第128話(第四章第3話) 穏やかなひと時3

「んふふ。天国……」


 宿屋のお部屋のベッドの上でクロ姉に膝枕をしながら彼女の頭を撫でます。

 そうしていると、私たちの方を見ていたライザがぽつりとこぼしました。


「……なんか、本物の姉妹みてぇですね」


 ライザのこの言葉はクロ姉にも聞こえていたみたいで。


「セツちゃんと姉妹……! いい! セツちゃんのお姉ちゃん、んふふ……。いい響き……」


 ご満悦です。

 ですが、ライザに訂正されました。


「……どう見たらそうなるんですか? 逆です、逆。二人称なーは妹の方でしょうが」

「んな!? 私、年上!」

「膝枕に加えて頭撫でてもらいながら言われても説得力ねぇですよ。どの口がほざいてやがるんですか? っつーレベルです」

「なななな、なんてことを……! ……でも、包容力すごいのは確か……! セツちゃんがお姉ちゃん、アリでは? いや、むしろそっちの方がいいのでは!?」

「矜持とかねぇんですか?」

「あ、あはは……」


 愕然とするクロ姉。

 ですが、すぐに発想を転換させます。

 ライザに的確にツッコまれていて、私は苦笑することしかできませんでした。


 姉妹というワードが出てきて、私はふと思ったことをライザに聞いてみました。


「そういえば、ライザさんは兄弟とかいるの?」


 私は一人っ子で、クロ姉には下に一人いて、マーチちゃんは、その、あれで……。

 あと知らなかったのはライザだけなので、彼女に話を振ったのですが……。


「……あれ? マーチには聞かねぇんですか? セツはこういう時、必ずマーチの方から聞くじゃねぇですか……。で、マーチは――」

「ちょ、ちょっと、ライザさん……! マーチちゃんにこの話題は……っ!」

「え? あ……っ!」


 その話をマーチちゃんに向けようとしたライザ。

 私はそれを慌てて制しました。

 だって、マーチちゃんの妹は――。


 私は抗議の目を向けていました。

 マーチちゃんに何があったのかは聞いていたでしょ!? と。

 それで思い出したようで、しまった! という表情にライザはなって……。


 私たちはちらっとマーチちゃんの様子を窺いました。

 そこには安らかな表情をしている彼女の姿があって。

 私は戸惑わされました。

 恐らく、ライザもそうだったと思います。


 マーチちゃんが落ち着いていられた理由を話してくれました。


「大丈夫なの。あの子はちゃんと成長してた。自分の過ちを過ちだと認められる子に。この前、謝りに来たの。あの子がボクに謝ることなんて一度もなかったから驚いた。お母さんにはめちゃくちゃ怒られて泣いてたけど。……あれが嘘の涙だったとは思えない。だからボクは、ちゃんと反省したら許すって伝えたの」

「マーチちゃん……」


 マーチちゃんとあの子の関係には進展があったみたいです。

 マーチちゃんの足を動かせなくしたあの子のことを、マーチちゃんは許す決断をしていました。

 妹のことをもう一度信じてみる――。

 あんなことをされたのに、この子はその道を選んでいて……。


 私は複雑な気持ちになっていました。

 マーチちゃんの意思は尊重したいと思っています。

 ですが、信じたマーチちゃんが裏切られる可能性をどうしても考えてしまって……。

 それに私は、マーチちゃんにひどいことをしたあの子のことを到底許せなかったのです。

 調べてみたら、重い下半身不随は完治するのは極めて難しい、とあって……。 

 ……どうすればいいのでしょう?

 何かマーチちゃんのためになることを、私はできないのでしょうか?


