力が発動してしまっていて。

 この手は何にも触れられず、彼女はその場から姿を消してしまいました。

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