第38話 姉と妹

――「私も準備が必要だし、決闘は現実で明日にしよっか。逃げないでよ、お姉ちゃんっ」



 第一層の草原エリア「始まりの街」の噴水のある広場で女性に『決闘』の約束を取り付けられたあと、私は宿屋のお部屋でマーチちゃんから聞きました。

 これまでのことを。


――彼女がこのゲームをベータテストからやっていたこと。


――職業は槍使いで『遠隔』、『貫通』、『二連撃』のスキルを持っていたこと。


――製品版が発売すると知って舞い上がって、発売日に風邪を引いてしまったこと。


――製品版をダウンロードできる状態にはしていたので妹にセッティングを頼んだこと。


――風邪が治っていざゲームを開始してみたら自分のではなく妹のキャラになっていたこと。


――だから本当は『マーチ』ではなく『イツキ』、小さくて可愛らしい女の子ではなくあの王子様然とした美しい女性がこの子の本当の分身であること。


――そうして妹にこの世界での身体を乗っ取られ、挙句の果てに『スクオスの森ダンジョン』の『犠牲通過バグ』の犠牲にされたこと。


 そのあとは私が見てきた通りでした。


 ……罰ゲームなんかではありませんでした。

 この子が生産職になっていたのは、その妹が適当につくったキャラが入ったデータとこの子のゲームのデータを差し替えたから。

 このことを知って私は自分が取った行動が如何に愚かだったのかを理解しました。

 悔やまれてなりません。



――彼女の前で同志に会えたと喜んでしまったことが。



 彼女からしてみれば一刻も早く自分のキャラに戻りたかったはずなのに……!

 私は何も知らないで……っ。


 私の顔を見て、彼女は私の思いを悟ったのでしょう。


「ごめんなさいなの。あまりにも嬉しそうにしてたから本当のことを打ち明けられなかったの……」


 彼女に謝らせてしまって胸が詰まります。


「謝るのは私の方だよ! キミに言えない状況をつくっちゃったんだから……!」


 私がそう言ってしまうと、どちらとも何も言えなくなってしまいました。



 私が掛ける言葉を探していると、それよりも先に彼女が言ってきました。


「お姉さん、



――今までありがとうございましたなの」



「――え」


 紡がれたのは元気のない笑顔での感謝の言葉。

 いつもなら素直に受け取るけど、この言葉は受け取れませんでした。

 この中に別れの意味が含まれているのが伝わってきたから。


「それって、どういう……っ」

「楽しかったの。中には危険なこともあったけど、それでもお姉さんとの冒険は新しいことばかりで毎日が新鮮で。生産職であそこまで行けるなんて思ってなかった。でも、もうお終いなの。あいつに目をつけられた。スキルを奪われたら、ボクはもうお姉さんの役には立てないの。だから、



――パーティから外して」



 直接言葉にされて、私は頭を打たれたような衝撃に襲われました。

 貢献できることがなくなるから、足を引っ張りたくないから、そう言って私の元から去ろうとしている彼女。

 私はそんな彼女を――


「……なんで? なんでそんなこと言うの?」


 責めました。


「だ、だって、決闘に負けたらスキルはいらないものと交換させられるの。そしたら――」

「違うよ。なんで負けること前提で話してるの?」

「……え?」


 彼女自身がもう諦めてしまっていることが私は認められなくて。


「そ、そんなの! ボクは商人なの! 戦闘職と戦って勝つなんて……!」

「難しいのかもね。でも、できないわけじゃない」


 決めつけるのは早計だと感じられて。


「お姉さんは知らないかもしれないけど、戦闘職のステータスの総合値は生産職の総合値のほぼ二倍なの! 半分のステータスでどうやって勝てって――」

「ステータスが全てじゃないでしょ? もしそうなら、あのボスの方が私よりも確実に上だったから、私はあのボスに勝てないってことになる。けど、そうじゃなかった。重要なのは戦い方なんじゃないかな?」

「戦い方……」


 絶望に囚われてどうしようもなくなっている彼女に私は言ってやりました。


「パーティ解消なんてしない! 私はマーチちゃんを失いたくないんだ! だから考えようよ、二人で! どうやったらあの人に勝てるのかを!」

「お姉さん……っ」


 ぶつけた私の思い。

 彼女は私の気持ちを受けて、涙を流し始めました。

 彼女の絶望を少しでも取り払うことができたのでしょうか?

 私は彼女が泣き止むのを彼女の身体を包み込みながら待ちました。



 しばらくして彼女が泣き止んで。

 何かを思いついたようにあっと声を上げます。


「……あっ。思いついたの、戦い方……っ」

「え?」


 なんと、彼女は一人で解決策を見つけることができたようです。

 力になれなかったことは残念ですが、彼女が自分で光を見つけ出したのは素直に嬉しかったです。

 だってそれは、私とまだ冒険をしたいと思ってくれているということでもあるはずですから。


「なに、なに!? マーチちゃん! ――あっ、マーチちゃんって言わない方がいいよね、ごめん……!」


 私は気持ちが逸ってしまいました。

 この子のことをマーチちゃんと呼んでしまいます。

 この子は本当はマーチちゃんではないから、そう呼ぶのは避けるべきなのに……。


 でも……。


「いいの。こっちではもう『マーチ』でやっていくって決めたから」


 彼女は、マーチちゃんは商人・マーチを続ける意思を示してくれて。

 そして、私にお願いをしてきました。


「……それで、お願いなのだけど、第二層にまた行きたいの。でも、ボクはまだ弱いから守ってほしくて。……いい?」

「うんっ!」


 私は快諾しました。

 彼女からの初めてのお願いだったので!



……………………



 土曜日。

 祝日です。

 この日からゴールデンウィークです。

 うちの学校では五月一日と二日、それに六日も休みになるので九連休となります。


 そんなゴールデンウィークの初日の朝。

 私とマーチちゃんはゲームの世界に入っていて、第一層草原エリア「始まりの街」の噴水がある広場でその時が来るのを待っていました。


「……来ないね」


 時刻は現実時間で朝の八時になる頃。

 相手が指定してきた時刻ですが、あの相手が姿を見せませんでした。


「……あの子、朝は弱いの。今のうちにアイテムの整理をしておくの」

「そうなんだ。……あっ。はい、聖水」

「ありがとなの」


 ですので私たちは戦いの準備をして待つことにしました。



 現実時間で一時間後。

 ゲームの世界では四時間の時間も遅れて相手はやってきました。


「やあやあ、よく逃げなかったね、お姉ちゃん。それじゃあ早速始めようか!」

「……早速? 四時間も待たせておいて謝罪もナシなの?」

「たったの一時間じゃん! 細かいことぐちぐち言ってると嫌われるよ!?」

「……あんたはもっと細かいことを気にした方がいいの」

「うるさい! 『決闘』を申し込む!」

「……はあ」


 謝罪も悪びれもなしに登場したマーチちゃんの妹『イツキ』。

 マーチちゃんの追及から逃れるように『決闘』を申請してきます。

 マーチちゃんの目の前に、


========


決闘を申し込まれました。


→受ける     →断る


========


 と記された画面が表示されます。

 彼女は溜息をつきながら「受ける」をタップしました。


 『決闘』が開始します。

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