第8話 罠

 『スクオスの森』のボス部屋に、私は足を踏み入れました。

 やっぱりドロップ品は彼らにお渡ししよう、そう考えながら歩いていた時のことです。


 ――ドガァアアアアンッ!


 後方からものすごい音が鳴り響いてきたのです。

 私が振り返ると、そこには武器のハンマーでこの部屋の入口付近の壁を叩いているシーヴァさんの姿が。


 え? あれはいったい……?


 わけがわからずに立ち尽くしていると、突如として消えていた茨が私の通ってきた道を塞ぎ始めました。


「え!? ちょ、ちょっと待って――痛っ!?」


 私はこの部屋の入口に急いで戻りましたが、間に合いませんでした。

 閉ざされた入口。

 他に出口は見当たりません。

 それだけではなく。

 もっと大きな問題が私の身には起きていて。


「な、なんで――!?」


 地面から――


 デザートのプリンのような見た目をした、けれど、ゲーム内の私の背よりも少し大きいサイズのぷよぷよとした物体がその姿を現したのです。


 その数、三体。

 私は頭の中がこんがらがりました。


 バグでボスはいないはずじゃ……!?


 もう、パニック状態です。

 そんな私に、茨の向こうから高笑いが聞こえてきました。


「アーハッハッハッハッ! いやー、助かったぜ、セツ! ボスの相手をしてくれてなぁ!」


 それはトイドルさんの……いえ、トイドルの声でした。


「ぼ、ボスが、いる……っ! な、んで……っ! なんであんな嘘をっ!?」


 私は叫びます。

 説明がほしくて。


「決まってんだろ!?



――だ!



ここのボス戦は難易度が高い割にはガバガバで、戦闘になれば階段へのゲートが開いちまうんだよ! ボス部屋に人がいる状態で外から壁に衝撃を与えてやれば、この入口は勝手に閉まってボス戦が始まる! 要するに、誰か一人を犠牲にすれば他のメンバーはボスと戦わずしてダンジョン踏破が可能になるってわけだ!」

「そ、そんな……っ!」


 返ってきた言葉は、信じられない言葉でした。

 ひどすぎます。

 私は、嵌めらたのです。


 思い返してみれば、怪しい点はいくつもありました。


 会話の最中に妙な間があったり。

 、と強調して言っていたり。

 怪我は見当たらず、自然回復の機能もあるのに、ポーションを持っていないか、と聞いてきた時、持っていないって返したら、小さく、聞き取れないほどの音量で舌打ちをしていたり。


 違和感は、いくつもあったのに。

 疑うことなく容易く信じてしまっていました。


 私は大バカ者です……っ。


「お前、どうせ狙われてんだろ!? このダンジョンの入り口にいた剣士にさぁ! だったら、俺たちが有効に活用してやろうってなぁ! この鬼難ボス戦で何度『帰還の羽』使って街に逃げ帰ったことか! その悪夢とも今日でおさらばだ! 薬師でも役に立てることがあってよかったなぁ!? けど、もう役に立つことなんてねぇから、さっさと死んじまえよ! 早めにやり直せることを俺たちに感謝するんだな! アーハッハッハッハッ!」

「……っ」


 耳障りな音が遠ざかっていきます。

 不快。

 本当に不愉快っ。

 あの人たちにも、そして。

 こんな状態になるまで陥れてしまった自分自身にも……!



――ヒュンッ


 私が後悔の念に駆られている時に、視界の端で何かが動きました。

 それはプリンのカラメル部分のような色合いをしている、モンスターの頭でした。

 まるでヘッドバッドでもするかのように振り回してきます。


「……っ!」


 私はなんとか反応することはできました。

 ですが、躱しきれずに掠ってしまいます。

 思った以上に衝撃は強くて、私の身体は弾き飛ばされました。


「ひゃっ!? うぐ……っ!」


 地面に転ばされた状態のまま、とっさにステータスを確認しました。


========


名前:セツ

職業:薬師(生産系)


HP:4/11

MP:11/11

攻撃:10

防御:10

素早さ:11

器用さ:11


========


 残りのHP:4……!?

 掠っただけで!?

 もう一度攻撃を受けてしまったら――なんて、考えるまでもありません……。



――ゲームオーバー――



 その言葉が脳裏にちらついて身体が震え始めた時。

 また視界に、モンスターの影が入ります。

 転がって、間一髪のところで、一体の伸し掛かりのような攻撃を回避しました。

 体勢を立て直して、三体を視野に収めます。


 どうすればこの場を切り抜けられるのかを考えますが、出口はありません。

 逃げ回っていれば助けは来るのでしょうか?

 ……いいえ。

 全ての方向が茨の壁に囲まれているというのに、どうやってこの中に入ってくるというのでしょうか。

 それに、トイドルは言っていました。


 「何度『帰還の羽』使って街に逃げ帰ったことか!」――と。


 詳しくはわかりませんが、街に逃げ帰ったとのことですから、恐らくはダンジョンを脱出するためのアイテムなのでしょう。

 わざわざそれを使わなければいけないということは、決着がつくまで茨が消えることはないものと考えられます。

 逃げ続けるというのは得策とは思えません。


 戦うしか、ないようです。


 戦えるでしょうか?

 私に……。

 誰かと争うのが嫌で、戦闘職を避けていた私に。


 絶望しか、ありませんでした。



 薬師は弱いと、誰もが言っていたことを思い出します。



――「戦闘能力のない生産職ゴミだ!」


――「手間かけさせんなよ、チクショウ! 設定リセットさせてやる!」


――「君、生産職でしょ? どうしてダンジョンに入っちゃったの?」


――「あー……。一番の外れ職だものね、それ」


――「薬師は攻撃力が弱いそうなので、自分では戦えず……」


――「薬師はこのゲームでは需要がなく、一番の不遇職とされていて、もう誰も就いていないという話です」


――「薬師を続けていても利点なんてありませんから、あなたも早くやり直すことをお勧めしますよ?」


――「それに、やり直した方がきっと君のためになるから」


――「いい職に就けたら、その時はうちのギルドにおいで。僕がマスターに掛け合ってみる」


――「は? 薬師ぃ? やり直した方がいいぞ、お前」


――「あのねぇ……! 私たちは上を目指しているの! お荷物なんて抱えていられないのよ!」


――「……ほっ、四人いてよかった」


――「薬がつくれるって? 薬つくるために魔石一個やるくらいなら、その魔石店で売って金にするわ!」


――「リアル少女なら、助けてやってもいいぜ? くひひ」


――「入口にいた奴が薬師の女の子をPKしたら報酬を出すとか言ってたな……。それはお前のこと――って、おい、待て! 逃げんな!」


――「あなたを助けたら私まで狙われそうだから! 薬師を助けただけでそれは割に合わないよ!」


――「どうせ狙われてんだろ!? このダンジョンの入り口にいた剣士にさぁ! だったら、俺たちが有効に活用してやろうってなぁ!」


――「薬師でも役に立てることがあってよかったなぁ!? けど、もう役に立つことなんてねぇから、さっさと死んじまえよ! 早めにやり直せることを俺たちに感謝するんだな!」



 今まで受けてきた言葉が、脳内で再生されました。

 それらを思い返した瞬間、私は思ったのです。



――諦めてたまるかっ!――と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る