第37話 四割増しの悲劇

 何はともあれ光のゲートをくぐって新エリアに到達です!

 そこは乾燥した砂漠のエリアで、草原エリア同様に街があり広場があったのですが、中央にあった噴水は枯れていて武器屋や道具屋などの家も移動式のテントのようなものになっていました。

 ゲートをくぐっただけで景色が一変したことに驚かされます。



 ちなみにですが、あのあとひたすら謝ってマーチちゃんには許してもらえました。

 ……まあ、そんなに長い時間謝ってはいなかったのですが。

 というのも、エリアボスを倒せていたということが大きかったようで、不問に処してくれました。

 倒せていてよかったです。


 また、第二層に来たことでマーチちゃんは少し変わったような気がします。

 どこが、とは明確には答えられないのですが、あえて言うなら雰囲気、でしょうか?

 前よりも明るくなった気がするのです。


 あっ、あと、ビッグスクオスが落としたのは黄色い魔石四つと経験値2ずつでした。

 ……ケチです。



 新しい街に来たということでまずは街の探索から。


 武器屋の防具がほぼ一律で39,200Gに。

 その分、草原エリアの街で売られている防具では「1」や「4%」しか上がらなかったステータスが「4」や「16%」上昇するようになっていました。

 性能はそれなりによくなっているようです。

 それとこのエリアのダンジョンでは激しい気温や砂嵐への対策が必須になるようで寒熱対策のローブや防塵ゴーグルも販売されていました。

 それらは9,800Gだったので二人分買って揃えました。


 道具屋にはR品質のアイテムが売られていました。

 ただ、全ての品質が上がっているかというとそうではなく、HP回復ポーション、MP回復ポーション、猛毒薬、麻痺薬、攻撃バフポーション、防御バフポーション、攻撃デバフポーション、防御デバフポーションの八種類だけでした。

 ……これ、私が今つくれる薬と同じですね。


 鑑定屋は『謎の』アイテムを分析して使えるようにしてくれるところらしいのですが、あいにく今までに『謎の』アイテムを保有したことがなく、今行く必要はなさそうです。

 鍛冶屋も武器や防具を強化してくれるところなのだそうですが、マーチちゃん曰く今身に着けている防具は強化してもしなくてもあまり変わらないとのことだったので、またの機会に。


 あとは宿屋。

 宿泊料金が4,200Gに!

 ……四割増しです。


 今回は私が払おうと思っていたのに、これはひどいです。

 私はお金を持っている方ではないので……。

 マーチちゃんは別に払ってもいいって言ってくれたんですけど、してもらってばかりでは対等な関係とは言えないような気がして……。

 私は提案しました。


「マーチちゃん。第一層に戻るのってアリ?」

「戻るの? うーん……。エリアボスは通常再戦できないってネットに書いてあったからナシではないと思うけど……」


 マーチちゃんに聞くと、一度次のエリアに行ってしまえばエリア間の行き来はさほど苦ではないとのこと。

 これはいい情報です。

 第一層に戻った方が安く済ませられそうだったため、私たちは一度引き返すことにしました。



 噴水があるところの真南に光のゲートがあって、それをくぐると『スクオスの森』の最上階に行けました。

 なのでそこで『帰還の笛』を使って「始まりの街」へ。

 第二層に戻る際はまた『スクオスの森』を上らなければいけないみたいですが、今後何があるかわからないわけですから「お金は大事に」です。


 そんなわけで3,000Gで懐に優しい宿屋へ!

 ……と向かおうとしたその瞬間、私たちが転移してきた場所のすぐ隣が淡く輝きだしました。


「な、なに……!?」

「新しくゲームを始めた人がいる? ……ううん、転移なの、これ」


 ちょうどこのタイミングで私たちと同じようにダンジョンから転移して帰ってくる人がいたようです。

 転移ってこんな感じで現れるんですね。

 アイテムを取り出す時みたいに人が3Dプリンターで製造されていくかのような様は見ていてシュールでした。


 それで今現れたその人なんですけど、王子様然としていて見覚えのある人でした。

 その人が言ってきます。


「……あれ? お姉ちゃんじゃん。何? もしかして気に入ったの、それ? 違うか、もう碌なスキルが残ってなくてそれしか選べないのかな?」

「……弥生……っ」


 私たちを、正確にはマーチちゃんを見て。

 その端正な顔が、馬鹿にするように歪められていて。

 マーチちゃんはその人のことを恨めしそうに睨みつけていて。

 彼女の雰囲気から私はただ事ではない気配を感じ取りました。


 ……っていうか、今この人、マーチちゃんのことをお姉ちゃんって言った!?

 この人、マーチちゃんの妹なの!?

 全然似てない……。


 私がマーチちゃんの妹と思しき人の大きな胸部装甲を見ながらそんなことを思っていると、二人の話は進んでいっていました。


「あれから結構時間が経ってるけど、二人で一緒に行動してたの? 生産職同士で妙な絆に目覚めちゃったとか? 私からしたら傷の舐め合いにしか見えないけどね。お姉ちゃんたちがまた生産職を選ばないといけないほどに碌なスキルが残ってないならなおのこと死なないように気をつけなきゃなぁ」

「……ボクは死んでないの。このお姉さんに助けてもらったから。取れるスキルがどうなってるかなんてボクは知らないの」

「はぁ? 何言ってんの? 薬師があの巣を攻略できるわけないじゃん。つくならもっとマシな噓をついてよ」

「嘘なんてついてないけど、信じられないなら別に信じなくてもいいの。ボクたちは次の攻略に向かうから。失礼するの」


 こんなやり取りがあって、マーチちゃんは彼女の妹との話を打ち切り、女性の脇を通って宿屋へと向かって行きます。

 私はマーチちゃんのあとを追いました。

 そんな私たちの後ろからマーチちゃんの妹が呼び止めてきます。


「……待って。次の攻略に向かう!? それってダンジョン一つを制覇したってこと!? 薬師と商人のゴミパーティの分際で!? あり得ない! いったいどんな手を――そうか! スキルか! いいスキルを持ってるんだ! 『マーチ』をつくる時にスキルをやけくそでAIに決めさせたら、まさかこんなことになるなんて! しっかり確認しておけばよかった……! メイ! そのスキルちょうだい! ううん! 元々そのキャラは私のなんだから私が持つべきスキルでしょ!?」

「な、何言って……っ!」

「……え? えっ?」


 私には彼女が何を言っているのか一つもわかりませんでした。

 いきなり『マーチ』のスキルは私のモノだ、とか言い出して……!

 マーチちゃんも困惑している様子で……。


「ふ、ふざけないで……! やっと……! やっとこれでやっていく覚悟ができたのに、またボクから奪うつもりなの!?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ! 返してって言ってるだけじゃん! ……あっ。でもたぶんいいスキルって一個くらいだよな……。なら――」


 抗議するマーチちゃん(私にはその意味まではわからなかったけど)に不敵な笑みを向ける女性。

 そして彼女は宣言しました。



「『決闘』だよ、メイっ!」

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