第56話 ペキ怒る
ペキ「ちょ、待つでござるよ!」
だが、片腕を押さえて怯むマツに対し、問答無用で攻撃を続けるナージャ。
後退しながら残る片手で防御しようとするマツであったが、あっさりバックラーを横に叩かれ、開いた隙に木剣を叩き込まれる。
が、木剣はマツの体に当たる直前、横から飛んできた
主の危機を察知したバリーさんが援護射撃をしたのである。
バリー「シャー!」
バリーさんが瞬時にナージャとマツの間に割って入って威嚇する。
ペキ「バリー殿ナイスでござる」
ナージャ「…ちっ」
ペキ「ナージャ殿、ちょっとやり過ぎではござらんか!?」
ナージャ「模擬戦なら怪我はつきものよ。そのためにちゃんとポーションも用意してあるんだし」
ペキ「先程のマル殿とヨサクル殿の時とは随分対応が違うでござる」
ナージャ「当然でしょ。というか、この程度なの? マスタースナフの推薦する新人だから、もっとやれるかと期待したのに?」
ペキ「テイマーに従魔の使用を禁じておいての本気の模擬戦は、ただの弱いもの虐めではござらんか?」
ナージャ「はいはい、ゴメンナサイネー、大人げないことをシマシター」
スナフ「…ナージャよ…。さっきは試験無しの昇級がどうとか立派な事を言っていたが、もしかして、私情が入ってないか?」
ナージャ「なんの事だか…?」
スナフ「ナタリーの事だよ」
ペキ「ナタリー殿……あ、そういえば、ナタリー殿、また余計な事を吹聴しておるようなのでござるが…」
スナフ「何だ?」
ペキ「ナイレン殿に聞かれたでござるよ、
スナフ「ああ…口止めしたんだがな…実は、ナタリーはギルドを辞めてしまってな」
スナフ「辞めた者について、ギルドから何か強制する事はできないからな」
ペキ「なんと…」
ナージャ「…そうよ、ナタリーは辞めてしまったわ。せっかく冒険者ギルドの受付嬢になれて、とても喜んでいたのに…」
ナージャ「聞けば、ペキとマツとかうい二人組の冒険者にハメられて受付から外されて掃除婦にさせられたそうじゃない? 屈辱でもう続けられない、辞めるしかないって泣いていたわよ」
ペキ「別にハメた覚えはないでござるよ。ギルド職員の守秘義務を守っていなかったのはナタリー殿でござる」
スナフ「心を入れ替えて、しっかり雑用係を勤められば、そのうち受付に戻すつもりだったんだがな…」
ナージャ「それをちゃんとナタリーに言った?」
スナフ「言った……と思うが…? …言ってなかったか?」
ナージャ「知らないわよ」
スナフ「知らんのかい」
ペキ「ナージャ殿はナタリー殿とは……?」
ナージャ「ナタリーは私の従妹よ。できの悪い従妹だけど」
マツ「なんと…そうだったんですか」
ペキ「マツ殿。腕は治ったでござるか?」
マツ「ええ、ポーションを飲んだらすっかり。ちゃんと腕の位置を元通りにしてから飲めって言われて、ちょっと痛かったですけどね」
ナージャ「怪我なんて
ペキ「怪我は治るかもしれんでござるが、痛い思いは残るでござるよ?」
ナージャ「冒険者なんだから、痛みにも慣れておく必要があるでしょ! ちょっと怪我した程度で戦えなくなるようじゃ、生き残れないわよ!」
ペキ「それはそうかもしれんでござるが…」
スナフ「言ってる事は間違いではないが、それはEランクへの昇級試験で要求する事ではないだろう。もういい、お前は試験官としては不適格だ。試験は中止だ」
ナージャ「あら、じゃぁ試験を受けていないそちらのペキ君は失格って事で」
スナフ「もともとペキの昇格は俺の判断で決まっていた事だ、その決定は変わらない」
ナージャ「やっぱり依怙贔屓での昇格って認めるって事ね?」
スナフ「だから違うといっとろーが」
ナージャ「言いふらしてやる」
スナフ「お前も守秘義務違反をするのか?」
ペキ「…もういいでござるよスナフ殿。拙者も試験を受けるでござるよ、もちろん試験官はナージャ殿で構わんでござる」
