第46話 トラウマ

足元の蛇に腰を抜かしてしまうマル。


だが、その蛇をヨサクルがひょいと頭を掴んで摘みあげてしまった。


ヨサクル「チキンスネークだべな。おらの村の近くでも良く見かけただ」


マツ「頭に赤いトサカがついていますね、なるほど、それでチキンスネークというんですね?」


ヨサクル「それだけでねぇ、焼いて食べるとニワトリみてぇな味がするだよ」


マル「お、お前! それを近づけるな! どっかにやれ…! いや、逃がすとまた襲ってくるから、そのまま絞め殺せ!」


ヨサクル「この蛇には毒もねぇんだし、そんなに怖がらんでも…」


マル「お、俺は…蛇はダメなんだよ!」


ペキ「マル殿は蛇が生理的にダメなタイプでござるか…。拙者は足がないのは平気でござるが、足がたくさんあるのはちょっと好きではないでござる」


マツ「…そう言えば、酒場に居た冒険者が言ってましたよね、マル殿は子供の頃、蛇に噛まれたとか…?」


マル「噛まれたんじゃねぇ、サバルの野郎にけしかけられたんだよ!」


マツ「サバルとは、酒場に居た冒険者?」


マル「そうだよ! アイツは俺より年上だから……ガキの頃の年の差ってのは大きいからな。生まれつきのクソガキ! クソガキオブクソガキ! まだ幼かった俺は、アイツに散々イジメられたんだよ…」


ペキ「その時に蛇を…?」


マル「ああ、けしかけられて、噛みつかれて、かなり酷い怪我をしてな。まだ傷が残ってる。さすがにその時はサバルも大人達に酷く怒られて、少しは大人しくなったけど、すぐに元通り。その後もイジメは変わらなかった。本当にクソヤロウだよっ!」


マル「そしてそれ以来、俺は……すっかり蛇が苦手になっちまった…。蛇を見ると噛まれた時の痛みを思い出して体が竦んじまって…」


マル「…それでも最近は平気になってきてたんだけどな。俺が冒険者になるって言ったら、サバルの野郎、妨害のために蛇を集めて俺に投げつけてきやがったんだ。まぁ、俺が冒険者になるのを恐れてたんだろうけどな」


ヨサクル「でも…たすかこぬ辺にはチキンスネークが多いって研修で聞いたべな…」


マツ「ああそういえば、この周辺には蛇系の魔物が多いって言ってたような気がします」


ヨサクル「しっかし…蛇を見てそげなビビリまくってだら、冒険者なんかできんでねか?」


マル「う、うるせぇな! 分かってるよ! 少しずつ、克服しつつあったんだ。それを、サバルのクソ野郎…」


マル「ってうわぁ何すんだお前っ!」


ヨサクルが手に持っていたチキンスネークをマルの眼前に突き出したのだ。


ヨサクル「ダイジョブだぁ、既に殺してある。死んだ蛇から徐々に慣らしていったらえんでねかと思っでな。


マツ「なるほど…」


ヨサクル「死んだ蛇ならこわぐねべ?」


ヨサクル「それども、冒険者さあぎらめるだか?」


マル「……」


マルはしばらくフリーズしていたが、ゴクリと喉を鳴らすと、恐る恐るヨサクルが持つ蛇に近づいて行った。


ヨサクル「ほれ、動かねぇから触っでみ」


マル「……!」


ヨサクル「無理だか……ま、しょうがねぇか」


ヨサクルは蛇を自分のバッグにしまおうとしたが…


マル「ちょっ…と待って!」


ヨサクル「?」


見ると、マルが恐る恐る手を伸ばし……ちょんと蛇に触ったが、すぐに手を引っ込めてしまった。


ヨサクル「よぐやったべ。こわぐねぇべ? まぁちょっとずつ慣らしていったらいいべ」


マツ「それ・・は、持って帰るんですか?」


ヨサクル「ああ、後で食べようと思っでな。串に挿して焼いだらうめんだ。街の屋台にも食材として売れるしな」


ペキ「あの屋台の焼き鳥、鳥じゃなくて蛇でござったか…」

マツ「なるほど…」


その後もチキンスネークを見かけると、ヨサクルが捕まえて殺し、バッグに入れていく。時々マルの足元に現れてマルが悲鳴を上げるが、即座にヨサクルが退治してくれる。そのうち、マルはヨサクルにくっついて歩くようになっていた。


マツ「…私、思ったのですが……」


ペキ「なんでござるか?」


マツ「マルさんは、自分に暗示を掛けてみるのもいいんじゃないかと思いまして」


ペキ「暗示?」


マツ「ええ、催眠術、というほどのものでもないですが、自分で自分に毎日繰り返し言い聞かせるだけでも効果があるそうなんですよ。私が努めてる会社に、車に酔いやすい人が居ましてね。自分が運転する車にすら酔ってしまうほどだったんですが、毎日、朝晩、鏡を見ながら『自分は乗り物には酔わない』って言い聞かせ続けたら、治ったそうなのですよ」


ペキ「なるほど…。マル殿なら、『蛇の前でビビらない』みたいな感じでござるかな」


マツ「どんな蛇が前に現れてもビビらない、という感じが良いかと」


ペキ「良いアイデアでござる。が、ただ、ひとつ問題があるでござるな」


マツ「なんですか?」


ペキ「この世界、どうやら鏡は高級品のようでござるよ?」


マツ「あ~それは、水に映る顔とか、最悪なければ目と閉じてでもいいんじゃないですかね?」


マル「そんなんで効果…あんのかよ…」


マツ「タダでできるんですから、騙されたと思ってやってみたらいいじゃないですか」


マル「そ…そうだな…」


ペキ「そういえば…ラダン殿の店に、蛇に強い剣があったはず…」

ペキ「マル殿は、蛇に強い武器を持ったら、少し気持ちも強く持てるのではござらんか?」


マツ「ヴァイパーキラーですね。でもあれば、ラダンさんの息子さん、ええとシダンさんでしたね。そのシダンさんの剣のはずでは」


ペキ「しかし、そのシダン殿は冒険者を辞めると言っていたでござる。ならば、売ってくれないにしても、貸してくれないか交渉の余地はあるでござろう」


マツ「マルさんのお陰で薬草もバッチリ収穫できましたし戻りましょう」

マツ「街に戻ったら、ラダンさんの店に行ってみますか、マルさん?」


マル「……」


ヨサクル「…ほれ、どすんだ? せっかくだから、いぐだけいっでみたらどだ?」


マル「…ヨサクルがそう言うのなら…」


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