第97話(第三章第13話) 五十日記念
「なっ!? なんで教えてくれなかったの!? 教えてくれてたら、もっと『旗』を増やせてたの!」
「
……あー。
喧嘩しちゃった……。
さっきのは私が気づいたことを口にしちゃったあとのマーチちゃんとライザの言葉です。
クロさんに納める素材を増やす前に「パワーアップ」していたらよかったのでは? とうっかり口を滑らせてしまったばかりに二人が口論を始めることになってしまいました。
どうやって治めよう……、と困っていた私だったのですが、ライザが今の時刻をマーチちゃんに告げたことで一時休戦に。
「っていうか、いいんですか? もう現実で六時を過ぎてやがりますけど? 病院の夕食ってそれくらいの時間じゃなかったでしたっけ? また時間無視したら、ナースさんにこっぴどく怒られるんじゃねぇですか?」
「っ! ま、まずいの……! お姉さん、ボク、戻るの! またね! ……ライザ、時間、教えてくれてありがとうなの。『パワーアップ』の時もちゃんと教えてほしかったの!」
「だから、わーは教えたって……あっ、消えた」
マーチちゃんは夕ご飯のため、ログアウトしました。
時間を知らせてくれたライザへのお礼を皮肉交じりに言ってから。
明日になって会った時に再燃しないといいのですが……。
「……」
「……」
マーチちゃんが現実に帰って、私はライザと二人きりに。
……居心地があまりよくありません。
きっとライザもそうだったのでしょう。
沈黙に耐えられないといった様子で声を掛けてきました。
「……その、これからどうします? ダンジョンの隠し部屋にでも行きますか?」
この空気をなんとかしたくて提案したことだとは思うのですけど、私はその提案には乗れませんでした。
マーチちゃんのことを思うと。
「……それはマーチちゃんがいる時に行った方がいいと思います。マーチちゃんを拗ねさせたいんですか?」
マーチちゃんは私と一緒に楽しく冒険がしたいと言ってくれていました。
ですから、仲間外れにされるのは嫌だと思うのです。
マーチちゃんのことを考えるあまり棘のある言い方になってしまったのかもしれません。
ライザは、失敗した……! というような表情を浮かべてひどく落ち込んでしまいました。
「……そう、か。……そう、ですよね。……その、なんか今日の深夜から明日の早朝にかけて大型のアップデートがあるみてぇなんで、隠し部屋巡りは今のうちにやっちまった方がいいと思ったんですけど、そうですよね。マーチの気持ちも考えねぇと……」
彼女のそんな様子を見て私も、やってしまった……、という感覚になったのですが、掛ける言葉は見つからず……。
「……」
「……」
また沈黙。
「……今日はもう、終わりますか?」
「……そう、ですね」
……どちらからともなく、今日のゲームは終了、という話になって。
私たちはほぼ同時にログアウトしました。
……………………
六月二日。
六月は祝日がないので、ゲームができるようになるのは放課後ということになります。
ログインすると宿屋の受付で、私がこの世界にやってきたことに気づいたマーチちゃんが話しかけてきました。
「お姉さん、こんにちはなの! 重大ニュースなの! 夜中に行われたメンテナンスで
――第五層と第六層が実装されたみたいなの!」
「そ、そうなんだ! ……って、実装って?」
嬉しそうにしているマーチちゃん。
ライザと一緒にいましたがいがみ合っていた感じはありません。
どうやら昨日の喧嘩は今日まで続いてはいなかったようです。
安心しました。
そのマーチちゃんの口から出てきた「第五層・第六層実装」という言葉……。
私は言っていることの意味がちょっと呑み込めなくて首を傾げていると、ライザが説明してくれました。
「昨日までは第四層までしか行けなかったんです。『運営』がそこまでしか用意してなかったんで。ですが、製品版発売から五十日記念ってことで、今日の七時からは第五層と第六層に行けるようになったんです。今日入って見てみたら、『運営』からメッセージが届いてました。ちなみに、既に第四層のエリアボスをやっちまってる奴らはエリアボスと戦わねぇで第五層に行けるみてぇですよ?」
「……そうなんだ」
第五層と第六層に行けるようになった――それを実装というのだそうです。
私は、今まで第四層までしか行けなかったことすら知らなかったのですが……。
もっと自分で調べるようにした方がいいのかな? と私が考えていると、マーチちゃんが尋ねてきます。
……興奮気味に。
「お姉さん、どうするの? 第五層、目指すっ?」
ちょっと圧倒されましたが、私は答えました。
「うーん……。今、行こうとするとあゆみちゃ……ロードって人に会っちゃいそうなんだよね……。最速でクリアするのを目指してるみたいだし……。だから、もう少し経ってからがいいかなぁ……」
「あ……」
今は無理だという理由を。
私、ゲームの中で会いたくなかったんですよね……あゆみちゃんに。
あんなこと、されてますし……。
私がされたことをマーチちゃんには話していましたから、マーチちゃんは、失言をしてしまった、とばつが悪そうに目を伏せます。
空気が沈みます。
この空気感に耐え兼ねたのか、わかっていないライザがマーチちゃんに聞きました。
マーチちゃんが、わけがわからずにおろおろしているライザに教えます。
「な、何? どういうことですか?」
「……お姉さん、そのロードって人に『ダンジョン放逐』されてるの。そのあと、別のプレイヤーから『犠牲通過』の犠牲にさせられてる……」
「なっ!? 『犠牲通過』だけじゃなくて『ダンジョン放逐』まで!? マーチも『犠牲通過』の駒にされてたって言ってましたよね……っ!? ……なーら、いったいどんな経験してきてるんですか……?」
私の過去を知って、私に見開かれた目を向けてきたライザ。
何かを言いたげな様子で私を見てきます。
けれど、開かれた口からは、声は出ていなくて。
「……っ」
謝りたい、そんな表情を彼女はしていました。
……ですが、私に謝られても困ります。
ライザが仕出かしたことで被害をこうむったのは――。
彼女には自分が何をしたのかをちゃんとわかってほしいです。
この様子だと時間はかかりそうですが……。
私はひとまず静観することにしました。
「……まあ、そんなわけで、先に第三層の隠し部屋の方に行きたいかな、って」
私が少し時間を空けてから第五層を目指したい、と言うと
「わ、わかりました! 案内しますっ!」
ライザが気合を入れていました。
……だから、そうじゃないでしょうに。
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