第100話(第三章第16話) 鍛冶屋、再び

「……不可解。何故来た? 来るな、言った……」


 目の前には不満顔のクロさん。

 私とライザは今、第三層にあるクロさんが働いている鍛冶屋さんに来ていました。

 時刻は③の二十三時四十分。



 あのあと、「タチシェスの自然保護区」ダンジョン一階に戻された私たちはこれからまたこのダンジョンを上っていく気にはなれず、今日の探索は中止にすることに。

(ライザを頼れば短時間で最上階まで戻れるのですがマーチちゃんがそれを良しとしなかったため、戻るには時間がかかると判断されたので)

 マーチちゃんは看護師さんに怒られないようにしたい、とのことで「デカデカの街」に戻ってすぐ彼女はログアウトしました。

 いつもなら私もこのタイミングでログアウトするのですが、今日は続けました。

 マーチちゃんが戦えるようになる手段を知っていそうな人の元へ行くために。


 私が移動しようとするとライザが聞いてきました。


「ん? 何かするんですか? マーチがやめたらやめてたのに、珍しい……」


 鋭い。

 ……いいえ、私がわかりやすいんですね。

 ライザの言う通り、いつもと違う行動を取っているわけですから。


「……マーチちゃん用の武器がつくれないかな、と。戦ってみたいって感じだったので」

「マーチ用の? ですが、商人に武器なんて……あっ。そういえばつくれそうな奴が一人いやがりましたね……。頼むつもりですか? クロに……」

「……はい。クロさんならたとえつくれなかったとしても何か知っていそうな気がします」

「……それ、一人称わーもついてっていいですか?」

「……ご自由に」


 ライザからの質問に正直に答えると彼女も、行きたい、と言い出したため二人で第三層「ブクブクの街」を訪れることになりました。



 そして鍛冶屋さんの扉を開け、中にいたクロさんが私たちを見た瞬間に放った第一声が、あれ。

 ……不満全開です。


「えっと、その……。あなたならマーチちゃんの武器がつくれるんじゃないかな、って思って……」

「……マーチ? 誰? ……兎も角、面倒は嫌。お引き取り」


 取り付く島もありません。

 耳を傾けてくれさえもしないクロさん。

 ……でしたが。


二人称なーが気に入ってたロリ富豪の子で――」

「それ、先に言う。ロリは最高。やってあげる」

「「……」」


 ライザがクロさんに、マーチちゃんとは誰のことなのか、を伝えるとクロさんは先ほどとは打って変わって私たちに協力すると言ってきました。

 ……なんで?


「……そう。マーチちゃんっていうの、あの子。んふふっ。……見たところ、商人。バッグ、背負ってた。なら、あれをああしてああすれば……。ふふっ、楽しくなってきた」


 マーチちゃんが誰なのかを把握してやる気に満ち溢れたクロさん。

 なんか、マーチちゃんの名前を教えてしまったのはよくないことのように思えてきました。

 クロさんの顔がだらしなく緩みきっています。

 ああ、私と同じ顔だから、私がそんな顔をしてるみたい……。

 ……ちょっと遺憾です。


 不気味な笑みをたたえながら鍛冶屋の奥へと消えていくクロさんを眺めながら、私は感じていたことを口にしました。


「……うーん。やっぱり似てる気がする……」

「似てます、セツと」


 私の呟きにライザが反応しました。

 ただ、私が考えていることと彼女が解釈したことが違っていたため、私は訂正しました。


「……確かに顔は私と似ているんですけど、そうではなくて。いるんですよ、現実の私の周りにも。



――小さな女の子がすごく好きっていう人が。



その人と雰囲気が似てる気がして。姿は全然似てないですけど……」

「……なにそれ? 変態じゃねぇですか」

「……」


 外見ではなく内面的な部分で似ている人がいる――そうライザに伝えた私。

 するとライザに、その人のことを悪く言われてしまいました。

 私は反論しようとしましたが言葉に窮します。

 ……否定するのが難しくて。

 あの人の「あれ」は行き過ぎている部分がありますから……。


「で、でも、悪い人ではないんですよ? 私にもよくしてくれますし……」

「……そ、そうですか……」


 私のあの人へのフォローはちょっと歯切れの悪い感じに……。

 私がこんな反応をしてしまったものですからライザには見透かされてしまったような気がします。

 苦労してんですね、なー……、みたいな顔を向けられていました。


 少しの間会話が途切れたのですが、ライザが何かを思い出したように声を上げました。


「……あっ、そういえば、わーもリアルで変態と会ったことありやがりました。きれいな見た目してたから油断してたんですが、そいつ、わーを見て



――金髪ロリ金髪ロリ金髪ロリ金髪ロリ――って繰り返してて。



……ああっ、思い出しただけでゾッとしてきやがりましたっ」


 そう言って自分の身体を抱いて震え上がるライザ。

 私はというと、ライザの周りにもそういう人がいるということを聞いて、あの人みたいな人って多いんだな、っていう感想を抱いていました。


 それともう一つ。

 気になったことがあったので聞いてみます。


「……金髪ロリ? ライザさんって小さくは見えないんですけど……?」


 ライザの身長は百六十センチは超えていそうな見た目をしています。

 今の私よりも高いのですから。

 疑問を投げかけてみると、彼女は答えてくれました。


「ああ……。実はわー、ゲームを始める時に体型を弄ってんですよ。ママの体型に憧れて。現実じゃあ、こんなに背も高くねぇですし、胸もありやがりません。ちんちくりんでいやがるんですよ、はは……」


 乾いた笑い声を発していて、目からはハイライトが消えていました。

 この話題は地雷だったようです……。

 彼女の目から生気を奪ってしまったため若干責任を感じます。


「え、えっと、実は私もそんなに背が高くない方で……」

「セツもだったんですか!? あっ、だから姿がクロとって言ってたんですね! セツとわーは同じ、低身長に悩みを持つ者同士……! それなのにわーはなんであんなひどいことを……っ!」


 立ち直らせようとしたのですが、ダメでした。

 仲間意識が芽生えたのか、自分が私にしたことを思い返したみたいで、わんわん泣きながら自分を責めてました。

 今日のライザ、情緒が危ういです……。

 そのままにもしておけなかったため、私は彼女を慰めました。



 しばらくして泣き止んだライザがぽつりと呟きます。


「……このゲームで体型をめっちゃ弄ってるの、わーだけじゃなかったんですね。弄りすぎると警告されるんで、いねぇのかと思ってましたが……。そっか、セツも……。マーチも弄ってんですかね?」


 それは私の耳に入ってきていて。

 私は思い出しました。

 マーチちゃんの姿が現実の姿と違っていることを。


 それで考えついた一つの可能性。



――もしかして、現実とゲームで姿を完全な別人にすることができたりする――?



 私はそれをライザに確かめようとしました。

 ですが――


「ライザさ――」

「提供、これやる。素材はサービス。あの子のため、代金、負けてやる」


 クロさんが戻ってきたため、聞けませんでした。


 そして、戻ってきたクロさんの手に握られてたのは



――小さめのスリングショットでした。

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