第93話(第三章第9話) 確率

 私たちは今、第一層にいます。


 クロさんとは別れ、初期装備である「薬師の白衣」に地形によるダメージと悪影響を防ぐ特殊効果をつけるのに必要な素材を集めるために移動しました。

 四種類のモンスターを倒す必要がありますから。

 必要な素材が全てモンスターを倒した時に出てくるドロップアイテムなので。

 ……ですが、装備に耐久値が設定されてしまったことが大きな足枷となっていました。



――私が攻撃してモンスターを倒すことができないんです。



 正確には倒せはしますが、一体目を倒すと同時に高すぎる攻撃力の所為で装備を破壊してしまうのです。

 そうなってしまうとあとが大変になります。

 第二層では暑さや寒さの所為でダメージを受けたりステータスが下がってしまいます。

 第三層では水の中なので動きが制限されます。

 その状態で1万体以上の敵を倒さなければならないというのはあまり現実的ではないでしょう。

 一度に持てるアイテムにも限りがありますから街に戻ってクロさんに素材を渡す必要が出てきます。

 そうすると装備を整えないと街の外に出させてもらえないので、戻るたびに「寒熱対策のローブ」や「水中自在のウエットスーツ」を買い直すことになり……。

 時間もお金もかかってしまいます。

 特殊効果の付与にはお金も必要ですから節約したいところです。

 私には攻撃せずに倒す方法もあるにはあるのですが、それだとマーチちゃんの負担が大きくなってしまいます。

 なので、できればその方法は採用したくありません。


 壊れる心配のない「薬師の白衣」と「最初の靴」でも行ける場所と言えば第一層しかない、ということで第一層に来たというのが経緯になります。

 もちろん、私は「薬師の白衣」と「最初の靴」に着替えています。

(アクセサリーは私が攻撃しても壊れないとのことなので「魔力のペンダント」はそのまま着けています)


 ちなみに、『踏破者の証』を使っての移動です。

(置き去りにするのもあれなのでライザにも渡されています)



 そうして第一層『リスセフ平原』にやって来たのは間違いではなかったのでしょう。

 なかったのでしょうが……。


「だああああ! 出やがりません! 『尻尾』ドロップ率90%の個体を倒したっつーのになんで出やがらねぇんですか!? 90%もあったら出るでしょ、普通!」


 ……ライザがご乱心になっていました。


 このダンジョンに来て、私はリスセフを五十体くらい倒していますが、必要となる『リスセフの尻尾』が一つもドロップしていなかったのです。

 ライザのスキルで、その個体がどれだけアイテムを落とすか、というドロップ率がわかるため75%以上のものに狙いを定めて倒してきたのですが……。

 四体倒したら三つ手に入るはず(確実に、とは言えませんが)なのに五十体倒しても収穫がないなんて……。

 これってある意味すごい確率なのでは……? と私は感じました。


 そのあとも落とす確率が高い個体を見つけては倒す、を繰り返しましたが何も変わったことは起きず……。


 ゴールデンウィークは終わっていますから、私は夜の七時までゲームができるようになっています。

 ですが、マーチちゃんの夕食の時間が六時台であったため、私はマーチちゃんがログアウトしてからすぐに切り上げました。

 ライザも、一人では何もできない、とのことでそれほど長い間続ける意思はないようでした。

 

 こうして素材集め一日目は終わりました。



……………………



 五月三十日(午後五時過ぎ)。

 素材集め二日目です。

 昨日のうちにかれこれ百体は倒していましたが成果が芳しくなかったので、ちょっと気分は重くなっていました。

 ですが、ここは頑張りどころです。


 私がゲームを始めると、二人はもう「リスセフ平原」に行っているみたいだったので、私も向かいました。

(パーティになるとメンバーのおおよその位置はメニュー画面を見ればわかるし、マーチちゃんからはメッセージも届いていたため)

 ダンジョンに着いてしばらく歩き回っていると二人の後姿を発見しました。

 近づこうとするとライザの声が聞こえてきます。


「やっぱり一人称わーはついてねぇんですよ……。百体狩っても出てきやがりませんでしたし……。わーがいねぇ方が順調に進むんじゃねぇですか?」


 彼女も昨日のあれはこたえているようでした。

 ……弱気になっています。


 ついてねぇって言うのはやめる! って宣言してたのに……。


 ……こう思ってしまうのは無茶なのかもしれません。

 でも。

 彼女には自分からした約束を破ってほしくはなくて。

 私は、どんな言葉をかければ彼女が再起してくれるのかを考え始めました。


 考えるのに夢中になりすぎて、私はマーチちゃんの姿を見失いました。

 マーチちゃんの声だけが聞こえてきて、そのことに気づかされます。


「もう片っ端から倒すの」

「ま、待ってください、マーチ! そいつは15%しかねぇです! アイテムの無駄遣いに――!」


 慌てるライザの視線の先に目を向けると、そこには一体のリスセフにちょうど猛毒薬を掛けているマーチちゃんの姿が!

 猛毒薬を使われたリスセフは一瞬で黒い粒子となって消えていきます。

 そしてそこに残されたのは緑の宝石のような石と



――ツバメの尾羽のようなもの。



「あっ、落ちたの。『リスセフの尻尾』」

「……は? はああああ!? いや、あり得ねぇですよ! だって昨日、あれだけ高い確率の奴らを倒しても出なかったっつーのに! たった15%で出るわけ……っ!」

「確率はあくまで確率なの」


 なんと!

 マーチちゃんがほしかったアイテムをドロップさせたようです!

 私が昨日、百体倒して一個も出なかったものを一発で!

 マーチちゃん、すごすぎませんか!?


 私がマーチちゃんのすごさに感動して固まっていると、マーチちゃんが振り向いて、少しだけ離れたところにいる私を発見しました。


「あっ、お姉さん! 『リスセフの尻尾』、手に入れたの! ボクが『リスセフの尻尾これ』を増やすの!」

「増やすって……えっ!? わ、悪いよ! 私が集めるから!」


 「リスセフの尻尾」を『ポケットの中のビスケット』で増やしてくれるというマーチちゃん。

 私はマーチちゃんの元に向かいながら、その提案ではマーチちゃんに掛かる負担が大きいから自分で集めたい意思を伝えました。

 しかし、


「お姉さんが集めるって、昨日一個も出てないのに? ボクがやった方が早いと思うのだけど?」

「うぐ……っ」


 マーチちゃんに悪戯っぽい笑みでそう言われてしまって私はたじろがされます。

 さらに、


「大丈夫なの。ボクがやりたくてやるのだから」

「マーチちゃん……っ」


 そのあとに柔らかい微笑みを向けられてそう言われて。

 そう言われると、私は何も言えなくなりました。


 マーチちゃんが素材を必要数まで増やすことが決まって、そのあとのことです。

 私はマーチちゃんにあることをお願いされました。

 それは、



――私たちが持ってるMP回復ポーションの品質を上げること。



 私は了承しました。

 ……が、とんでもないことが起きそうです。



 ちなみに。

 そういえば私って、魔石とプディン系の粘質水くらいしかドロップしたアイテムを見たことがなかったんですよね……。

 それをライザが知った時、彼女は立ち直りました。

 ついてねぇのは二人称なーなんじゃねぇですか、こんちくしょう! って罵声は浴びせられましたが。

 ……私、ついてないんですか?

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