第112話(第三章第28話) 第四層のエリアボス2

「タチシェス・ウィザード! レベル256! HP:522、MP:1,955、攻撃1,238、防御3,286、素早さ931、器用さ2,467! それと――っ!」


 一番にエリアボスの間に入ったライザが少しだけエリアボスに近づき、「視て」特徴を教えてくれます。

 レベル256!?

 今の私やマーチちゃんよりも高いです……!

 ステータスもバフポーションで上げていなかったら一つも勝てていません。

 攻撃バフポーションで上げた私の攻撃力なら敵わないということはないと思いますが……。

 何よりも一番の懸念は、相手の素早さがマーチちゃんよりも高いためにマーチちゃんが狙われたらマズいということ。

 ライザの説明を聞きながら、これはすぐに攻めた方がいいのではないか、と考えていた矢先、相手が、タチシェス・ウィザードが動きました。



――その姿を消したのです。



「なっ!?」


 ライザの説明が止まり、私たちは慌ててしまいました。

 こんなこと、今までに経験していなかったので……。


 ボスモンスターがどこに行ったのか必死になって探しました。

 けれど、右を見ても左を見ても後ろを見てもいなくて。

 焦らされている時にライザの声が飛びます。


「っ! 上です!」


 その声に従って頭上を見ると、幅が一メートルは優にあるであろう甲羅が私とマーチちゃんを目がけて降ってきていて……!

(ライザは私たちと離れていたため相手の攻撃範囲外でした)

 なんでそこに!? なんて考えている暇はありませんでした。

 私たちを押し潰そうと迫ってくるタチシェスの甲羅。

 私は逃げようとしました。

 幸いにも素早さも上げていたため、私からすれば相手が落ちてくるスピードはそれほど速くは感じなかったのです。

 ですが、私は見てしまいました。



――マーチちゃんが動けないでいるのを。



「マーチちゃん!」


 思うよりも早く身体が動きました。

 マーチちゃんを抱えて退避した私。

 上げた素早さを発揮させます。

 脚に力を入れすぎて元いた場所からは必要以上に離れてしまいましたが。

 振り返って見ると、ボスタチシェスがちょうど地面にぶつかるところで、


――ドゴォオオオオン!


 発生したすさまじい音と地響き。

 避けられなかったらヤバかったかもしれません(特にマーチちゃんが)……。


「……あ、ありがとうなの」

「当然だよ」


 マーチちゃんが感謝の言葉を伝えてきたため、気にしないで、と返した時。

 遠くの方からライザの叫ぶ声が聞こえてきました。


「大丈夫ですか、二人とも!?」

「うん、平気! ライザさんは……!?」


 彼女はまだボスの近くにいて、だいぶ距離ができてしまっていたので私たちの安否を確認してきていたのです。

 私は、大丈夫、と答えた時に思い出します。

 ライザのステータスはとてもボスの攻撃を耐えられるものではなかったということを。

 私が質問し返すと、彼女は答えました。


「躱せるんで問題ねぇです! 二人称なーとステータスを入れ替えてた時に、なーが素早さを上げててくれたおかげで!」


 そういう彼女の方を見てみると、遠くて見にくかったのですが、ボスタチシェスがそのくちばしで何度も突こうとしているのをひゅん、ひゅんと華麗に回避し続けていました。

 会話をしながら……。


 そしてそのまま、ライザは説明の続きをし始めました。


「こいつについてる特殊効果は


『防御バフ魔法使用可』

『攻撃デバフ魔法使用可』

『幻惑状態無効』

『幻惑魔法使用可』

『飛行可能』

『防御デバフ無効』

『氷魔法使用可』

『攻撃バフキャンセル』

『瞬間移動魔法使用可』


です! ったく! なんでこんなに能力を持ってやがるんですかね!? こちとら三つでやりくりしてるっつーのに! ――おわっ!?」

「ライザさん!?」


 相手の攻撃を見事に避けながらボスの情報を伝えてくれていたライザ。

 しかし、彼女は突然バランスを崩して後ろに倒れそうになってしまったのです。

 目を凝らしてみると、ライザの足元だけが白く光って見えて――。


 この隙を狙って、ライザに伸し掛かろうと飛び跳ねるボスタチシェス。

 私は黙って見ていられなくなって駆け出していました。

 ですが、


「舐めんなぁ!」


 ライザは自分自身に活を入れるように発したあと、地面に手をつき、手首、肘、肩、腰の力を使って勢いのある後方回転を決めたのです……!

