第5話 石に矢で対抗 矢喰宮

 さて、吉備津彦命は吉備の中山から矢を番え、温羅を狙う。しかし、温羅の投げた岩と吉備津彦命の矢はぶつかり合って落ちるばかり。このときに落ちた岩が岡山市北区高塚の矢喰宮にある。


 総社インター近く、公園として整備されている矢喰宮は温羅の投石と命の放つ矢がぶつかりあって海中に落ちた場所とされており、鳥居の近くには「矢喰いの岩」とされる巨石がある。 

 矢喰宮の説明看板には互いに矢を射たとあり、温羅の武器が微妙にうやむやだ。温羅が豪腕で岩を投げたという方が、迫力がある気がする。


 鳥居近くにある苔むした巨石は半分地面に埋もれており、本当に鬼が投げた岩がここに着弾したのではないかと思わせる臨場感がある。周辺一帯は平野なのに、この場所にだけ巨石がごろごろ置かれているというのも奇妙な光景だ。矢喰宮も楯築遺跡と同じく、祭祀の場という説もあり、強力なパワースポットなのだ。


 矢喰宮は鬼ノ城と吉備の中山を結ぶ中間地点にあり、矢がぶつかったのはそれぞれから約五キロ地点ということになる。伝説とはいえ、どちらも超人級の力だ。そのスケールは計り知れない。


 さらに、夜にも戦は行われ、互いの矢はぶつかることなく明後日の方向へ飛んだ。その矢が落ちた場所が、岡山市北区矢坂と小田郡矢掛町だという説がある。矢坂はまだニアミスのような気もするが、はるか矢掛町まで飛んだというのはとんだ大暴投だ。

 こじつけかもしれないが、離れた場所でそれぞれ「矢」を冠する地名にこのような関係性があるのは面白い。


 矢喰宮には狭い堀に囲まれた小さな社が建てられている。地域の公民館のような簡素なつくりだ。社の背後にはのどかな田園風景、彼方には鬼ノ城を臨むことができる。こうした位置関係を実際に目にすると、物語にリアリティを追求する古代人の姿勢に感心せざるを得ない。


 しかして、矢と岩はぶつかり合い、なかなか勝負がつかない。吉備津彦命はそこで一計を案じる。矢を二本番えて放ったのだ。すると一本は岩に、もう一本は温羅の左目に命中した。

 考えてみれば、岩を打ち落とす矢というのも凄まじいが、十キロの距離を飛ばしピンポイントに目に当てるという神業を披露したわけだ。


 ちなみにたたら製鉄では、職人は炉の炎を正確に見るため、片目で見たという。また、片目の由縁は飛び散った火の粉で失明することを暗示している。鍛冶神「天目一箇神」は一つ目であるというから興味深い。

 温羅の目から滴り落ちた血は川を赤く染める。それが鬼城山を源流とする血吸川だ。下流には赤浜という地名も残っている。

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