第61話(第二章第19話) 『農家』の躍進

『「ファーマー」? なんで「農家」なの?』

「え? ……あ! えっと、違うの! ファーマシストとマーチャントの頭文字を取っただけで、『農家』にしたかったわけじゃ……!」


 マーチちゃんに指摘されて気づきました。

 『ファーマー』では『農家』になってしまうことを。

 私は、これじゃパーティ名に適さない、と思って撤回しようと思ったのだけど、マーチちゃんは、変えないでいい、と言ってきます。


「や、やっぱ違うのに……」

『ううん。「ファーマー」、いいと思うの。「農家」はボクたちの世界で重要な職業だから、ボクたちも「ギフテッド・オンライン」の世界で重要な役割を持つ、っていう願掛けってことで。ファーマシストの成分が強めだけど、このパーティは実際、お姉さんで成り立ってる部分があるから』

「マーチちゃん……」



――「ボクたちも『ギフテッド・オンライン』の世界で重要な役割を持とう」



 マーチちゃんが賛成してくれて。

 彼女の言葉は、私が薬師を魅力的な存在にしたい、という思いと重なって。

 こうして、私たちのパーティ名は『ファーマー』に決まりました。



……………………



 マーチちゃんがパーティ名の設定をしに行ってくれる(宿屋の受付へ)とのことで、通話は終わりました。


 私は考えます。

 マーチちゃんは、私のおかげでこのパーティはここまでやれることができていると言ってくれていましたが、イベントでポイントを稼いでいるのはマーチちゃんです。

 マーチちゃんが評価してくれているほど私はできていません。

 もっとマーチちゃんの期待に応えられるようになりたい――私はそう強く思いました。


 何ができるかな? と考えてすぐに閃きます。

 今は魔石集めのイベント中。

 そして今いる場所はボスがいた部屋。

 しかも、回数をこなしたからか、上位種のモンスターが現れるようになっている……。

 私にできることは、そのモンスターたちを倒して魔石を集めることだと判断しました。


 私はそう思い立って、ボス周回を再開させました。



……………………



 五の倍数の時に錫プディンではなく青錫プディンが現れるようになった、青錫プディンとの対戦があったあとにはスタンダードになった錫プディンの数が三体ずつ増えるというボス戦を消化していきました。


 二十五の倍数の時には紺碧錫玉プディン複数体と戦って。

 このプディンの動きも捉えられるようになってきたので、青錫プディンを対処していた振り回す戦法で倒しました。

 猛毒薬を節約できるようになったのはありがたかったです。

 ちなみに青錫プディンには振り回す戦法をもう使っていません。

 一体ずつ投げて倒しています。



 そんなこんなで、ボス戦六百二十五回目。

 相手は二十体の青錫プディン戦から始まりました。

 それを倒すと、四体の紺碧錫玉プディン戦に移行します。

 四体の紺碧錫玉プディンにも圧倒されなくなっていた私は、大きな問題もなくこれを攻略。

 塞がれていたゲートを通れるようにしました。


 そういえば、魔石は結構集めることができたけど、宝箱は出てないなぁ、なんて思いながらボス部屋を出ようとした時、はたと気づいて私の足が止まります。

 今回のボス戦は二十五回前、六百回目の時と内容が同じでした。

 それはつまるところ、五百回目までのセオリーなら紺碧錫玉プディンが出てくる場面であるということ。

 ですが、紺碧錫玉プディンは青錫プディンに代わってもう出てきています。

 今更、紺碧錫玉プディンが現れるとは考えにくいです。

 ということは、考えられるのは――



――更なる上位種が出てくる可能性。



 このことに思い至った時、私は身震いしました。


 しかし、何故でしょうか?

 根拠はありませんが、それに勝てたら宝箱が出現しそうな気がして。

 私は、何が出てくるかわからないけど戦おう、と思ったのです。


 この時の決断が、激しく後悔するものだとも知らずに……。



……………………



 結論から言うと、私はその相手に手も足も出ませんでした。

 相手のスピードが私では到底敵わない速さだったのです。

 その上、素早さのバフをかけてさらに素早さを上げてくるし、こっちを痺れさせて動きを封じることまでしてきて……。

 投げようにも相手を掴むこともできず、猛毒薬を掛けるのも躱されてしまいました。

 それでも諦めずに何度もタイミングを調整してやっとのことで猛毒薬を浴びせることができたのですが、その結果は『レジストされました』というアナウンス。

 私はなす術なくボコボコにされました。

 防御力があったので耐えられたのですが、バフポーションで上げていなかったら間違いなくやり直しになっていたと思います。

 相手の攻撃と攻撃の間に僅かに生じる隙をついて、『帰還の笛』を使って命からがら逃げ帰ってきた、というのがことの顛末です。


 今、私はカラカラの街の枯れた噴水の前でがくがくと震える自分の身体を抱えていました。

 そうしてしばらくの間蹲っていました。


 今までにも自分のミスで街まで逃げ帰ってきたことはありましたが、これほどまでに何もできなかったという感覚に陥ったことはありません。

 あの虹色のプディン……。

 もう二度と会いたくない、とこれまでの私なら避ける道を選んでいたでしょう。

 ですが、このゲームを始めて、マーチちゃんに会って。

 マーチちゃんともっと一緒に楽しみたいという思いが強くなって。

 私は決意しました。



――あのプディンが私たちの前に現れてもなんとかできるくらいに強くなろう、と。



 ちなみに。


 今回のボス周回で、

 緑のE魔石は65,832個(アイテムの枠を七つ使ってる)、

 錫のE魔石は20,876個(アイテムの枠を三つ使ってる)、

 青錫のE魔石は1,311個、

 紺碧錫玉E魔石は72個になりました。


 緑のE魔石と錫のE魔石を全てポイントに変換して149,336ポイント獲得しました!

 計算すると、錫のE魔石は一個で4ポイントになるようです。

 錫のE魔石の一個あたりのポイントを割り出すのに夢中になっていて『ファーマー』の合計ポイントを見るのを忘れてしまいましたが、これでイベントで上位を狙うのに貢献ができたのではないでしょうか?

 マーチちゃんを落胆させなくて済む、かな?

 もうちょっと集めようとは思いますが。

 ……ですが、その前に。


「そういえば、『製薬』でつくれるものが増えたんだっけ? 確認しておかないと……っ!」


 これを見て、私は次にやるべきことを決めました。

 生成可能なアイテムの一覧に



――素早さバフポーションが追加されていたからです。

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