第2話 温羅の居城 鬼ノ城

 「桃太郎」に登場する悪鬼、温羅の居城こと鬼ノ城は標高三百九十七メートル、山頂のビジターセンターまで車で登ることができる。山頂は城壁に沿ったゆるやかなハイキングコースになっている。山登りに慣れていない私のような運動不足の人間でも安全な遊歩道が整備されているので、安心して歩くことができる。

 ビジターセンターでは鬼ノ城の地形や建築、歴史を学ぶことができる。何も知らずに進むより、予備知識があったほうが実物を見たときの驚きと感動が格段に増すというものだ。


 東西南北に残る城門の跡を見学しながら山頂を一周するのが標準的なコースだ。途中に自動販売機は無いので、水分の準備はしておきたい。出発はビジターセンター最寄りの西門から。再建された角楼の門の向こうに彼方に連なるなだらかな稜線や山里が広がる光景は、額縁の中の絵画を見ているようだ。門を跨ぐと、時代を超えて遙か古代世界に誘われるような不思議な感覚に包まれた。


 緩やかな坂道一面に平たい石が絨毯のように敷き詰められているのを目にする。古代ローマの街道を彷彿とさせる光景だ。これは敷石と言って、城壁が流水によって流されるのを防ぐために造られたとされ、日本の古代山城では鬼ノ城にしか見られないという。ちなみに鬼ノ城は朝鮮式古代山城で、建築には百済の技術者が関与したと考えられている。ここが百済の王子、温羅の居城という説が現実味を帯びてくる。


 敷石を過ぎると、石垣に造られた零から第二水門跡、その先に次の門、南門跡が見えてくる。復元された西門以外は基礎しか残されていない。しかし、こんな山上の城に四つも門があるというのは驚くべきことだ。東西南北の門や水門は数多の石で組まれており、山頂までこれだけの石を運んだことを考えると、その労力は計り知れない。整備された遊歩道を歩くだけで息切れしているのが申し訳無い気分になってしまう。


 東門跡は特に眺望が良い。空に浮かぶ雲の近さに圧倒され、眼下に広がる美しい緑の絨毯に癒やされる。雲の影が地上を流れてゆく様子を無心でしばし眺めて息を整える。


 チェックポイントのように城門が点在しているので、疲れて心が折れそうになったときにここまで来たぞと奮い立つ。

 中間地点の見晴台の近くには、温羅の名が彫られた石碑を見つけることができる。かつてこの地を支配した温羅がここから地上を見下ろしたのかもしれないと思うと感慨深い。ここでお弁当を食べる家族連れの姿も多かった。


 鬼ノ城は気軽なハイキングで登山気分を味わえるお得なスポットだ。そしてなにより歴史ロマンと絶景を同時に楽しめるのも欲張りが過ぎる。山頂付近を巡るコースはゆっくり歩いて約二時間。五月初旬の目に鮮やかな新緑の時期に訪れて正解だったが、きっと四季折々で情緒ある風景を見せてくれるだろう。ゴールとなる西門が見えたとき、心地良い達成感に満たされた。爽やかな初夏の風が汗を乾かし、疲れを癒やしてくれた。

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