第6話 鬼が鯉に変化 鯉喰神社
川が赤く染まると聞いて、旧約聖書で神がエジプトに対してもたらした十の禍いのひとつ「ナイル川の水を血に変える」を思い出した。神の禍いに匹敵する迫力あるエピソードだ。
血吸川が赤いのはこの地域で製鉄が盛んだったことから、鉄分を含む水のためと言われている。ここにも温羅のもたらした製鉄技術と繋がりが見られる。
川の色が温羅の流した血の色で赤く染まったとした発想が面白い。ちなみに、現在の血吸川を覗き込んでも赤いという印象は無く、心なしかホッとした。
目に傷を負った温羅は鯉に姿を変え、川を下って逃げようとする。それを追う命は鵜に姿を変えて食らいつく。そして、ついに温羅を捕らえることができた。
ここに来て、温羅と吉備津彦命の戦いは桃太郎のおとぎ話を凌ぐ壮大な物語に発展する。矢と岩の飛距離も相当非現実的だが、なんと動物に化けてしまった。鯉になって喰われたという温羅を祀る神社が倉敷市矢部にある鯉喰神社だ。
矢喰宮から鯉喰神社まで、約四キロ。当初の目的を思い出し、歩いて向かうことにした。足守川に沿って土手を歩くと、紫陽花が淡い紫色の花を咲かせていた。川には鴨が遊び、時折鯉が跳ねる水音が聞こえる。
途中で徒歩を選択したことを若干後悔しそうにもなったが、鯉喰神社の看板を見つけたときには、あと少しでゴールだと心が弾んだ。苦労して到達すれば、感動も大きいというものだ。
鯉喰神社は足守川の土手沿い、住宅地の中にひっそりと佇んでいた。史跡巡りをしようと調べてみなければ、見向きもしなかっただろう。神社の敷地は細長く、こんなに土地を節約した神社があるのかと妙に感心してしまった。
入り口には二本の石柱にしめ縄が張られており、その先に鳥居が立つ。この鯉喰神社も弥生時代の墳墓の上に建てられたとされている。宅地よりもやや土地が高くなっているのはそういうわけかと納得がいった。墳墓の上に神社を建てるのは、歴史ある土地をおいそれと更地にしてしまわないようにという戒めなのだろうか。
本来、墓の上に建物を建てるのは罰当たりだが、それが神社なら祈りの場になるという知恵なのだろう。
参道入り口に鎮座する備前焼の狛犬は平成二七年に一度盗難に遭い、無事に帰ってきたという逸話がある。県内の神社から備前焼の狛犬が盗まれた事件の一環で、あわや美術商に売却されるところだったという。元に戻されたことに神社の霊験が感じられるエピソードだ。
立派な門をくぐると傾斜が急な廻廊が続き、その先に本殿がある。廻廊のあまりの短さに拍子抜けしてしまった。この短距離なのにアーケードつきの立派な通路を造る必要があったのだろうかと甚だ疑問だが、地元の人たちがこの小さな神社を大事にする気持ちが伝わってきてほっこりした気分になった。
本殿にパック酒の「鬼ころし」が奉納してあったのはなんともユーモアが効いているではないか。
鯉喰神社は小規模な神社だが、位置関係に注目したい。矢喰宮と鯉喰神社は鬼ノ城と楯築遺跡を結ぶほぼ直線上に位置している。伝説を裏付ける絶妙なロケーションに気付いたとき、思わず驚嘆した。
これまでそれぞれのスポットが存在することは知っていたが、地図を確認することで地理的な結びつきを発見できた。身近な場所の再発見が楽しいと感じた瞬間だった。
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