第109話(第三章第25話) 条件達成へ

「……こういうの」

「ありがとうなの!」

「……いい! ふふふ、どういたしまして」


 ……相変わらずマーチちゃんには甘いクロさんです。


 火曜日。

 一番にお店に入った私を見た時の彼女の顔は、殺される!? と感じてしまうほどの睨みを利かせたものだったのですが……。

 マーチちゃんがお店に入ってクロさんの元に寄っていって、どういうのを持ってくればいいかわからないから可能なら見せてもらいたいの、と言ったところ、クロさんの表情はコロッと変わりました。

 満面の笑みで「タチシェスダイヤ」をマーチちゃんに見せていたのです。

 ……なんで?


 「タチシェスダイヤ」を手に持たせてもらって、情報が見てみたいと許可をもらい、一度バッグの中に入れたマーチちゃん。

 それは僅かな時間でしたが、目的は達成できたのでしょう。



――『ポケットの中のビスケット』で「タチシェスダイヤ」を増やすという目的は。



 マーチちゃんはすぐに取り出してそれをクロさんに返していました。

 マーチちゃんがお礼を言うと、クロさんはだらしなく表情を蕩けさせました。

 ああ、私とそっくりな顔でそんな顔しないでぇ……。


 とりあえず、計画通りに進めることができたので、一度鍛冶屋さんから出ることに。

 少し時間を空けてから戻ってくる、という作戦です。


 鍛冶屋さんをあとにしようとした時、クロさんは泣きながらマーチちゃんのことを呼び留めようとしていました。

 それは号泣といってもいいくらいに。


「行かないで! マーチちゃん……!」

「そ、そんな、今生の別れとかじゃないんですから……」

「キミには言ってない!」

「……え、ええー……」


 クロさんがあまりにも、別れたくない! と騒ぐものですから、私はすぐにまた会えることを伝えようとしたのですが……。

 その時、クロさんはくわっ! と目を見開いて、クロはマーチちゃんと話してるんだ! オマエが喋るな! と訴えるかのような表情を私に向けてきたのです。

 血涙を流しているように見えました。

 ……この扱いの差はいったいなんなのでしょう?

 正直に言うとちょっと、いえ、だいぶ引いていました。



 マーチちゃんにしがみつこうとしたクロさんをなんとか掻いくぐって、マーチちゃんと一緒に鍛冶屋さんを出て。

 外で待機していたライザと合流した時、彼女は眉間にしわを寄せながら辺りをきょろきょろとしていました。

 マーチちゃんが、どうしたの? と聞くと、


「いいえ……、なんつーか、見られてる気がしやがるんです。見渡してもこちらを見てる奴は確認できなかったんですが……」


 ライザはそう返しました。

 彼女がそう言ったので、私も周りに視線を向けてみます。

 ライザが言った通り、私たちをじっと見ている人はいないようでした。


 私は周りを見ていて思い出したことを口にしました。


「……そういえば、マーチちゃんの武器をつくってもらいに来た時もそんなこと言ってなかったっけ、ライザさん?」

「ああ、受け取って帰る時ですね。男三人が見ていやがりましたね。一人称わーが気づいたら、慌てて建物の陰に引っ込んでいきやがったんで情報は全部抜き取れませんでしたが」


 そうなのです。

 ライザが、向けられている視線が気になった、と言ったのは今回が初めてではなかったのです。

 マーチちゃんの武器をクロさんにつくってほしいと依頼しに来た時も、彼女は誰かからの目を感じ取っていました。

 これは、誰かがライザに付き纏っているということなのでしょうか?

 ライザはお嬢様みたいにきれいな人ですから、その容姿に惹かれて……?

 或いは、彼女は私たちと会う前に散々やらかしていたらしいので、その復讐、とか……?

 私はライザを見ていたという人たちを確認できていませんからなんとも言えないのですが、一つだけ確かなことがあるとすれば……。


「……ライザさんが『視て』見つけられないってことは、いないってことなんじゃ……?」


 ライザには『アナライズ』があります。

 見たものの情報を読み取れるスキルが。

 そんな彼女が「視て」もわからなかったということは、見られていなかったということになるのではないか? という気が私はしました。


「……そう、ですね。わーの気のせいだったのかもしれません」


 ライザも、納得はできていないようでしたが、『アナライズ』でも確認できなかったという事実から、気のせいだったと思うことにしたようでした。



 それから私たちは第一層の宿屋のお部屋で三十分ほど宿題などをしてから、クロさんのいる第三層の鍛冶屋さんに再び赴きました。


「マーチちゃんっ!」

「みゃ!?」


 お店に入ってすぐ、クロさんがマーチちゃんに抱きついてきました。

 マーチちゃんはすごく戸惑っていて、少し嫌がっていました。

 ですので、私はマーチちゃんを助けるべく、第一層の宿屋にいる時にマーチちゃんから預かっていた「タチシェスダイヤ」をクロさんの前に出して言ってのけます。


「こ、これでいいですか、クロさん!?」

「なっ!? ……不可思議。何故、持ってる……っ」


 クロさんが条件として出したものを、私が持っているのを見た彼女は表情を歪ませます。

 歯噛みしていました。


 悔しがるクロさんに対してライザが一言。


「……二人称なー、なんつってましたっけ? 『これ』を持ってきたらどうしてくれるんでしたっけ? わーたちは持ってきましたけど?」

「うぐ……っ!」


 いやみったらしくにやにやしながらクロさんを精神的に追い詰めていました。

 ライザ、性格悪い感じがしますよ、それ……。


 クロさんを煽っていたライザでしたが、クロさんが黙り込んでしまったのを受けて真剣な表情になって言い直そうとしました。

 しかし――


「……わーたちは言われたものを持ってきました。これでセツのことを認めてくれ――」



「嫌だっ!」



「はぁ!?」「なっ!?」「ええ!?」


 ライザがクロさんに私のことを認めるように言おうとした時、クロさんが突然叫び出したのです。

 拒否の言葉を。

 私たちは驚愕してしまいました。


 クロさんの叫びは続きます。


「嫌だ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ! クロ、可愛くないのと組みたくない! 小さくておっきい子たちに囲まれたい! クロの夢、小さくておっきい子のハーレム!」


 ……思っていることがだだ洩れになっていました。

 洩れてはいたのですが、クロさんが何を言っているのかが私にはわかりませんでした。

 小さくて大きいって、矛盾してる気がするんですけど……。


 この収拾のつかない事態に、


「……ダメだ。早くなんとかしないとなの、こいつ」

「……もう手遅れだと思いますが?」


 マーチちゃんもライザも呆れていました。

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