第119話(第三章第35話) 偽装者が起こした事件3

――『道具屋に来て』――



 私が受け取ったのはたった六文字のメッセージでした。

 差出人はライザ。

 来て、と書かれているのですが、どの街の道具屋さんなのかが明記されていません。

 ライザにメッセージを送り返して確認しようとしましたが、ふと思い出しました。

 パーティメンバーの位置はメニュー画面で確認できたことを。

 彼女の現在地を確認すると第三層にいることが判明します。

 ただならぬ気配を感じた私は、ススキさんたちと別れてこの「ブクブクの街」にある道具屋さんに向かいました。


 できるだけ自然な形で入店することを心掛けます。

 私は演技力がある方ではないので上手にできたかはわかりませんが、周りでクロさんを探していた方たちに違和感を持たれたかどうかを確認するなんていう怪しすぎる行為はできません。

 大丈夫、と心の中で自分に言い聞かせました。


 お店の中に入ってみると、相変わらず閑散としていました。

 これでお店はやっていけるの? と心配になってしまうほどに。

 ライザの姿も見えなかったため、私は彼女に呼び掛けてみました。


「……ライザさん?」

「セツ。こっちです」


 すると、応答がありました。

 商品棚(商品は取れませんが)の後ろから。

 その方へ向かうと、そこにはクロさんの姿もあって。


「……クロさん」


 私は彼女たちへと近づきました。


「……驚かねぇんですね」

「なんとなくだけど、いそうな気がしたから。外、すごい騒ぎになってたし……」

「……そうですか」


 ライザに、どうしてクロがいるんだ? とか聞かねぇんですね、みたいに不思議がられたので私は答えました。


 今、第三層で起きている騒動のこと

 そんな第三層にライザがいたこと

 しかも、来てと言われたのがプレイヤーがまったくと言っていいほど訪れない道具屋さんであったこと


 それらを踏まえると、ライザはなんらかの形でその騒動と関わってしまっているのではないか――そんな予感がしたのです。

 それを伝えると、ライザは、そりゃあわかりますよね……、といった感じで苦笑しました。


 そして、ライザと一緒にいたクロさんはというと、意気消沈してしまっていました。

 虚ろな目は何も捉えることができていないように思います。

 私はライザに説明を求めました。


「何があったの? クロさんが詐欺をした、って聞いたけど……」

「……これを見てください」


 ライザに尋ねると、装備でしょうか? 外套を手渡されます。

 内容を確認して、とライザに言われたので見てみるとそこには――。


「……『全地形ダメージ無効及び全地形による悪影響無視』の特殊効果が付与されてる。……けど、これがどうしたの?」


 私の初期装備に付けられているものと同じ効果の名前がありました。

 ですが、



「それ、ダミーです」



 ライザが言いきります。


「……え?」

「特殊効果として書かれちゃいますが、効果として機能しやがりません」

「そ、それって……!」


 ダミー――本物の見掛けをしたもの。


 ここまで聞いて、私はようやく外にいた方たちが怒っていたわけを理解しました。

 それでも、どうしてもわからないことが一つあります。


「これをクロさんが……!? どうしてこんなものを!?」


 それは、明らかにつくってはいけないものをクロさんがつくってしまった理由です。

 クロさんが進んで作成したとは、私にはどうしても思えなくて……。


 ライザは答えてくれました。

 私だけに聞こえるようにして。


「……クロは利用されただけだと思います。これをやったのはクロが仲間になったっつーパーティ……。その中の一人が『偽装』系のスキルを持っていやがるんです。あいつらとすれ違った時、一人称わーは癖で情報を得ようとしちまったんですが、読み取れなかったんで。あれが偽装だ、ってその時に気づけてたらよかったんですけど……」

「っ!」


 これで全てが繋がりました。

 今、この街で起きている騒動の全容、それは――



――『偽装』系のスキルで偽られたアイテムを渡されたクロさんがそれを素材として使って装備に特殊効果をつけたことで偽物の装備が量産・販売されてしまった、というものだったのです――



 売る装備に直接『偽装』のスキルを使われた可能性も考えましたが、特殊効果を付与しているのはクロさんなのです。

 狙い通りの効果を付けられているか、を最初に確認するのはクロさんのはず。

 その時に特殊効果がついていなかったら評判を気にするクロさんはそれを売らないと思います。

 だから『偽装』されているのはもっと前。

 素材アイテムの段階でされていたのではないか、と考えました。

 そうすると『偽装』のスキルは、そのスキルが使われているアイテムを素材にしてつくったものにまで効果が及ぶということになりますが、このゲームはスキルをつくることに関してはなんでもありといった感じなのです。

 できない、と決めつけることはできないでしょう。


 私はもう一度、クロさんの方に顔を向けました。

 まるで生気を感じさせない表情になってしまっているクロさん……。

 私はなんとも言えない気持ちにさせられます。


 私が何も言えないでいると、ライザが続けました。


「……わーが、『偽装』に気づいたのはエリアボスと戦ってる最中でした。幻惑状態にさせられた時に『アナライズ』によって作成されたマップを見たら、ダミーの存在を示すアイコンがあることがわかって……。もっと早くに気づけって話ですよね、コンチクショウ……!」


 とか、


「……一応、奴らのパーティからクロを脱退だけはさせました。向こうからパーティ解消の申請が送られてきたんで。クロはまだ裏切られたと認めたくねぇみてぇでしたので、奴らに迷惑を掛けねぇようにしよう、っつって抜けるのに納得させた感じです」


 とか。


 ライザの言葉を聞きながら、私は思っていました。



――クロさんの元気を取り戻させたい、と。



 クロさんは現実の私とそっくりな姿をしている――ということもありますが、彼女にはマーチちゃんを笑顔にしてくれたという恩を私は感じています。

 それと、クロさんは「あの人」のような気がして……。

 ですから、彼女のこんな様子を見せられて、このまま放っておくことなんて私には無理でした。


「……ライザさん。どうすればクロさんは元気になるかな?」

「……奴らとの関係を完全に断ち切らねぇと難しいんじゃねぇですかね? クロはあいつらのことを信じちまってる……。それがクロをつらくさせてる要因だと思います」


 ライザに意見を聞いて、私は纏めます。



――あの子たちのしたことをクロさんに認めさせ、そのうえで関係を断ち切る――



 それができれば、クロさんを立ち直らせることができるはずです。

 けれど、私にはその方法が思いつきませんでした。


 うーん、うーん、と頭をひねっていると、



――ギィッ



「「――ッ!?」」


 扉の開く音が聞こえてきました。

 もし、ここへやってきたのがプレイヤーの方だったら、クロさんが見つかってどこかへと連れて行かれ兼ねません。

 私とライザは息を呑みました。


――コツッ、コツッ


 近づいてくる足音に心臓が破裂してしまいそうなほどに痛みます。


――スッ


 影が、もうそこまで来ていて――。

 私はクロさんを隠そうとしながら思わず目をつぶってしまっていました。

 私の耳に入ってきます。



「何をしてるの? お姉さん、ライザ……」



「え――」


 聞こえてきた声に目を開けると、そこにはマーチちゃんが立っていました。

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