第36話 第一層のエリアボス2

「れ、レジストって!?」

『猛毒状態に耐性があり、猛毒状態になることを防がれました。相手は猛毒状態になっていません』

「そ、そんな……っ!」


 「声さん」に教えられます。

 このエリアボスに私の猛毒薬は効かないと。

 その証拠にモンスターの上に表示されているゲージには黒い部分が一切なく、真緑を保っていました。

 あの凶悪だった黒く輝くプディンですら一瞬で屠れていた「猛毒薬L Lv:4」を使ったというのに……っ。


 呆然とする私の耳にマーチちゃんの叫ぶ声が入ってきました。


「お姉さん、左!」


 彼女の警告で言われた方向を見るとビッグスクオスがその長い首で私を横なぎにしようとしていました。

 地面からは距離があったため、とっさにしゃがんで躱します。

 素早さバフポーション様様です。

 使っていなかったら私の首はもがれていたことでしょう。

 そのくらい間近に迫ってきていました。



 猛毒薬が効かなかった……。

 こういう存在がいるということに、私をこれまで助けてくれていた唯一といっても過言ではなかった攻撃手段を封じられたことに遣る瀬無さを覚えさせられます。

 それと同時にあの時、転移装置を探してこの部屋を確認しようとした時にここに入らなかった自分の判断を褒めたい気持ちにもさせられました。

 あそこでここに入っていたら、間違いなく死んで一からやり直しになっていたでしょうから。


 ……プランBに移行しないといけないようです。

 私は一度嫌な気配を感じてこの部屋に入るのをやめた経験があって、その時の感覚から猛毒薬だけで大丈夫か? という不安があったから、一応別の戦略も立てていました。

 その要となるのがお店で買い込んだ薬たちです。


 まず重要なのは相手に攻撃を当てられるようにすること。


「えい!」


 私はポーチから麻痺薬を取り出してビッグスクオスに向けて投げつけました。

 しかし、何かを感じ取ったのかボスモンスターは私がポーチからアイテムを取り出している最中に逃げる準備を進めていたらしく、上手く躱されてしまいます。

 麻痺薬は相手に当たることなく地面に衝突してそれが入っていた容器はパリーンッと高い音を響かせて割れてしまいました。


「ああっ!」


 麻痺薬を無駄にしてしまい悔しさが込み上げてきます。

 ボスモンスターはというとクモの糸を使って天井に移動していました。

 十数メートルはありそうです。

 これでは攻撃も麻痺薬の投擲も当てられません……!


