第29話 宿屋で金策

 宿屋の前でマーチちゃんと落ち合った私はそのまま宿に入りました。


 このゲームの宿屋の仕組みは、3,000G払うことでパーティでお部屋を一部屋借りることができ、宿屋のお部屋にいる間はHP・MPの自然回復力が16倍になるという体力・気力を回復させるための施設だそうです。

 あと、他のプレイヤーさんとは隔絶されるとのことで、身内だけの秘密の会話をするのに使われる施設でもある、とか。

 ……あっ、十二歳以上がプレイできるゲームなのでいかがわしいことはできません(やろうとすると強制的にログアウトさせられるみたいです)。


 マーチちゃんが3,000G払って二人でお部屋へ。

 中はベッドが二つと丸いテーブルがあるだけの簡素なものでした。


 お部屋に入って早々、マーチちゃんがアイテムを渡してきました。


「まずはこちらをお返しするの」


 そう言って彼女がテーブルの上に置いたのは、私が逃げる手段として渡していた『帰還の笛』でした。


「えっ!? それはマーチちゃんにあげたつもりだったんだけど……!」


 それはお近づきの印にマーチちゃんにプレゼントしたものです。

 ……ま、まさか、いらなかったのでしょうか!?

 私としては喜んでもらえると思って渡したのですが……。

 返されるのはちょっとショックです。


 考えてみれば当然かもしれません。

 あれ、私が一回使っちゃったものですし……。

 要するに間接キスになるわけで……。

 ゲームだから、実際に行っているわけではないから! という理論でセーフだと私は判定したのですが、考えが甘かったみたいです。


 私がしゅんとしていると、彼女は言ってきました。


「あっ、いえ……。いらないってわけではなくて。……見せた方が早いの」


 そうして、バッグから何かを取り出したマーチちゃん。

 彼女の、その手にあったのは……



――『帰還の笛』――。



「ええっ!?」


 私は見間違いかと思って視線をテーブルの上の方と彼女の手の方の区間を行ったり来たりさせます。

 ですが、見間違いというわけではなく、その両方に『帰還の笛』は存在していました。

 私が考えに考えてひねり出した答えは、マーチちゃんもこのアイテムをどこかで手に入れたのではないか、というものでした。


 私のハッとした表情で読まれたのでしょう。

 マーチちゃんに先んじて否定されます。


「ちなみにだけど、こんなレアアイテム、そうそう落ちないしダンジョン内に最初から置いてある宝箱の中にあるものでもないの」

「ええっ!? あれ? じゃあ、どうして……――あっ」


 そうじゃないと言われて最初は混乱しましたが、すぐに別の答えに辿り着きました。

 もう一つ入手できそうな手段があるじゃないですか、このゲームには!


「もしかして、スキル?」

「……そうなの。



――『ポケットの中のビスケット』――バッグに入れたアイテムを自動でMPを消費してその数を一つ増やすスキルなの。MPがなくなるとバッグにものを詰められなくなるっていうとんでもないデメリットもあるけど……」



「っ!」


 それがマーチちゃんが持っていたスキルでした。

 MPは消費するけどアイテムの数を増やすことができるスキル。

 それで『帰還の笛』を増やしていたのです!


「す、すごいよ、マーチちゃん! これで私たち二人とも生き延びれる確率が上がるんだね!」


 私は「二人とも」というのが嬉しくて、マーチちゃんの手を取って喜びました。

 彼女は努めて笑顔をしていましたが、どこか少し困っているようでした。

 私がどうしたのか尋ねると、彼女は答えました。


「? どうしたの?」

「……えっと、その。……実は、増やそうと思って増やしたわけじゃなかったの。ボク、このスキルの存在をすっかり忘れてて気づいたら増えてただけで……。だから、その、お礼を言われることは何も……」


 ……私、わかりました!

 この子は自分に自信がないようです。

 だから、結果を出せても自分の実績だとは思えない……。

 すごいことをしているのに。


 私はどうしたら彼女が自分に自信を持ってくれるのかを考えました。

 そしてピーンときます。


「……ねえ、マーチちゃん。



――『帰還の笛』、どれだけ増やせるかな?



実は私、今5,500Gしか持ってないんだよね。これじゃ装備も買えなくて……」

「……それって売るってこと? このレアアイテムを?? ……ええええっ!?」


 私が思いついたこと。

 それは『帰還の笛』の量産でした。

 これは売れば10,000Gするアイテムなので、七つほど増やせれば私とマーチちゃんの装備を揃えることができるはずです。

 お金の問題を解決できるとなれば、彼女の自信にもつながるでしょう!


 あとは彼女のやる気次第ですが……。


「……レアアイテムを売るっていう発想はなかったの。もったいない気がどうしてもしちゃって。でも、この身体はアイテムを増やせるから……。それに、ちょっと面白そうなの……」


 大丈夫そうですね。

 というわけで金欠解消作戦、スタートです!



 ……と、その前に。


「あっ、これも返し忘れてたから返すの。バッグに仕舞っちゃってたから増えちゃったけど……」


 バッグの中を見ていたマーチちゃんがフラスコを取り出してテーブルの上に並べます。

 私がつくった猛毒薬Eが入ったフラスコを


「おお……! フラスコが増えた……っ! 嬉しい!」

「……なんか『帰還の笛』が増えた時よりも喜んでる気がするのだけど……」

「それはそうだよ! 私のメインウエポンだからねっ」


 増えたフラスコもありがたく頂戴しました!


 そしてこれらを受け取った時に私はハッとします。


「あっ、そうだ、マーチちゃん。パーティなんだからゲットしたアイテムは分配した方がいいよね? えっと、黄色い魔石が114個と黄金の魔石が12個かな? ……はいっ!」


 私はちゃんと分けた方がいいと思って取り出しながら提案したのだけど……。


「黄金の魔石!? そんなのあるの!? で、でもボク、バッグに入れると勝手に増えちゃってMPがなくなるから今は入れられないの! 『帰還の笛』を増やさなきゃだし……!」

「……あっ」


 断られました。

 ごもっともな理由で。

 ……そうでした。

 マーチちゃんのスキルにはMPが必要で、MPがなくなるとバッグにものを入れられなくなるという誓約があったのでした……。

 私は大分考えが足りていなかったようです。

 魔石は私のポーチに戻しました。



 それからマーチちゃんは『帰還の笛』を出し入れして四つ増やしました。

 彼女の今の最大MPは19で、『帰還の笛』を複製するのに必要となるMPは「4」だそうです。

 あと「1」あればもう一つつくれそうなので、私は『魔力のペンダント』を彼女に貸すことにしました。

 これで五つ目が生成可能になります。


 宿のお部屋にいるので三十分毎にMPが「16」回復ずつします。

 そのため三十分で四つずつ増やしていける計算になります。

 マーチちゃんの最大MPが今は「20」なので三十分ごとにできれば、という話なのですが。

 「20」以上は回復しないので、一時間以上間をあけてしまうと三つ分のMPが漏れてしまうということになるのです。

 ただ、マーチちゃんにも現実でやらなければならないことがあるはずですので、三十分おきにやるというのは実質的に不可能でしょう。



 現実時間で十八時になったため、私は晩ご飯のお手伝いをするためにログアウトしました。

 もう少しやる、と言って残ったマーチちゃんに、無理しないようにね、と伝えて。


 この時、私は選択を誤ったのかもしれません。

 ……マーチちゃん、やらかします。

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