 きれいに着地をして態勢を立て直していました!

 すごい……っ!


「大丈夫です! 運動神経はある方なんで!」


 ライザが無事でホッとしました。

 何かあっては、たぶんマーチちゃんは悲しみますから。



 ただ、安心したのも束の間でした。

 先ほどまでライザと対峙していたボスタチシェスが私を見ていたのです。

 次の瞬間、眩暈のような症状が私を襲いました。

 それで閉じてしまった瞼を上げると、目に飛び込んできたのはとんでもない光景。



――増えたタチシェス・ウィザード――



 その数は、十や二十なんて数ではなくて……。


「な、何、これ……? どうなって……!?」


 百体はいるのではないかというほどのその数に、私は怯みました。

 こんなにいて、マーチちゃんが狙われたら助けるのが間に合わなくなるかもしれない……!

 ……そう考えてしまって。


 嫌な想像というのは当たるのでしょうか?


「い、いやぁっ!」

「マーチちゃん!?」


 マーチちゃんが何十体ものボスモンスターの標的にされてしまいました。

 私は助けに向かおうとしました。

 私の進行を阻もうと立ち塞がってくるボスタチシェス。

 私はそれらを薙ぎ払いました。

 マーチちゃんを助けたかったから。

 ですが――


「マーチちゃ――っ!?」


 何度も、何度も邪魔をされて。

 私が駆けつけた時には――



――一体のボスタチシェスの地面と密着している甲羅の腹の下からだらりと伸ばされた手と、そこから広がってくる真っ赤な液体を私の目に映して――



「ああっ、ああああ……っ!」


 そ、そんな……!?

 こんな、こんなことって……!


 私の頭は真っ白になりました。

 ……それでも。

 一つだけ残っていた感情は――


 そのタチシェスだけは絶対に許すことができないということ。


「ああああああああっ!」


 私の身体はそのタチシェスを倒すために動き出していました。

 しかし、その時。

 声が、聞こえてきて――



――「歯ぁ食いしばっててくださいよ、セツ!」――



 直後、左の頬に衝撃が加えられました。


「いたっ!? ――あれ? そうでもない?」


 殴られたような感覚になったのですが、痛さはあまりなく……。

(衝撃自体はすごかったので思わず痛いと言ってしまいましたが)

 患部を押さえながら、何があったの? と混乱させられていると再び声を掛けられます。


「ったく、正気に戻りやがりましたか、セツ?」


 声は正面からしていて。

 見ると、そこには右手をぷらぷらさせながら顔をしかめているライザの姿が。


「ら、ライザ、さん?」


 私が、どうなってるの? といった表情を向けると、彼女は説明してくれました。


「なー、幻惑状態になってやがったんですよ。忙しなく辺りを見回し始めたと思ったら急に血相を変えて明後日の方向に走り出して。たぶん、マーチがどうにかなっちまう幻影でも見せられたんだと思いますけど」

「そ、そうだ! マーチちゃんは!?」

「安心してください。『石像化』で隠れてるだけです」

「そ、そっか。よかった……」


 あれが幻惑の症状……。

 兎に角、マーチちゃんは無事だと知って力が抜けそうになります。

 それをライザに支えられて。


「幻惑は衝撃を与えりゃあ治せますが、また掛けられるのは厄介です。さっさと大元をやっちまいましょう」

「……うん!」


 ボス戦、続きます。

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