「く……っ!」


 更によくないことは続きます。



――ポトッ、ポトッ



「カァーーーー」

「カァーーーーーーーーッ!」

「な――っ!?」


 上から小さいスクオスが二体降ってきたのです。

 このボス戦、ボス一体だけではないようです。


 猛毒薬をつくってEにまで昇華し、振りかけて対処しましたが、そうしているうちにもポトッ、ポトッと追加で降ってくるスクオスたち。

 上を見るとボススクオスが嘲笑うかのように見下ろしてきていました。


 私は猛毒薬をつくって対応しようとしましたが、不味いことに気づきます。

 このままでは黄プディンの粘質水が底をついてジリ貧になることが想定されるのです。

 しかも、猛毒薬を増やしてくれるマーチちゃんは部屋の入口付近にいて、私がいるのは部屋の中央辺り。

 離れてしまっているため、猛毒薬の数を確保できない状況でした。

 不幸中の幸いだったのは狙われているのがマーチちゃんではなく私であるということ。

 私はまだ素早さに補正が掛かっていますからスクオスたちの攻撃を避けるのは不可能ではありませんでした。


 ただ、その補正には時間制限が存在します。

 ずっと小さなスクオスたちの相手をしているわけにはいきません。

 薬の効果が切れる前にボスと決着をつけなければ敗色は濃厚になってしまいますから。


 私は小さなスクオスたちの攻撃を躱しながら天井にいるビッグスクオスの方を見ました。

 正直、私の攻撃を届かせられる算段はなかったので、素早さバフポーションの効き目がなくなるまでそこにいられると厄介だなと思いながら。

 けれど、私の危惧していた通りにはなりませんでした。

 その代わり、それ以上になってほしくはなかった展開に向かって行っていましたが。

 ビッグスクオスは移動していました。



――入口の方へ――。



 あれはあろうことか標的をマーチちゃんに変更したのです。


「マーチちゃん……っ!」


 私はマーチちゃんを助けに向かおうとしました。

 それを小さなスクオスの大群が阻もうとしてきます。


 その数十体以上。


 気づかないうちにそれほどまでに増えていました。

 ああもう! 邪魔です!

 私は空になったフラスコに猛毒薬をつくってそれを昇華して振り撒きました。

 空きになっていたフラスコは四つですし、MPの都合上Lまでにしか品質を向上できません。

 私の素早さは上がっていましたが、倒すまでにかかる七秒は変わらないためどうしても時間がかかってしまいます。

 その間にボスは糸を使ってマーチちゃんの背後へと迫ってしまいました。

 微動だにしないマーチちゃん。

 大きなスクオスがその嘴を彼女めがけて突き刺そうとしました。

 私は叫びます。


「マーチちゃん!」


 次の瞬間――



「キェ!?」



 ビッグスクオスの素っ頓狂な声が室内に響きました。

 攻撃をやめて辺りを忙しなく見渡しているビッグスクオス。

 何故そんなことになっているのかというと……。



――マーチちゃんが忽然と姿を消したから――。



 スキル・『石像化』――

――発動すると敵味方両方から認識されなくなるスキル。


 これは、彼女がつくってくれたチャンスです!


 いろいろな感情が湧いてきて身体は止まりそうになりましたが無理やり動かして、私はビッグスクオスとの距離を瞬間的に詰めました。

 その際自分に全ての攻撃バフポーションを使い、そして相手に麻痺薬とありったけの防御デバフポーションを浴びせます。


「せいやああああっ!」


 ビッグスクオスの首を掴み、



――上げた攻撃力で脚に力を入れ、腰を入れ、ビッグスクオスの身体を背負いあげて地面に投げつけました。



「キ、キェエエエエッ!?」


 悲鳴のような声を上げるビッグスクオス。

 HPゲージは一気に黒に染まり、黒い粒子となって消えていきます。

 すると残っていた小さなスクオスたちも同じように消えていきました。

 分身だったのでしょうか?


 そうして現れる光のゲートと、入るとダンジョンの入口まで転移できる光の柱。

 それを見て私は実感しました。


「これでエリアボスは倒したってこと……? よ、よかったぁ……!」

「……全然よくないの」


 私がホッとしてその場にへたり込むと上の方から彼女の声がしてきました。

 俯き気味の私の視界には彼女の足が捉えられています。

 顔を上げるとそこにはすごく怖いオーラを発する彼女の後姿が……。


「お姉さんにもボクがどこにいるのかわからなかったと思うから仕方がないとは思うの。けど、ビッグスクオスの首が長くなかったらボクの身体はあいつの下敷きになってたの。そうなっていたらボクは間違いなく死んでたの。まさかお姉さんに殺されかけるとは思わなかったの」


 ……そう。

 ボスに狙われていたマーチちゃん。

 彼女の背後にあった壁から……。

 そのボスを私は背負うようにして投げ飛ばしたので、彼女の真横にボスの首が落ちてきた形になっていたのです。

 そして彼女の真ん前にボスの身体が落ちたことに……。


「ご、ごめんなさいぃぃぃぃっ!」


 彼女の言う通り、ボスの首があと一メートル短かったら私は彼女を殺すことになっていました。

 私はマーチちゃんに平身低頭謝ることになるのでした。

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