第48話 男には、負けると分かっていても戦らなければならない時がある

マル「たっか! 駆け出しの冒険者にそんなの買えるわけねぇだろ!」


ペキ「金なら拙者が貸してもいいでござるよ?」


マル「ああん? なんでそんなにしてくれるんだよ?」


ペキ「ま、これも何かの縁ということで…」

ペキ「拙者、(ダビルヴァイパーの討伐報酬がまだあるので)今は少し金持ちなのでござる。この後も(ゴブリンキングの討伐報酬も)入ってくる予定もあるでござるし」

ペキ「それに、別にあげるとは言ってないでござる。ちゃんと返すでござるよ?」


だが、シダンが自分の部屋から剣(ヴァイパーキラー)を持ってきてくれたところで、その話は全部必要なくなってしまった。


剣を見たマルは、ガックリ項垂れる。


マル「ばかやろ……そんなでけぇ剣、俺が扱えるわけねぇだろ……」


ヴァイパーキラーは“大剣”という部類の剣である。ペキが持ってもかなり長く重い。ペキより身長が低いマルにはさすがに長過ぎるというものであろう。


ペキ「だが、そのアンバランスさが良いでござる。魔力で膂力を強化すれば持てるのでは?」


マル「俺はそんなに魔力操作は上手くないし、そもそも魔力もあんまりねぇんだよ…」


一応マルも試しに持ってはみたものの、やはり振り回せる気がしないのであった。


ラダン「ああ、だったら、これを格安で売ってやるよ。俺の新作、試作品だが…」

ラダン「実はな、その剣にインスパイアされて、短剣を作ってみたんだ。その剣ほどではないが、対蛇用特効が付与してある」

ラダン「この街の周辺は蛇が異様に多いからな。商人や女子供の護身用にいいんじゃないかと思ってな」


ペキ「おお! さすが! これならマル殿にピッタリでござろう!」


手に取って構え、振ってみるマル。


マル「……いいかも?」


ペキ「いくらでござるか?」


ラダン「金貨五枚……と言いたいところだが、特別に銀貨五枚にしてやるよ」


※銀貨十枚で小金貨一枚になる。(この世界では金貨と言えば小金貨をさす事が多い。)


ラダン「試作品第一号だからな。それを使ってみて良かったら、みなに宣伝してくれればいい」


マル「そ、それくらいなら…なんとか払えるかな?」

マル「今夜食べる飯代も残らねぇけど…実家に帰ればなんとかなるか」


ヨサクル「それでチキンスネークを狩りにいぐべ! 銀貨五枚くらいならすぐに稼げるだよ」


マル「え…? ああ…そう、だな……」


力ない自信なさげな返事であったが、蛇狩りに付き合ってくれるとヨサクルが言うので、マルは全財産の銀貨五枚を支払い短剣を買った。


(余談だが、ヴァイパーキラーはシダンが覚悟の証として売りたいというので、ペキが買い上げる事にした。ペキには鬼切丸があるので不要なのだが、この周辺には蛇系の魔物も多いので、いつか役に立つ事もあるだろうと収納にしまっておくことにしたのだ。)


精算が終わり、店を出たマルは、そのままヨサクルに引き摺られるように再び森へと連れ出されていく。


だが、遠目にそれを見ていた者が居た。マルの幼馴染、マルをずっと虐めていたサバルである。


サバル「…あれ誰だ?」


オーリ「ん? 誰の事だ?」


サバル「あれだよ、マルの腕を掴んで引っ張っている…」


オーリ「知らない顔だ、多分最近冒険者になった新人だろう」


ダワー「ああ、あれは確かヨサクルとか言う新人だよ。訛がぬけねぇ田舎モンらしいぜ」


※オーリとダワーはサバルのパーティの仲間である。


オーリ「ダサい新人同士、お似合いじゃねぇか? なぁサバルよ?」


サバル「…ああ、そうだな…」


    ・

    ・

    ・


夕方になり、ヨサクルとマルが冒険者ギルドに戻ってきた。だが、そこに居合わせたサバルが早速マルを誂い始める。


サバル「おいマル! 相変わらず蛇を怖がってんのか?」


マル「サバル……」


ヨサクル「なんだおめ? なんが用か?」


サバル「俺はサバルだ、新人。お前は…?」


ヨサクル「オラはヨサクルだよ。用がないならあっち行ってくんろ」


サバル「お前…マルのお守りは大変だったろ? 大方、蛇を見て逃げ回ってたんじゃねぇのか?」


だが、マルとヨサクルはお互いの顔を見て、ニヤリと笑った。


マル「へん! 今までの俺だと思うなよ! ほれ!」


マルがバッグから蛇を取り出して見せる。


ヨサクルの指導が良かったのか、新しい短剣が良かったのか、ずっとブツブツ言っていた暗示が効いたのか……マルも何匹かチキンスネークを狩って帰る事ができたのだ。


サバル「お前……蛇嫌い、克服できたのか……」


マル「へへん! もう馬鹿になんかさせねぇぞ」


マルは誇らしげだった。


マル「ヨサクルのお陰だよ! ありがとうな!」


ヨサクル「いんやぁオラはなんもすてね、マルが頑張ったからだぁ」


サバル(…ちっ、くそが…)


サバル「…しかし、酷ぇ訛だな? 一体どんな田舎から出てきたんだ?」


マル「サバル! 俺の事を馬鹿にするのはいい! でもヨサクルの事を馬鹿にするのは許さねぇぞ!」


サバル「なっ…生意気なんだよ新人のくせに!」


ヨサクル「新人に絡む先輩でのも十分みっどもねぇど?」


サバル「新人は新人らしく、先輩に対する礼儀ってものがあるだろうが?」

サバル「ヨサクルとか言ったな? これから訓練場に来い! 先輩が冒険者のいろはってやつを指導してやるぜ!」


マル「ヨサクル、相手にしなくていい。行こう」


ヨサクル「ええど、訓練場さ行ごか」


マル「ヨサクル!」


ヨサクル「偉そうな先輩が、どの程度んもんか、見てみてくなっだだ」


サバル「いい度胸だ!」


『お、ガキ大将サバルが新人と模擬戦だってよ』

『サバルの奴、まぁた弱いもの虐めか?』

『どっちが勝つか賭けようぜぇ』


時刻は夕方、依頼を終えて戻ってきた冒険者達がたくさん居たので、すぐに賭けが始まってしまった。娯楽の少ないこの世界では、冒険者同士の喧嘩も娯楽の一種として楽しむのだ。


マル「おい、ヨサクル! やめとけって…サバルはDランクだぞ! 性格は悪いが、腕は立つんだ。新人の俺達じゃ敵わねぇって」


ヨサクル「たどえ勝でなぐとも、やんなきゃなんねぇ時もあるだ」


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