第91話(第三章第7話) 鍛冶師2

 赤いボブカット(実際にはこんなに真っ赤じゃないけど)。

 ちょっと垂れた目と眉。

 そばかすがある頬。

 全体的に見て、なんというか、こう、ちょっと頼りない感じ……。

 そして、マーチちゃんと同じくらいの身長と、その身長には不釣り合いな体型……。


 毎朝見ているので間違いありません。

 それは紛れもなく、



――現実の私の姿でした。



 耳は尖っていたし、髪は現実の私のものよりも赤かったですが……。

 でもそれは、選んだ種族と属性によって決まる、とゲームでの私の髪が青くなっているのと耳の形が変わっていることに気づいた時にマーチちゃんに教えてもらっていました。

 ですので、正しくは現実の私というより、私がゲームを始める際に体型を弄らないで火属性を選んでいたらこうなっていたであろう姿、です。

 それでも、似ています。

 似すぎています……。

 そんな、私だと錯覚しそうな子がつなぎの上半身部分を脱いだ状態でその袖を腰の位置で縛り、上は黒のタンクトップ一枚という格好で鍛冶をしていたのです……っ。


「あ、あれ……? あの人、なんかセツと……」

「う、うん……。お姉さんって姉妹とかいるの?」

「い、いないけど……って、はわわわわ……っ!?」


 二人も、目の前にいる方は私とそっくりだと言わんばかりに驚いた顔をしていました。

 ……っていうか!

 目の前の方は武器を鍛えている最中なのでしょうが、鎚を振り上げては打ち付けるという作業を繰り返していて……!

 そんなに動いたらこ、こぼれちゃいませんか……!?

(何がとは言いませんが……!)


 激しく動揺する私。

 マーチちゃんが、ライザが、私と鍛冶をしている方とを見比べているのでしょう。

 視線を向けられたり外されたりする感覚を何度か受けました。


「……姉妹じゃないなら他人の空似? すごく似てる気がするのだけど……」


「世界には自分と似た顔の人物が三人いる、とか言いますからね。まあ、通説ですが……」


「……、とか?」


「……低いんじゃねぇですか? あっちの方が背が小さくて胸がデケェですし」


「うーん……。確かにおっぱいは向こうの方が大きいけど……」


「考えすぎじゃねぇですかね? このゲームって特殊な技術が施されてるんですよ? 現実に戻ったらゲームの世界こっちで会った他のプレイヤーの顔は朧気になっちまうっつー……」


「……『顔』は重要な情報だから晒さないようにするための措置、だったっけ?」


「それです。だからゲームを始める際に姿を弄れはしますが、そうすると時間もかかりやがりますし感覚のずれも生じちまうんで、開発元はそのままの姿でプレイすることを推奨してます」


「身元がばれる心配がないから……」


「まあ、ゲームの世界こっちにいる間は普通に認識できるんで、多少きれいにしたりする人は多いかもしれねぇですけどね」


 二人の会話が聞こえてきます。

 ……そうでした。

 マーチちゃんたちは現実の私の姿を知らないので、似てる、という認識で済まされてしまうのでしょう。

 実際には瓜二つと言っても過言ではなかったわけですが、二人の会話の中に、身元がばれる、という言葉があったため、現実の私の姿の話をするのは誤りである気がして私は口をつぐみました。


 マーチちゃんとライザの話はもう少し続いて、その時に、現実でよく知る人たち、例えば家族や友だちとゲームの世界こっちで会った場合には、現実に戻っても記憶に残っているゲームの世界での彼らの顔が朧気になることはない、という内容のものが出てきました。

 既に知っているからうまく作用しないだけで、特殊な技術自体は作動しているのではないか? というのがライザの見立てでした。


 あと、これは完全に余談になりますが、あの子の胸を見て、ライザが怒り心頭になっていました。


「……っつーか、マジでデケェな……。なんであんな身長なのに、あんなにもデケェもんがついていやがるんですか? ……所詮は肉の塊なのに……くそったれが……っ!」

「……?」


 ……あれ?

 ライザも結構あった気がするのですが……。

 こっそりと確認してみます。

 ……うん、ありました。

 それなのに、なんで……?



 私がライザの言動に違和感を覚えていたころのこと。

 急に視線を感じました。

 二人とは別の視線……。

 お店の奥の方からのものです。

 振り向いてみると、私にそっくりなあの子が私を見ていました。

 じっとりとした視線で。


「な、何……?」


 私はその子に尋ねましたが、その子はしばらくの間黙って私を見続けていました。

 観察するかのように。


 私がこの子のことを見て、私に似てると思ったのですから、この子も私を見て、自分と似てると思ったのかもしれません。

 まるで自分に見られているようで、不思議な感覚になってきます。


 そうして私の頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと眺めたあと、彼女は口を開きました。


「ん、……相違。……お客、何用?」

「……えっ?」


 ……声まで似てるんですけど。

 っていうか、「そうい」って……相違?

 似てないって思われたってこと……?

 確かに今の私は現実より背を十センチ以上高くしていますし、その、目立つ部分はかなり控えめにしていますけど……。

 でも、なんで私、今この子に、ふんっ、と鼻を鳴らされたのでしょうか?

 勝ち誇られたというより、お前じゃない、って感じで……。

 それに、なんか喋り方が……ううん。

 そんなはずない、よね……?


 私は彼女の言葉に戸惑ってしまってうまく返せなかったため、マーチちゃんが彼女の質問に答えようとしてくれました。

 ですが、それをライザが止めます。


「アプデで装備に耐久値が設定されたから、その数値を上げてもら――」

「待ってくださいマーチ。今思ったんですけど、それ、その場しのぎにしかならねぇですよね? 金の無駄遣いにしかならねぇんでやめましょう」


 ライザの突然の奇行に私とマーチちゃんは狼狽えさせられます。


「え……!?」

「で、でも、それじゃ第三層を攻略できないの……!」


 慌てだすマーチちゃん。

 ライザの顔を見ると、彼女は笑っていました。

 決して、良い、とは言えない笑みで。


「もっといい方法を思いついちまったんですよ。



――初期装備に『全地形ダメージ無効』をつけてもらえばいいんです。



初期装備の耐久値は『∞』。ねえ、いい方法だと思うでしょう? ?」

「っ! ……お前、何者……?」


 ライザが細くした目をその子に向けると、クロと呼ばれたその子は警戒を露にしました。

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