第3話 鬼畜仕様

――『第一層・草原エリア』


 私は本当の意味でゲームの世界に降り立ちました。


 目の前には噴水がある大きな広場があります。

 木を基調とした木造の家屋が円をつくるようにして並んでいる小さな町。

 見渡すと、武器屋、道具屋、宿屋、鑑定屋、鍛冶屋の看板がその建物の扉の上の部分から吊るされています。

 ちょっと奥の方には大きな建物が見えて、そこには本のマークが刻まれていました。

 図書館かもしれません。

 どうやらここが「始まりの街」のようです。


 現実と見間違えるほどに精巧にできている景色に、思わず見とれてしまいました。


 ……おっと、いけない!

 こんなことをしてたら、またあゆみちゃんに怒られちゃう!


 この『ギフテッド・オンライン』……というか、『DtoD』のゲームは大体そうなのですが、スマホやタブレットとリンクさせることができるみたいです。

 なので、私はそれをやっていて、あゆみちゃんもやっているそうなので、あゆみちゃんに連絡を取ってみることにしました。


「もしもし? あゆみちゃん?」

『おお! やっと入ってきたか! おっせーよ! あと、この世界では「ロード」だからな! 危ないから本名で呼ぶなよ! 「始まりの噴水」のとこだな!? すぐ行ってやるから待ってろ!』


 繋がりました。

 現実世界ではとうとう繋がらなかったのに、ワンコールで出ました。

 あれはなんだったの? と、考えたくなります。

 そして。


――ぷつっ


 切られました。

 あゆみちゃんの要件が終わるとすぐこれです。

 あゆみちゃんは自分勝手なんじゃないか、ってちょっと思います。



 五分から十分ほど待って、私はあゆみちゃんの姿を捉えました。


 ちなみに、この世界の時間は現実世界の四倍の速度で流れているそうです。

 ですから、この世界で一日経っても現実世界では六時間しか経っていない計算になります。

 それでも、体感としてはこの世界の一日も現実世界の一日と同じような長さに感じるとのことです。

 技術の進歩が実現させた、とか。


 話を戻します。


 私のところにやってきたあゆみちゃんですが、遠くの方から私のことをじろじろと見るだけです。

 私が、どうしたんだろう? って思っていると、あゆみちゃんは鬼のような顔になってこっちに向かってきました。


「刹那ーッ!」

「ひゃわっ!? な、なに……!?」


 ……私に禁止しておきながら、本名で呼ばれました。


 えっ? なに!? 私、なにか怒られるようなことした!?


 と、私が困惑していると、あゆみちゃんは怒っている理由を言ってきました。


「お前、何勝手なことしてんだよ! 回復職になれ、って言っただろ!?」

「……あー……」


 ……なるほど。

 あゆみちゃんがどうしてご機嫌斜めなのか理解しました。

 確かに私、言われた通りにはできてないもんね……。

 私の服装は、回復職の初期装備ではなかったため、あゆみちゃんにはすぐに気づかれたようです。


「ご、ごめんね? で、でも、回復職? って人気なのか、取ってほしいって言われたスキル、全部ダメだったから……。で、でも! これでも回復は――」


 私が、役職を『これ』にした私の機転の良さを褒めてもらおうとした時。


「この馬鹿が! 死ね! 死んで、オレが言ったとおりに設定し直せ!」

「ひゃい!?」


 あゆみちゃんは腰に付けていた剣を鞘から抜いて振りかざしてきました。

 ええ!? 幼馴染にそんなことする!?


 私は怖くなって、身体を僅かに背けて目を閉じることしかできませんでした。

 それだけで精いっぱいでした。


 やられる……っ!


 そう思いましたが、痛みは感じません。

 恐る恐る目を開けてみると、私にあたる寸前のところで剣はガチガチと音を鳴らしながら止まっていました。

 剣を鞘に納めたあゆみちゃん。

 それを見て、私はあゆみちゃんが許してくれたのかと思いましたが、違いました。


「くっそ! ここPK禁止エリアだった! すぐ町を出て、こいつを殺し……いや、PKの称号は何かと不便になる……。そうだ! こいつをダンジョンに放置すればいい! 戦闘能力のない生産職ゴミだ! 勝手に死ぬだろ!」

「っ!?」


 顔は怖かったし、物騒な言葉も続けて使っていました。

 まだ私をやる気だったのです。

 そして、伸ばされるあゆみちゃんの手。


「え、えっと? あゆみちゃん? な、なにを……っ」

「手間かけさせんなよ、チクショウ! 設定リセットさせてやる! オラ、行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待っ――ふぎゅっ!? いだ、いだい!? ぢょっど、やめで! あゆみぢゃん……!?」


 私はあゆみちゃんに襟の後ろの部分を掴まれたのです。

 そしてそのまま引っ張られて、引き摺られるようにして街を出されました。



……………………



 私を連れ出したあゆみちゃんは北へと進んでいきます。


 あゆみちゃんが言うには、このエリアには四つのダンジョンがあって北が一番難しいダンジョン、とのこと。

 ちなみに、一番簡単なのは東で、次いで南、西が二番目に難しいダンジョンだそうです。

 あと、このエリアにあるダンジョンはどれも四階まである、とか。


 え!? なんで!? なんで一番難しいとこに行こうとしてるの!?


 ……簡単です。

 あゆみちゃんは私にゲームオーバーになって死んでほしいからです。


 このゲームは、ゲーム内でプレイヤーがやられた場合、設定からつくり直さなければいけないという「鬼畜仕様」というものらしいのです。

 あゆみちゃんは私にどうしても回復職をやってもらいたいようで、鬼になっていました。

 ……鬼畜ってたぶん、あゆみちゃんみたいなことを言うんじゃないかな?


「ちょっと、やめて! 放してよ!」


 私はなんとか首が締められないように襟の位置を調整することはできていました。

 ですが、それだけです。

 あゆみちゃんの力は強くて、振り解けません。

 このゲームは服を脱ぐ、なんてことはできませんから、私はあゆみちゃんからの拘束を抜け出せませんでした。


 そうして連れてこられたのは、このエリアで最も難しいと言われているダンジョンの中。


「ほうら、離してやるぞ」

「え――っ」



――『草原エリアダンジョン4・スクオスの森』



 そこに私は放り込まれました。


 入り口には立ち塞がるあゆみちゃん。

 剣も構えていて、とてもではありませんが、そこを突破するなんてできそうにありません。

 更には、私の方に近づいてくるモンスターの気配が……!


 いや! 死にたくないっ!


 私は、このエリアでの最高難易度であるこのダンジョンを進まざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。

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