第88話(第三章第4話) 変わったこと

 私は決めました――これからはマーチちゃんと一緒に進んでいこう、と。

 そうすれば、いざという時にマーチちゃんを守ることもできますから。

 そうやって意気込む私にライザから一言。


「……一人称わーを信用しろ、とは言わねぇです。言える立場にねぇこともわかってるんで。ですが、自分がつくったモンは信じていいんじゃねぇですか?」

「え?」


 私が訝しがっていると、彼女は画面を表示させて私に見えるようにしました。

 そこに書かれていたのは――



――MP:-163,143,210/11



「増えて……あっ、いや、マイナス? ――あっ」


 そうでした。

 彼女には私特性の悪心薬を使っていたんでした。

 

 マイナス1億と表されているMP。

 さらに一秒が経過するごとに「110」減り続けています。

 ……っていうか、MPがマイナスってどういう状態なのでしょうか?

 「0」で止まっていないことに驚きです。

 私特性だから、状態異常を回復する手段を取らないとこれが止まることはないってこと……?


 この状態は「MP0」と何が違うのか? と考えているとライザが付け加えてきます。


「『トリックスター』を使うにも、『光の記憶』を使うにも、MPがいりやがります。今のわーは、見たものの情報を読み取るぐらいしかできることがねぇんですよ」


 MPが「0」を下回っているため、発動するのにMPが必要となる二つのスキルが使えなくなっていると主張するライザ。

 ですが、私はそれを素直に受け取ることはできませんでした。


「……本当は使える、とか、あったりするのでは? 私にはあなたの言っていることが正しいかどうかを知る術がありませんので」

「……そう、ですか。……そう、ですよね」


 ライザの言っていることが嘘で、本当は『トリックスター』も『光の記憶』もMPを必要としないのだとしたら、マーチちゃんがまた大変な目に遭ってしまうかもしれません。

 それだけはなんとしてでも回避したくて。

 私はライザに対して取り付く島もない状態になっていました。

 ライザは少し、寂しげな表情をしていたように思います。


 ……考えれば、『トリックスター』を使うのにMPが必要なことはわかることでした。

 彼女のステータスを押し付けられた時も、自分のステータスが戻ってきた時も、MPは「0」になっていたのですから。

 私は視野が狭くなっていて、この時はそれに気づかなかったのです。



「……」

「……」

「……っ」


 私がライザを突き放したことで、この場の空気は最悪なものに……。

 ライザを警戒して睨みつける私と、居心地が悪そうに右斜め下を向きながら左腕をさするライザ。

 でも、一番の気まずさを覚えていたのは私たち二人の間に挟まれていたマーチちゃんだったのかもしれません。

 マーチちゃんは耐えられなくなったようで、無理やりにでも話題を変えてきました。


「そ、そうなの、お姉さん! お姉さんがやってなかったこの三週間の間に仕様が変わったり修正されたことがあるの! 知っておいた方がいいと思うの!」

「えっ、あっ、う、うん……!」


 話題は、私がこのゲームをやっていなかった三週間の間に行われたアップデートについて、に移っていきました。


「まず、修正点。第一層のボス部屋に一人以上入っている状態で外から衝撃を与えると、ボス部屋前の安全地帯セーフティエリアにいたプレイヤーはボス戦をスキップすることができてしまう『犠牲通過バグ』ができないようになったの」

「ほ、本当!? ……よ、よかったぁ。これでもう、あんな絶望感を味わう人はいなくなるんだね?」

「ほんと、そうなの。あれで犠牲にされるのは決まってボクたちみたいな弱いプレイヤーだったから、本当に改善されてよかったの」

「……え? は?」


 マーチちゃんによると、なんと、あの『犠牲通過バグ』がなくなったとのこと!

 私もマーチちゃんもやられていたからわかります!

 あれは本当にひどい行為だと思います!

 修正されてよかった……!

 私とマーチちゃんの会話を聞いて、ライザは何故か固まっていましたが……。


「あと、『決闘』で帰還アイテムを使うと『決闘』を始める前の状態に戻ってしまう『リターン・リスタートバグ』もできなくなったの」

「……それはもう少し早くやってほしかったよね。マーチちゃん、やられてたし……」

「……はぁああああ!?」


 『決闘』においての致命的なバグ『リターン・リスタートバグ』も直ったそうです。

 こちらはマーチちゃんがやられる前に改善してほしかったという感じが否めません。

 もしかしたら、バグを使われた所為で負けていたかもしれないのですから。


 この話をした時、ライザが叫びました。

 ……あっ、これ、たぶん知らなかったんですね。



――これまでにマーチちゃんに起きたことを。



「……わーは、こんなにもつらい経験をしてる子をさらに苦しめようとしてやがったってことですか……!?」


 って呟いてましたから。



 ……声をかけても心ここにあらずで反応は乏しかったのですが、ちょっとそっとしておいた方がいい気がしましたので彼女のことは一旦置いておくことにして。

 それから、


 この世界の一日の間①刻分に売ることができる同一名のアイテムは魔石を除いて九つまでになったこと

(①の刻、②の刻、③の刻、④の刻になるたびにリセットされるみたい)


 システムとしてはあったのに機能していなかった種族によるステータスの変化がちゃんと反映されるようになったこと

(例えば精霊族なら、器用さが高くなりやすくて攻撃が高くなりにくいそうです)


 修練場という施設が街にオープンして、バトルの訓練ができるようになったこと


 生産職はお店でバイトをすることができるようになったこと

(商人は道具屋、鑑定士は鑑定の館、鍛冶師は鍛冶屋で……あれ? 薬師は?)


 などをマーチちゃんに教えてもらいました。

 バグの修正や新たなシステムの導入はプレイヤーにとっていいことだと思うのですが、アイテムを売るのに制限が掛けられたことだけがよくわかりませんでした。

 不便になるような気がするんですけど……。

 どうしてそんなことをしてしまったのでしょう?


 そして最後にもう一つ、仕様で変わったことが……。


「これはすごく望ましくないの。……武器・防具に耐久値が設定されたの。攻撃をしたり、攻撃を受けたりするとガンガン削れていって『0』になったら壊れるって仕様……。それだけならまだよかったのだけど、プレイヤーの攻撃力に見合ってない装備だとその装備が痛んじゃう仕様にもなってるらしいの。だから最悪、



――お姉さんが攻撃すると装備が壊れるの」



 ……え?

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