第78話(第二章第36話) 『光の記憶』

 私はおののきました。


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名前:セツ      レベル:196(レベルアップまで7,059Exp)

職業:薬師(生産系)

HP:10/10

MP:1/12(+1)

攻撃:11

防御:10

素早さ:12(×1.04)

器用さ:11


装備:『寒熱対策のローブ』

   『防塵ゴーグル』

   『魔力のペンダント』

   『速さの白い靴』


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 ライザさんの、ステータスを入れ替えた、という言葉を受けて確認した私のステータスがこれ。

 絶望的な数値でした。

 あれだけ強化したのに、表示された画面には私のこれまでの苦労が見る影もなくなっていて……。

 さっきから感じているこの怠さの正体は、



――力が大幅に低下したことによる脱力感でした。



 けれど、やっぱり私にはわからなくて。

 ライザさんがこんなことをした理由が私の頭の中に入って来なくて、また同じ質問をしてしまいます。


「これが、ライザさんのスキル……? ライザさんが私のステータスを奪った……? うそ、ですよね……? だって、こんなことをしたって意味なんてないですし……。それに『トリックスター』は、強い状態でゲームを始められるスキルのはず……っ」


 必死でした。

 ライザさんの先ほどの言葉は何かの間違いであってほしくて。

 否定して、ほしくて……。

 ……けれど、真実は無情でした。


「嘘だってんですよ、全部! 『トリックスター』の本当の効果は、



――最大値のMPを消費して自分と対象のステータスの強さを入れ替えるっつースキルです!



気づけってんですよ! 雑魚に苦戦して、強敵はワンパンしてんですから!」

「っ! エリアボスに弱いステータスを押しつけて、お前はエリアボスのステータスを奪って戦ってたっていうの……!?」

「遅ぇんですよ、気づくのが! なんでこんなに呑気な奴らが楽しめてて、ゲームに真剣に向き合おうとしてた一人称わーが、わーだけがつらい思いをしなけりゃあなんねぇんですか!? マジで不公平でいやがります! だから、二人称なーらみてぇな奴らをわーと同じくらい不幸にしてやろうとした、ってさっき説明したってのにちっとも理解していやがりません! ああああ! マジでムカつきやがります!」


 『トリックスター』は強い状態でゲームを始められるスキルではなく、ステータスを入れ替えるスキルだとライザさんが――ううん、ライザが説明しました。

 これを受けてマーチちゃんが、ライザがこのスキルを使ってエリアボスを倒していたことに気づきましたが、ライザは、早く気づけ! と喚き散らします。

 そして最も重要なこと、私にこんなことをした理由は残念なことに変わりませんでした。



――自分が不幸だから、幸せそうな奴らが恨めしくて不幸にしようとしたライザ――



 到底、受け容れられる内容ではありませんでした。

 私はショックを受けて、意識があるのかもないのかもあやふやになって……。


 どこか遠くの方で、マーチちゃんとライザが言い合っているのが聞こえます。



「セツが鑑定士の弱小ステータスになったんで、なーらは確実にここで死にます。わーの目的は達成できたってんですよ」


「……いや、死なないの。『帰還の笛』を使って街まで帰れば――」


「所持アイテム、見てねぇんですか?」


「――っ!? な、なんなの、これ!? アイテムが全部『???』に……っ!?」


「それが『謎の』アイテムってやつです。セツとステータスを入れ替えたあとに、なーらの魔石以外の持ち物を全部、『光の記憶』っつースキルで『謎の』アイテムに替えてやりました」


「……っ! でも、確か『謎の』アイテムはなんのアイテムがわからないだけで使えるってネットで……っ! 『帰還の笛』は上から二番目にあったから――」


「ああ、言い忘れてたんですけど、このスキルって使ったあと、配置がランダムになるみてぇなんですよ」


「……? それがなんだっていうの?」


「なーら、猛毒薬とか持っていやがりませんでしたっけ?」


「っ!」


「確かに『謎の』アイテムは使えねぇことはねぇです。使ったあとに現れた効果でなんのアイテムを使ったのかがわかるってだけで。だから、使いたきゃあ使えばいいです。『帰還の笛』だと信じて口をつけたものが『セツ特性の猛毒薬』でもよけりゃあ。その場合、死んじまいますけどね」


「お、お前……! まさか、このために執拗にボクたちに猛毒薬を持っていくように言ってたの!?」


「ご名答っ。本命はエリアボスと戦ってる時に弱体化させることだったんですが、想定外が起きた時の保険っつーわけですよ。なのに街にいてエリアボスのことがわかるわけねぇじゃねぇですか。……さてと。それじゃ、わーは帰らせてもらいますね? 進めばエリアボス、戻ればリスセフの群れ。前門の虎後門の狼、どちらを選ぶか精々悩んでください」


「『帰還の笛』!? ま、待つの――うぐっ!」


 ライザを取り押さえようとしたマーチちゃんですが、ライザはアイテムを使ってその場から姿を消し、捕らえることができずに勢い余って地面に衝突してしまいます。

 私はというと、虚ろな目で座り込んでいることしかできなくて……。



……………………



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名前:セツ      レベル:196(レベルアップまで7,059Exp)

職業:薬師(生産系)

HP:10/10

MP:1/12(+1)

攻撃:11

防御:10

素早さ:12(×1.04)

器用さ:11


装備:『寒熱対策のローブ』

   『防塵ゴーグル』

   『魔力のペンダント』

   『速さの白い靴』


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 何度見ても変わりません。

 私のステータスは弱体化したまま……。


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セツの所持アイテム一覧

・緑の魔石×109

・赤い魔石×54

・青い魔石×74

・黄色い魔石×221

・黄金の魔石×52

・???

・???

・???

・???

・???

・???

・???

・???

・???


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 持ち物も魔石以外の全てが『???』に変えられてしまっていて……。

 これでは使うことができません。

 猛毒薬を引いてしまったら終わりですから。


 大変なことになってしまいました。

 最弱化した私は進むことも戻ることもままならず、ライザの口車に乗せられて猛毒薬を持ってきてしまった所為でどれが『帰還の笛』なのか探すことも叶わない……。

 私は完全に動けない状態に陥れられていました。

 それでもマーチちゃんを、彼女だけでも安全な場所へ送り届けたくて。

 私は言いました。


「……マーチちゃん。マーチちゃん一人だけなら、帰れるかな?



――私を置いていって」



 マーチちゃん一人ならなんとかダンジョンを脱出できるかもしれない、そう思った私は足手纏いにしかならない今の私を切り捨てるように提案しました。


「な、何を言ってるの……!? お姉さんを置いていくなんて……っ!」


 そんなこと言わないで! と言いたげな表情で私を捉えるマーチちゃん。

 彼女が今の私でも一緒にいたいと思ってくれていることが伝わってきます。

 ですが、だからこそ、私は言い切りました。

 彼女を死なせたくなかったので。


「今の私は足手纏いにしかならない。私を連れて行ったらマーチちゃんが危険にさらされる。……そんなのは嫌だよ。私はマーチちゃんに生きていてほしいんだ……!」


 マーチちゃんに伝わってほしくて言葉にした思い。

 けれど――


「っ!?」


 彼女は私を抱きしめて。


「それはボクも同じなの。ボクは諦めない。こんなところでお姉さんを失わせはしないの……っ!」


 それはとても温かくて。

 涙が、溢れてきました。

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