 私がそれを考え始めると誰も話す人がいなくなったのか、お部屋の中は静かになりました。

 この空気に耐えられなかったのか、この空気にしてしまったことに責任を感じたからか、ライザが、兄弟について聞かれていたことを思い出して答えました。


「……あっ! そうでした! 一人称わーに兄弟がいるのかっつー話でしたよね!? ……わーに兄弟はいません。いたらどんな感じなんでしょうかね? ……あっ」

「……ライザさん? どうしたの?」


 私の質問に返していたライザですが、その途中でまた何かを思い出したようです。

 尋ねてみると、彼女は話してくれました。


「……いいえ。その、実は、現実で姉と喧嘩したのか怪我をさせちまって落ち込んでる子と出会いまして……。一人っ子は寂しいんで兄弟姉妹がいたら楽しいのかな? なんて思っていたんですが、上手くいくことばかりじゃねぇのかも、って……」

「……」


 私も一人っ子ですので、ライザの言いたいことはなんとなくわかります。

 ですが、マーチちゃんやクロ姉のところの話を聞くと、必ずしも良好な関係を築けるわけではなさそうで……。

 私も兄弟姉妹がいることに憧れがありましたから、なんとも言えない気持ちになってきます。


 微妙な空気が立ち込めてきたため話を変えようと思った時、突然ライザが震え出しました。

 どうしたの!? と聞いても今度は、なんでもねぇです、とはぐらかされてしまいます。

 それから、ライザはその何かを思考から追い出そうとするかのように私とクロ姉に聞いてきました。


「と、ところで、セツとクロはどうなんです? 兄弟、いるんですか?」


 ……そういえば、ライザには話していませんでした。

 おかしな様子には触れられたくなさそうだったので触れずに、私は答えました。


「私も兄弟はいないよ? クロ姉は下に男の子がいるけど。その子と私が同い年で……」

「なるほど。それでセツとクロは知り合いだった、と」

「……そう。でも、あいつはダメ。セツちゃんの良さを全然わかってない。愚鈍。あれと姉弟なのが嘆かわしい」

「散々な言いっぷりじゃねぇですか……」


 私には兄弟がいないこと、クロ姉には弟がいて、その弟の方と私の年が同じであること伝えると、私とクロ姉がどういった知り合いなのかを理解したらしいライザ。

 クロ姉が自分の弟についての愚痴を言い始めて、その容赦のなさにライザはツッコんでいました。


 そのあと。


「あっ、そうそう。リアルで金髪クルクルの小さい子と会った。あれは絶対かわいい子だと思う。顔、わかんないけど、そんな気がする。その子と仲良くなって、セツちゃんと離ればなれにさせられたこの穴をどうにかできないものか? と思ったんだけど、逃げられた……。節度は弁えてたはずなのに。解せない……」


 などというクロ姉の近況報告を聞いたりして。

 この話をクロ姉がした時、何故かライザがクロ姉のことを二度見していましたけど……。


 この日はそんな感じで過ぎていきました。



~~~~ ライザ視点 ~~~~



――「金髪クルクルの小さい子」



 ……あれ?

 クロからその言葉を聞いた時、何かを感じました。

 思わずクロのことを二度見しちまいます。

 リアルのわーのことを言っているように聞こえて……。

 そんなはずねぇ、ですよね?


 それにしてもクロの話し方。

 どっかで聞いたことある気が……。

 どこででしたっけ?


 ……あっ。

 思い出しました。



――公園でわーに話し掛けてきたあのモデルみてぇな変態と似ているんです。



 わーが遭遇したあの変態……。


 姉と喧嘩したらしい女の子と会ったあとのことです。

 あいつは



――わーが乗っているブランコの左右の鎖を両方掴んで、上からわーの顔を覗き込んできたんです。



 バッキバキの目で。

 わーはとっさに逃げましたが、何故か逃げた方に変態が先回りしていて……!

 振り返ったら、変態はブランコの方にもいて……っ!

 ……知りませんでした。

 変態って分裂するんですね……。

 何故か仲間割れして、ブランコの方のがビンタされてたんでその隙に逃げられましたが……。


 ……クロ。

 まさか、ですよね……?

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