第104話(第三章第20話) お出かけ中(現実)

 洋菓子屋さんラ・カージュには飲食ができるスペースが設けられています。

 私とナオさんはそこで新作のケーキを食べながらいろいろなお話をしていました。


 ナオさんの愚痴とか、

 あゆみちゃんの中間テストの話とか、

 また一緒にショッピングやカラオケに行きたいという希望とか、

 ナオさんの愚痴とか。


 それをナオさんは私の隣で私に抱きつきながらしていました。

 店員さんに案内されたのは四人掛けのソファがある席なのですが。

 これは相当溜まっていますね……。


 ナオさんはお仕事や家庭のことで心がいっぱいいっぱいになってしまうと甘えたがり屋さんになってしまうのです。

 そんなナオさんを目いっぱい甘やかすのが私です。

 三年くらい前から私たちはこの関係になっていました。


「……食べさせて。両手、塞がってる」

「いいですよー? はい、あーん……」

「……あーん。……至福、もう、死んでもいい」

「そんなこと言わないでくださいねー?」


 あーん、のおねだり。

 ここまでの甘えっぷりは今までで見たことがありません。

 少し驚かされましたが、私はナオさんにねだられるままに一口大に分けたケーキにフォークを刺してナオさんの前まで運びます。

 すると、ナオさんはそれを口に含みました。

 表情は一切変わりませんでしたが、そこはかとなく嬉しそうにしているのは伝わってきます。

 言葉で幸せをかみしめていることを表現してくれたため、私の感覚がずれていなかったことにホッとしました。


「……撫でて、頭」

「いいですよー? よしよし」

「はふぅ、幸せ……」


 今日はとことん甘えたいモードのナオさん。

 恐らくですが、長い間ナオさんは溜め込んでいたものを発散できていなかったのだと思います。

 ナオさんを甘やかすのは現状、私しかいないので……。

 私とお茶したりショッピングやカラオケに行ったりして定期的にリフレッシュをしていたナオさんですが、今回はナオさんのお仕事の都合とか私がテスト週間に入ってしまったりとかして時間が取れませんでした。

 それなので、溜めに溜め込んだものが爆発してナオさんの甘えん坊が加速してしまったみたいです。

 でも、これで元気になってくれるなら、いくらでもしたいと思います。



 しばらくナオさんの頭を撫でていると、彼女はぽつりと呟きました。


「……謝罪。私、大人なのに、刹那ちゃんに甘えてばかり……。でも、うちじゃ、誰も構ってくれない。……言い訳。……イチ、昔は付き合ってくれた。でも、今は、ない……」

「……」


 それはナオさんの悩みで。

 私は返す言葉に悩みました。

 イチ姉がナオさんと一緒に出掛けたくなくなってしまった理由を、私はイチ姉から聞いていたので……。

 

 イチ姉とナオさんはそっくりなのです。

 それこそ、双子と間違えられるほどに。

 ですが、そこに問題がありました。

 見比べると僅かにイチ姉の方が大人っぽく見えてしまうのです。

 それは、知らない人から見ればイチ姉がナオさんのお姉さんだと思われるということで……。



――「母が若く見られるのは嬉しい。けど、私が年上に見られるのは嫌!」――



 イチ姉はそう感じていたから、彼女が高校生になってからはナオさんとは一緒にお出かけをしなくなっていたのです。

 これは……イチ姉を責められません。


「大丈夫ですよ? 私はこうしてるの、好きですから」


 私はそう告げて、なでなでを再開しました。


 それでも、ナオさんはあまり顔に出ないのですが今は目に見えて落ち込んでいて、それもなかなか元気を取り戻しそうになかったため、私は無理やり話題を変えました。


「そういえば! イチ姉は元気なんですか!? 私、イチ姉が大学生になってから話せていないので……!」


 ナオさんの口からちょうどイチ姉の名前が出てきていたので、イチ姉の話へ。


「……ん。元気。電話、あった。……でも、大変。大学の講義に、慣れない一人暮らし、それに、バイト……」

「へぇ、イチ姉、アルバイトをしてるんですか……!」

「……ん。頑張ってる。ゴールデンウィークも、働いてた」


 一人暮らしにアルバイトってなんだか憧れます……!

 私はナオさんにイチ姉の近況を教えてもらいました。


 私はイチ姉と仲が悪いというわけではありません。

 悪いというわけではないのですが、私たちはお互いの連絡先を知りませんでした。

 それは、イチ姉が私のことを好きすぎるからです。

 イチ姉は時間があれば(時間がなくても)私に電話をしようとしてしまうため、それではお互いにとってよくない、と私のお母さんとナオさんが判断しました。

 私のスマホは新しいものに替えられて。

 それから、イチ姉には私の連絡先を教えてはダメ、というお触れが両家には出されていて……。


 だから、ナオさんが次に話すことも知りませんでした。


「……でも、まだゲーム、やってる。買ってた、ヘルギア。家電、揃えるより前に……」

「……あっ」


 イチ姉がゲーム機を買い替えていることを。


 うっかりしていました。

 私が使っているゲーム機は、イチ姉が一人暮らしをするために引っ越す際に持っていくのを忘れていったもので、それを無断で借りているということを私は忘れていました……!


 ど、どうしよう……。

 無断で借りたのは悪いことなのに……。

 ヘルギアを失いたくない、って思っている自分がいます……っ。

 ゲームの世界で出会った人たちと、マーチちゃんとの繋がりを、なくしたくない、って……!


 私はナオさんに謝って、そして頼み込みました。


「ご、ごめんなさい! 私、イチ姉のゲーム機を勝手に借りちゃってます……! そんなことせずにイチ姉に送っていれば、イチ姉が新しいのを買わなくてもよかったのに……っ。で、でも、もうヘルギアあれを失いたくなくて……! ナオさん、イチ姉にお願いしたいので連絡を取ってもらってもいいですか……!?」


 ヘルギアは決して安いものではありません。

 最先端の技術が詰め込まれたゲーム機なのですから。

 ですが、私はマーチちゃんと会えなくなるのは嫌で。

 買い取る覚悟さえしていました。

 あまりお金を持っていなかったので足りるかどうかが不安でしたけど。


 そんな思いでいる私に、ナオさんは言いました。


「……疑問。聞いてない? イチ、



――キミにあげるって言ってた……」



「……えっ?」


 ……初耳です。

 ぽかんとする私にナオさんは続けます。


「……最新機種、変更、新生活に合わせて。古いの、刹那ちゃんに使ってほしいって。引っ越し作業、ドタバタしてて、刹那ちゃんのとこ、行けなかった。だから、あゆみに頼んだ、そう、聞いてる」

「……」


 ……あれ?

 あゆみちゃん、そんなこと言ってましたっけ?

 言ってなかったような気がするんですけど?


 でも、とりあえず。

 これからもマーチちゃんとは会えそうです。

 今度イチ姉に会ったらお礼を言わないと、ですね。

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