第31話 『交渉』

 道具屋に移動しながらマーチちゃんの話を聞きました。


――お金がなくて一度宿屋のお部屋を追い出されちゃったから、『帰還の笛』を無断で一つ換金してしまった、とか。


――アイテムの枠がいっぱいになったからいらないアイテムを街の外まで捨てに行った、とか。

(この世界は、指定の位置にないアイテムは時間で自然消滅するゲームの世界です)

(現実世界でやっていたら完全に違法です)


 そんな会話をしているとあっという間に道具屋に到着します。

 宿屋と道具屋はそれほど離れていないのですぐでした。


 お店に入って、マーチちゃんは言ってきます。


「それじゃあ、お姉さん。これを」


 私の方を向き、『帰還の笛』を渡そうとしてくるマーチちゃん。

 私は首を傾げました。


「え? なんで?」

「なんでって……。これがお姉さんのものだからなの。お金になっちゃうと渡したりもらったりできなくなるから」


 マーチちゃんが説明してくれます。

 お金はアイテムのように譲ったり引き取ったりすることはできない、と。

 なるほど……。

 だから渡せる状態である時に渡そうとしているんですね。

 ……でも。


「ううん。それは私のじゃなくてマーチちゃんのだよ。マーチちゃんが増やしたんだから、それはマーチちゃんが受け取る権利があると思う」

「えっ? で、でも……」


 私はマーチちゃんがお金を得るのが正当だと主張したのですが、そのマーチちゃんが自分が受け取ることがさも悪いことのように捉えているようです。

 私はなんとかして彼女に正当な報酬を受け取ってもらうべく、考えて閃きました。


「……あっ! いちいち私に渡すのって手間じゃない? 私、十個くらいしかアイテムの枠余ってないから、めちゃくちゃ時間かかると思うよ?」

「うっ。そ、それを言われると……」


 私がこう言うと、彼女は渋々といった感じで自分が売却することを受け容れました。

 納得してやってくれているというより、諦めてやるしかないって感じでしたが。


 そうして彼女のアイテムはこうなります。


========


・帰還の笛×1


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 所持アイテム一覧にびっしりとあった『帰還の笛×9』が綺麗になくなりました。

 売った数はなんと351個。

 3,510,000Gになるはずでしたが、受け取ったのはなんと――



――4,914,000G。



「あ、あれ!? なんか多くない!?」

「……あっ! 忘れてたの! ボク、今商人だったの……!」


 渡された額に私たちは目を丸くしました。

 私がどうして!? と頭の中を混乱させていると、マーチちゃんが答えに辿り着きました。

 金額が増えた理由、それはマーチちゃんが商人だったからだそうです。



――商人のジョブスキル・『交渉』――

 アイテムを買う時に四割引きで買え、アイテムを売る時に四割増しで売れるスキル。



 要するに取引をしたのがマーチちゃんだったから1,400,000Gも多くもらえたとのことなのです!

 これはお得ですね!

 誰が商人を残念役職呼ばわりしたのでしょうか!

 これならアイテムの売り買いはマーチちゃんに一任した方がいいかもしれません!


 ……あっ、この道具屋の店主さんにはちょっと、いえ、かなり申し訳ないことをしてしまいましたね。

 なんか気持ち悲しそうな顔をしているように見えました。

 NPCということなのでたぶん気のせいだとは思うのですが。


 あと、マーチちゃんも顔色を悪くさせていました。


「……こ、これじゃ死ねないの……っ」


 一気に大金を手にしてしまった重圧プレッシャーに押し潰されてしまったみたいです。

 大丈夫だよ、マーチちゃん。

 私が強くなって絶対に守るから……!



 私もアイテムを整理させてもらってこんな感じに。


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・帰還の笛

・特大フラスコ(聖水)6/16

・フラスコ(猛毒薬E)

・フラスコ(猛毒薬E)

・フラスコ(黄プディンの粘質水)

・フラスコ(黄プディンの粘質水)

・フラスコ(黄プディンの粘質水)

・フラスコ(黄プディンの粘質水)

・フラスコ(黄プディンの粘質水)

・ビン(プディンの粘質水)

・緑の魔石×40

・赤い魔石×44

・青い魔石×60

・黄色い魔石×200

・黄金の魔石×52

・回復草

・猛毒草

・猛毒草

・猛毒草

・猛毒草

(二ページ目へ)


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 マーチちゃんが増やして宿屋のお部屋の中に放置していたのを回収した『帰還の笛』七個と黄色い魔石を手持ちが二百個になるまで(144個)売りました。

 私はマーチちゃんに売ってもらった方が得なのでは? と判断して彼女にアイテムを渡そうとしました。

 ですが、この思い付きは通用しませんでした。

 彼女には「MPを消費しないとバッグに入れられない」という制約があったからです。

 MP20である彼女に150個ものアイテムなんて持たせられません。

 獲得金額アップは断念しました。

 それでも84,400Gにはなったので充分です。



……………………



 軍資金を手に入れた私たちは武器屋へ。

 そこで『守りの白衣』と『速さの白い靴』、『ニットのフライトキャップ』を買おうとしたのですが、マーチちゃんが買ってくれました。

 私は遠慮したのですが、こんな大金持ってると落ち着かない! と、それを言われてしまっては断れません。

 マーチちゃんも『守りの外套』、『安全靴』、『安全帽』、『守りのペンダント』を購入して装備を整えていました。

 防御全振りのマーチちゃんです。


 私・セツの所持金:86,900G(道具屋の時から変化なし)。

 マーチちゃんの所持金:4,874,840G。


 彼女が『守りのペンダント』を装備したので『魔力のペンダント』は私の手に戻ってきました。


 武器屋を出る時にマーチちゃんが、全然減らない……! と嘆いていたのが印象的でした。



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名前:セツ     レベル:22(レベルアップまで26Exp)

職業:薬師(生産系)

HP:34/34

MP:48/48(+1)

攻撃:25

防御:30(×1.04)

素早さ:44(×1.04)

器用さ:51


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名前:マーチ    レベル:10(レベルアップまで26Exp)

職業:商人(生産職)

HP:27/27

MP:19/19

攻撃:25

防御:24(×1.16)

素早さ:17

器用さ:29


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 準備万端です!

 始めた当初は、いきなり難関のダンジョンに放り込まれてどうなることかと思いましたが、ようやく本当の意味でこのゲームを始められそうです。


「よろしくね、マーチちゃん!」


 私が改めてそう言うと、彼女は溜息をついてから返しました。


「……ボクがつくったキャラじゃないのに今更やめられそうにないの。……予定じゃなかったけど、生きようとはしてみるの」


 ……そうでした。

 彼女は罰ゲームか何かで商人をやらされているのでした。

 けれど、その顔は呆れつつも、ちょっと楽しそうで。

 こんな私にもう少し付き合ってくれるそうです。

 その瞬間、私の目標が決まりました。

 彼女が一からやり直すことになってもまた商人になりたいと思えるほどに、彼女との冒険を素晴らしいものにしよう――と!



 まず、その第一歩ですが……。


「それで、これからどうするの?」


 聞いてきたマーチちゃんに私は答えました。


「そうだなぁ……――あっ! やりたいことがあるんだ!」

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