第113話(第三章第29話) 第四層のエリアボス3

 私はタチシェス・ウィザードへの接近を試みました。

 ですが、私が幻影に惑わされている間に相手は準備を済ませていたらしく、あと二、三歩も近づけば掴めるといったところでその姿を消します。


「ああ……!」


 瞬間移動の魔法……、強いです……!


 首と目を忙しなく動かして、タチシェス・ウィザードがどこに移動したのかを見つけました。


「ライザさん――!」


 ライザの頭上です!

 私がライザに、相手がどこから攻めてきているのかを知らせようとするのと同時に彼女は相手の攻撃範囲の外へ出ます。

 ライザ、首はまったく動かしていなかったように見えたのですが……。

 危険を察知する能力が高いのでしょうか?


 とりあえずよかった、と思っていたところに、またくらっとする感覚を受けさせられてしまいます……っ。

 ライザを狙っていたと思っていたタチシェス・ウィザードですが、その目は私の方に向けられていました。


 最初からこれが狙いだった……?


 などと悠長に考えている場合ではありませんでした。



「お姉さん」「お姉さん」「お姉さん」「お姉さん」……



「なっ!? 今度はマーチちゃん……っ!?」


 辺りを見回してみると、私はたくさんのマーチちゃんに囲まれようとしていたのです。

 すぐにエリアボスを追っていれば囲まれずに済んだのかもしれませんが、動揺してしまった私は動けなくなってマーチちゃんたちに取り囲まれてしまいました。

 これが幻影であることはすぐにわかりました。

 しかし、この中にもし、もしも本物のマーチちゃんがいたら……! そう考えてしまったら身動きが取れなくなって……。

 私の攻撃力は高すぎます。

 万が一、私が動いてマーチちゃんにぶつかろうものなら、彼女のHPを「0」にしてしまい兼ねないのです。

 私はまた簡単に動きを封じられてしまいました。



――「……ああ、また……っ。もう一発いきますよ?」――



 そんな状態に陥っていた私を元に戻してくれたのは、またしてもライザでした。

 前回と同じ方法で、です。

 ライザの攻撃力が低く、私の防御力が高いからこそできる荒業でした。

(ダメージは「1」受けます)


「ごめん……。エリアボスは!?」


 幻惑状態から治してもらい、ライザに謝ってからタチシェス・ウィザードを探すと、それは、今度は地面を白く染めていっていました。

 甲高く鳴り響くキンキンという音。

 相手は氷魔法で地面を凍結させていたのです。

 地面についている私たちの足まで凍らせようとしてきたため、それから逃れようとタチシェス・ウィザードから距離を取った際にライザとは逃げる方向が別になって離れてしまいました。

 地面全体が凍ったわけではありませんでしたが、ボスの周りの四、五メートルほどはつるつるにさせられていて。

 これではなかなか攻めに行けません……っ。 


 どうやって近づいたらいいの!? と考えていた時、


「う……っ!?」


 ライザに異変が生じました。

 頭を押さえながら苦悶の表情を浮かべていて。

 何もない方を見つめていて。

 私は直感しました。

 ライザが幻惑魔法をかけられてしまった! と


「ライザさん!」


 ライザのことを呼びましたが、彼女の反応は薄く……。

 私はパニックになってしまいました。


 幻惑状態は衝撃を与えることで治せるそうです。

 しかし、私がそうするとライザが死んでしまいます……っ。

 私の攻撃力は高すぎて、ライザの防御力がなさすぎるので……。

 こんなことなら状態回復薬を持ってくるんだった! とひどく後悔しました。

 そう思っても、あとの祭りなのですが……。


 正常じゃないライザに狙いを定めるボスタチシェス。

 ライザの頭上にまた瞬間移動します。

 ゼロ距離と言ってもいいほどの位置に。


「ライザ――っ!」


 私は思わず叫びました。

 彼女を死なせてしまう――そう、感じて。


 でも――



「……今のマーチは認識不可、セツと一人称わーは青、あいつは赤……それじゃあ、このグレーは……ダミー!」



 ライザは素早く回避の行動を取ったのです!

 そのふらふらしていた身体で……! 

 幻惑状態になっていたはずの彼女がどうして相手の攻撃を避けることができたのか? と不思議でならなくて、私は彼女のことを見つめていました。


 ボスタチシェスから遠ざかった時に私の近くに移動していたライザは、


――ガツンッ


 いきなり自分の頬を殴りつけました。


「ええっ!? な、何をやって……!?」


 一瞬、ライザが狂ってしまったのではないか!? と気が気でなくなってしまいましたが、この行為にはちゃんとした意味があって。


「……あっ、セツ。なんつー顔してんですか? 状態異常を治すために衝撃を加えただけじゃねぇですか。変になったとか思わねぇでくださいよ?」


 自分自身に衝撃を与えて幻惑状態を解いていたというライザ。

 ……そうでした。

 衝撃で幻惑状態は治るんでしたね……。

 でも、自分で治せるのだとしたら……。

 幻惑はそれほど厄介な状態異常ではないのかもしれません。


 私がそれをライザに伝えようとした時、彼女も別のことで口を開きました。


「……ライザさ――」

「さてと。こいつはわーの知らねぇことを教えてくれましたが、さっさと倒しちまいますよ!? わーたち、アブねぇ戦い方してましたし! マーチが心配してるはずです! それでも必死に耐えてる! 動いてスキルが解けて、もし狙われでもしたら、わーたちがもっと危なくなるってあの子は理解してるから!」

「っ!」


 言葉は遮られましたが、ライザに気づかされました。

 あの優しいマーチちゃんなのです。

 私やライザが幻影に囚われた時、一番に助けに行きたかったに違いありません。

 私は彼女が無事なら隠れてくれていてもいい、なんて考えていましたが、私たちが大変な時に何もできなかったというのは彼女にとってはつらいはず……。

 それでもマーチちゃんは私たちのために隠れ続けてくれていた……。


「――倒すよ!」


 私はタチシェス・ウィザードに接近しました。

 マーチちゃんの気持ちに報いるために。


 ボスはライザを攻撃するために地面が凍っていない場所に来ていました。

 だから、難なく距離を詰めることができた私。

 その時、タチシェス・ウィザードがバッと勢いよく私の方にその顔を向けました。

 幻惑魔法なら対処できます。

 ですが、タチシェス・ウィザードの様子がいつもとは違っていて。

 目が赤く光りだしたのです。

 瞬間、私の身体に悪寒が走りました。

 止めてしまった私の足。

 止めてしまってから後悔しました。

 走り続ければよかった、と。

 それを受けてしまったらよくないような気がしてきます。

 それでも私の足は地面に張り付けられてしまったかのように動かせなくなっていて。

 食らってしまう――そう思った時でした。



――横からすごい衝撃を加えられたのは。



 それはライザでした。

 ライザがその身体をぶつけてきたのです。


「ライザさん!?」

「いいから! やっちまってください、セツ!」


 彼女が庇ってくれたおかげで私はこのボスが私にやろうとしていたことを避けられました。

 ライザの言葉を受けて駆け出すと、驚いた様子で青いオーラを全身に纏い始めたタチシェス・ウィザード。

 なので私も力いっぱい掴んで――


「せぇいっ!」


 担ぎ上げ、地面に思いっきり叩きつけました。

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