第23話 バッグを背負った少女2

~~~~ バッグを背負った少女視点 ~~~~



 風邪を引いてしばらくゲームができなかったの。

 その期間は大体一週間。

 体調が回復したから、お母さんにゲームをやってもいいって許可をもらってボクはヘルギア(フルフェイス型のゲーム機)をつけた。



 ボクがやっているのは『ギフテッド・オンライン』というフルダイブ型MMORPG。

 このゲームが好きでベータテストからやっていたの。

 その時から一緒に旅をしてくれる仲間もいて。

 現実ではあまりうまくいかないボクだったけど、この『ギフテッド・オンライン』の世界でのボクは輝けていたの。


 本当は大人なんじゃないの? って揶揄われるだけだったこの身長もゲームの世界では活かせていたから。

 レベルが上がるにつれて早く動けるようになって、この身体が取り柄になるんだってことを知って。


 気づけばボクは、『ギフテッド・オンライン』で有名なプレイヤーになっていた。

 ゲーム内でのボクは『細剣の貴公子・イツキ』って呼ばれるようになっていたの。

 ……女の子なんだけど。



 製品版が発売されるって聞いて本当に嬉しかった。

 でも、舞い上がりすぎちゃって発売当日に風邪を引いちゃった。

 ダウンロードはできる状態にはしていたんだけど、思ったよりも症状が重くなっちゃってゲームができる状況じゃなくなっちゃって……。


 だから、今日が製品版としては初めてのログイン。

 ボクはドキドキしながらゲームの世界を訪れたの。



『第一層・草原エリア 始まりの街』



 ベータテストで何回も見た街の光景だったけど、製品版って言うだけでボクの目には違って見えた。

 新鮮に見えたの。

 しばらく見て回ってからベータテストの時に組んでいた仲間たちと連絡を取ってみようと思って動き始めて一歩目。

 ボクは――



――こけた。



 まだ体調が万全じゃなかったのかな? って思って立ち上がろうとした時、おかしなことに気づいた。

 装備が、ボクの装備じゃなかったの。

 ベータテストをやっていたら、ベータテストで手に入れていた装備は引き継げるってあったのに。

 仲間から真面目さ半分、面白さ半分でプレゼントされた物語に登場する異世界の王子様が着るような白い服じゃなくなっていた。

 ボクが着ていたのは――



――オーバーオール。



 それに何かを背負っている感覚もあって……。


 ボクはハッとしてステータスを開いた。

 それを見て愕然とした。



========


名前:マーチ    レベル:1

職業:商人(生産職)

HP:11/11

MP:10/10

攻撃:11

防御:10

素早さ:10

器用さ:11


スキル:『収納上手×1』

    『石像化』

    『ポケットの中のビスケット』


ジョブ専用スキル:『交渉』


========


 ……商人!?

 ボクはフェンサーだったはずなのに……!


 それにこんなスキルも知らない!

 ボクのスキルは『遠隔』、『貫通』、『二連撃』なの!


 それに名前!



――マーチって誰!?



 ボクは混乱させられたの。

 なんでボクはボクじゃない誰かになっているのか?

 何もかもがわからなくて……。


 ボクはこの人物が誰なのか確認しようと思った。


「そ、そういえば! 武器屋にプレイヤーの姿が確認できる鏡があったの……!」


 このことを思い出したボクは武器屋に駆け込んだ。


 入ろうとしたところで、一人のお姉さんにぶつかりそうになっちゃって戸惑ったけど。

 そのお姉さんは、青い髪のボブカットで尖った耳をしていたの。

 たぶん水の精霊を選んでいるんだと思う。

 身長はボクよりも高かったけど、今のボクがどれくらいなのかわからないから判断はつかなかった。

 けど、ちょっと垂れた目と眉をしていて、睫毛は長くて、頬にはそばかすがあって、おっとりとした優しそうな印象を受けるお姉さんだったの。


 お姉さんがお店から出るのを邪魔しちゃったからとっさに謝って、ボクは鏡の前に移動した。

 そしてまた愕然。


「……っ! こ、これって……!」


 そこに移ったのは、大きな目と、小さな鼻と口、耳の上辺りで短めのツインテールに結い、百四十センチほどの身長の人物。

 髪の色が違っていたのと、耳が尖っていたのが邪魔をしてすぐには気づけなかったけど、ボクはこの子のことを知っていた。

 そう。

 よく知っていたの。

 だってこの子は、



――リアルのボクの妹だったから――。



 確かにあの子もこのゲームをやりたいって言ってた。

 ボクがやってるのを見て、やろうとしたの。

 でも、その時にはもうベータテストの応募は終わってて、あの子は製品版からやることになった。

 それでどうして商人なんて選んだんだろう……?

 生産職は不遇だって教えてあげたのに……。


 まだわからないことは多いけど、一つだけはっきりしたことがある。

 風邪を引いた僕の代わりにあの子がセッティングなんかをしてくれていたの。



――その時にボクのゲームのデータを抜き取ったんだ!



 ボクがあの子になっているのがその証拠。

 そういえば、あの子もこのゲームをやるってさっき言ってたの!

 早く見つけ出して『ボク』を返してもらわないと……!


 切迫した表情をしていたからだと思うの。

 さっきのお姉さんが心配して声を掛けてくれた。


「その、どうかしたの?」


 って。

 でもボクは、これはボクたち姉妹の問題だからボクが解決しなくちゃいけないって思った。

 だから、大丈夫って返したの。


 ボクがそう言うと彼女はお店を出ていった。

 その時、ボクは見たの。

 ……ううん、見つけてしまった。

 お姉さんが開けた扉の奥に――



――『ボク』がいるのを。




 その顔は嗤っていた。

 やめて。

 ボクの顔でそんな顔しないで……っ!


 ボクが固まっていると、『ボク』の姿をした妹がお店の中に入ってきた。


「……弥生やよい、でしょ? なんでこんなことを――」

「チッチッ。今はボクがイツキだよ? マーチちゃん」

「……っ! ふざけないでほしいの! 返して! 『ボク』を返してよ!」


 やっとのことで発した言葉に、返ってきた言葉で彼女が弥生であると確信した。

 ボクはカッとなった。

 それはボクの分身であって、弥生のものではないのだから。


 彼女の腕を掴んで迫るボクに、彼女はこう言ってきたの。


「だってさぁ、製品版を買って始めたのはいいんだけど、スキルはあまりものみたいなヤツしか選ばせてもらえなかったんだもん~。その所為でレベル10まで行ったのにやられちゃったしぃ。お姉ちゃんのキャラなら私の無念を晴らせるかなって! だからお願い! これで『スクオスの森』を攻略させて!? やられっぱなしは趣味じゃないっていうのに、あまりもののスキルじゃリベンジなんていつになるかわからないじゃん! 私をすっきりさせて! お願い!」


 と。


「……ええー……」


 これを拒むのは難しかった。

 妹は絶対お母さんに言う。

 そうしたら、ちょっとくらいいいじゃない! ってお母さんに怒られて、ゲームが一週間禁止になる……。

 ある程度の妹のわがままは聞かないといけない。

 妹の面倒はボクが見ないといけない。

 だってボクは、



――お姉ちゃんだから。



「わ、わかったの……。で、でも、終わったらちゃんと返してね?」

「うん! ありがと! お姉ちゃん!」


 ボクは妹に『ボク』を貸す選択をしたの。

 これが、ボクの運命を大きく変えるとも知らずに……。

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