ナージャ「あらいいの? 手加減しないわよ?」
ペキ「あからさまでござるな。だが理不尽に少々拙者も腹が立ってきたでござる。拙者も本気を出すでござるよ」
ペキ「試験官を倒せば、文句なく合格でござろう?」
ナージャ「はん、駆け出しの冒険者が言うわね。多少腕に自信があるのかも知れないけど…Cランクに勝てるとでも? いいわ、思い切り痛い経験をさせてあげる」
ペキ「当然、魔法も使わせてもらうでござるよ、本気、全力とはそういう事なのでござるから」
スナフ「…もちろんだ、思い切りやっていいぞペキ。ポーションは用意してある」
ナージャ「いいでしょう、私も本気を見せてあげる」
試験場の中央で向き合ったペキとナージャ。
次の瞬間、超高速の踏み込みでナージャが打ち込んでくる。魔力を使った身体強化である。ナージャは魔法は使えない代わりに、身体強化が得意なのであった。
そして、その高速の攻撃に反応できなかったペキ。ペキは剣術は素人なので仕方がない。
だが、ナージャの木剣はペキに当たる前に止まった。寸止めではない。ペキが空間魔法で身体の周囲に張っていた障壁に当たったのである。
ペキ「街中での
空間魔法で壁を作れる事は、街中の主に建設作業的な依頼で分かった事なのだ。
そして、次の瞬間、ナージャの持っていた木剣はナージャの手の中から消える。ペキが【収納】してしまったのである。
触れていないと【収納】できない制約があったが、魔力壁に触れているモノであれば収納出来るのも街での
ナージャ「…っな?!」
ペキ「収納魔法でござるよ」
ナージャ「収納魔法にそんな使い方があるなんて…」
ペキ「反撃でござる」
だが、ナージャはペキの攻撃をあっさりと躱し飛び退く。
ナージャ「武器を奪ってから攻撃するなんて卑怯よ!」
ペキ「魔物にも卑怯だと言うでござるか? 先程、マツに片手を失ったぐらいで魔物は待ってくれないとか言っていたような?」
ナージャ「…それは…」
ペキ「それとも負けを認めるでござるか?」
ナージャ「そんな事……素手だって負けないわよ」
ならばと、攻撃を続けるペキ。
だが、剣術素人のペキの攻撃はなかなかナージャには当たらなかった。ナージャはペキの攻撃を躱しながら、ところどころで反撃にパンチキックを入れてくるようになる。
距離感覚の鋭いペキはある程度は交わしたが、身体強化を発動したCランクは手強く、何発かもらってしまった。(と言っても体表近くに魔法壁を張って防いているのでノーダメージであるが。)
訓練場内を縦横無尽に動き回る二人。そのうち、ナージャは訓練場の模擬武器がストックされている箱が近くにある事に気づき、そこに飛びついた。
箱に入っていた木剣を掴み、ペキに向かって投げつける。
それを収納してしまうペキ。だが、それにペキが気を取られた瞬間、ペキの死角へと高速移動しながらナージャは攻撃に入っていた。手には道具箱から抜き取った木剣……ではなく、いつのまにか真剣が握られている。道具箱の脇に立てかけてあった自分の剣を見て思わず抜いてしまったのである。
そのまま愛剣でペキに斬りかかるナージャ。
だがペキも気づいており、ナージャに向かって剣を振り下ろす。どうせナージャの攻撃は空間魔法の壁に当たって止まるのだからと防御を考えない捨て身の攻撃。
だが、ナージャはニヤリと笑う。ペキが魔法で妙な壁を使って攻撃を防いでいるのをナージャも気づいている。それを真剣ならば切り裂けると踏んだのである。
案の定、空間魔法で作った壁はナージャの真剣で切り裂かれてしまった。そのままペキの体に真剣が当たる。
どうせ怪我してもポーションで治るのだからとナージャは手加減なしの本気の斬撃である。
だが…
ナージャの剣は空を斬り、背後から振り下ろされたペキの木剣が頭部を強かに打ち据えたのであった。
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