第25話 バッグを背負った少女4

 びっくりしました。

 現実世界で四十分くらい経ってログインしたら、なんか見たことある光景が飛び込んできたんですから。

 それを見た瞬間、私の脳裏にあの言葉が再生されたんです。



――『ここのボス戦は難易度が高い割にはガバガバで、戦闘になれば階段へのゲートが開いちまうんだよ! ボス部屋に人がいる状態で外から壁に衝撃を与えてやれば、この入口は勝手に閉まってボス戦が始まる! 要するに、誰か一人を犠牲にすれば他のメンバーはボスと戦わずしてダンジョン踏破が可能になるってわけだ!』――



 壁に衝撃を加えているということは、部屋に誰かいるっていうこと?

 この人たちはその誰かに負担を押し付けて自分たちは楽をしようとしてる人たち?

 中に入れられた人はきっと犠牲になってもいいって思われた人で……。

 私もやられたことを、今まさにやられようとしている人がいる。


 その人のことを放っておくなんて、そんなこと私にはできませんでした。



 王子様みたいな格好をした人の脇を通り抜けて私はボス部屋に入ります。

 直後、出入口は封鎖され、外の会話が聞こえてきました。


「今誰か通って行かなかった!?」

「薬師に見えたが……。ここでログアウトしてたのか。バグるかもしれねぇのによくやるよ」

「なあ? それよりさっさと上ってしまわないかい? ボス部屋にいる奴が負けると俺たちが戦わなきゃいけなくなるんだろ?」

「そうだな。再び階段前が封鎖されればなんのために犠牲を強いたのかわからん」


 駆け出して消えていく足音。

 私たちのことは見捨てて階段を上っていったみたいです。

 あいつらみたいに。


 なんて、悠長なことを考えている場合ではありません!

 少女が黄プディンに襲われていました。


「い、いやっ!」


 彼女の悲鳴を聞いて私は駆け出しました。

 手に猛毒薬L(Lv:2)を出して、少女を手に掛けようとしていた固体にぶっかけます。

 少女を背に庇いながら。


 二秒で黄プディンAはパーン!

 相変わらず恐ろしい威力です、猛毒薬L(Lv:2)!

 私は黄プディンの粘質水を回収しながら、そこで初めて周囲を確認しました。


「……あれ? 五体?」


 周りに残っていた黄プディンは五体。

 さっき倒したのを含めると六体しかいなかったことになります。


 よくわかりませんがラッキーでした。

 今更この数に臆したりなどしません!


 MPもこの数になら余裕で持ちます。

 この黄プディンは倒すと黄プディンの粘質水を四つも落とすのでその全てを私は拾い、すかさず猛毒薬を製薬、昇華を行いました。

 生成した四つの猛毒薬Lを四体に使用していきます。

 七秒でパパパパーン!

 ドロップ品を集めて猛毒薬を製薬し、最後の一体にも掛けます。

 戦闘終了です。

 12の経験値を獲得しました。

 ……あれ?

 なんか少なくなってませんか?



 ……。

 おっと、いけない!

 少女が怯えたままです!

 私は必死に頭を守ろうとして蹲っている少女の元に駆け寄りました。


 最初は気づかなかったのですが、その姿をじっと見て思い出します。

 この子、街で会った子です。


「……キミ、武器屋で会った子だよね? 大丈夫?」

「お、お姉さん!? ボクのことを心配してくれたお姉さんなの!? どうしてここに!? ううん! 逃げてほしいの! 薬師ではビッグ黄プディンの巣は無理なの! 早く!」


 ……あれ?

 ここって入ったら敵を倒し切らないと出られなかったと記憶してるんですけど……。


 私にしがみつくようにする彼女。

 辺りを警戒しているところを見ると私を守ろうとしてくれているようです。

 敵は全滅させていますし、もうその必要もないと思うんですけど……。


「……あ、あれ? ビッグ黄プディンは……?」


 周囲を見渡した少女が、敵がいなくなっていることに気づきます。


「あっ、黄プディンなら倒したよ? だからもう安心なんじゃないかな?」


 何が起こったのかわからないといった様子の彼女に私は説明しました。

 ただ、納得していただけなかったようで……。


「……は?」


 何言ってんの? みたいな顔をされました。

 私は少しでもこの子を安心させようとして言っただけなのに……。

 なんで?


「い、いやいや! お姉さん、薬師なの! 薬師があれを倒せるはずないの!」


 ……ああー……。

 わかりました。

 この子も薬師を最弱と認識してるんですね……。


 私はフラスコ(黄プディンの粘質水入り)六つを彼女の前に掲げます。


「倒せちゃったものは倒せちゃったし……。これ、戦利品。……とは言っても強いのは私じゃなくて私がつくったアイテムなんだけどね。……あっ、ステータス見てみる? 少しは証明になるかな?」


 回収したドロップアイテムを見せても訝しげな表情をされたので、私はそれらをポーチに仕舞ってステータス画面を開きました。

 普段は他人には見られないようになっているようですが、見せてもいいと念じると見えるようになるようです。


========


名前:セツ     レベル:21(レベルアップまで72Exp)

職業:薬師(生産系)

HP:33/33

MP:4/46(+1)

攻撃:24

防御:28

素早さ:41

器用さ:49


スキル:『薬による能力補正・回復上限撤廃』

    『ポーション昇華』☆☆

    『有効期限撤廃(自作ポーション限定)』☆☆


ジョブ専用スキル:『製薬』(ジョブクラス:R)


========


「レベル21!?」


 少女が目を見開きました。

 信じられないものを見るような目をしています。


「ど、どうなってるの……!? 薬師はレベル2になるのも大変だって聞いたの……! 薬師が使えないのは有名で誰もパーティを組んでくれないから一人でレベルを上げなきゃなんだけど、戦う手段がない最弱職だから……! それなのに……っ!」

「おおう……。辛辣」


 詰め寄ってくる少女。

 結構な物言いをされたけど、これがこの世界の薬師の立場なのは知っていたから怒る気にもなりませんでした。

 もう慣れたって感じです。


 私は持っていた聖水と猛毒草、それに先ほど回収した黄プディンの粘質水と黄色い魔石を合わせて猛毒薬を製薬し、残っていたMPをつぎ込んでEにまで昇華しました。

 それを少女に渡して話します。


「これを使っただけだよ。私特性猛毒薬!」

「……ふぇあっ!?」


 猛毒薬を受け取った少女は変な声を漏らしました。

 ぎこちない動作で私を捉えてきます。


「ど、どうしたの?」

「ど、どうしたのじゃないの! なんなの、このアイテム!?」


 そう言って、今度は少女が画面を見せてくれました。

 そこに記されていたのは――


========


猛毒薬(E)

……使用すると一秒につき最大HPの4%のダメージを与える。

  耐性ができてしまうため同じ対象に何度も使用することはできない。

  ×有効時間は四秒 → ○有効時間:無制限

  ×使用期限は購入してから四日 → ○使用期限:無制限


========


 私のスキルでつくられた猛毒薬Eの詳細でした。


「おおう……。なにこれ、やばっ」

「なんで他人事なの!?」

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